第18話 勇者レオンハルトは姉を待つ
冒険者組合は先刻以上の賑わいだった。
「そんな馬鹿な」
「こうなりゃさっさと町を捨てちまった方が良いか?」
すでに幾人かの冒険者が“あれ”に気付き、報告を上げているらしい。
「依頼達成の報告と、素材の買い取りをお願いしたい。ああ、それと盛り上がっている件に関して、私達もこの目で確認した」
アイリは受付のカウンターにオーガの首級を並べながら言った。
「は、はいっ。報酬も買い取りもすぐに規定額をご用意いたしますっ。―――それで、確認したのはどの辺りで、数は?」
受付嬢は前二つの要件は他の係の者に丸投げすると、城周辺の地図を広げる。
アイリはオーガを討伐した地点を指差し、数は“無数”とだけ答えた。
「……すみません。この後、上の者や他の目撃者を集めて会議を行います。ご参加いただけますか?」
「では私とヘルガで出席させて頂く。―――カトリ、新人たちに今日の報酬を払っておいてくれ」
「ん」
小さく頷くカトリを残し、普段立ち入ることのない受付の奥へ向かった。
「―――おう、ようやく出てきたか」
会議を終えて表へ出ると、組合の酒場でカトリの他にレオンハルトとアニエスが待っていた。他の団員も―――先程まで不在でオーガとの戦闘に加わっていない者達も含め―――全員揃っている。騒ぎを聞きつけて集まって来たらしい。
「何か良い情報は聞けたのか?」
レオンハルトが代表者面で尋ねてくる。
先日のアニエスの依頼で古参を多く失った一行だが、それでもレオンハルトの団員歴は短い方から数えた方が早い。が、すっかり重鎮気取りである。
「貴様、いったいどこで道草を食っていた?」
質問は無視し、質問で返す。
レオンハルトは何を思ったのか、帰還の最中にこちらへオーガの首級を押し付けると、制止も聞かずに別行動に出ていた。報酬受け取りの場にいないと言うのは、守銭奴のこの男らしくない。
「……別に。ちょっとした野暮用だ、野暮用」
「うっふっふっ、アイリさん、それがですねっ。レオンハルト様は城外で暮らすエイラさんや、それだけでなくご近所の皆様の元を回って、城内への避難を呼び掛けて―――」
「アニエス、てめえっ」
「わぷっ、何をなさるのです、レオンハルト様っ。乙女の唇をそんな乱暴にっ」
「うるせいっ。乙女ってガラか、てめえがっ。ボロ着たクソガキがっ」
「い、いつの話をしているのですかっ」
「ほーう。冒険の結果知り得た情報を団の許可も得ずに吹聴して回ったのか。褒められたことではないが、……しかしお前にもそんな人間の心があったとはなぁ」
「うっせえっ、家に貯め込んだ全財産を回収するついでだ、ついでっ」
言葉通り、普段は男性冒険者としては比較的軽装なこの男が、拳大の革袋を四つも五つもベルトに括りつけている。
「俺のことは良いだろっ。会議はどうだったんだよ?」
「まず、いくつか情報が得られたのと、いくつか決まったことがあるわ」
ヘルガが代わって答える。アイリではレオンハルト相手に真面な会話にならないと思われたか。心外だが正解だ。
「あのオーガと同じく、たくさんの魔物が目撃されてるけど、どうもあのオークの大集団に追いやられて来たみたいね。オークとの潰し合いが期待出来るから、しばらくの間はオーク以外の魔物の討伐は禁止と決まったわ。報酬に釣られて馬鹿なことはしないように、レオンハルト」
「そんな念押ししないでも分かってるっての。オークの大軍が迫ってるって時に、小遣い稼ぎなんかしやしねえよ」
「なら良いけど。そのオークだけど、諸々の目撃証言を合わせて考えると、明日の昼には城のすぐそばまで迫っている可能性が高い」
すでに夕方だから、残された時間は丸一日もないと言うことだ。
ここで団長として、アイリはヘルガに代わって皆に呼び掛ける。
「組合所属の冒険者は皆、連邦政府の軍と協力して城郭の守備に就くことが決まったわ。これは組合からの強制依頼だから、断ることは出来ない」
「はっ、“城郭”の守備ねぇ。つまり外の連中は……」
「そこで連邦政府の代表と意見が割れてな。ギルド長の説得で、何とか城門を閉ざすのは明日まで待ってくれることになったが。しかし、間に合うかどうか。彼らにとっては家を捨てると言うことだし、簡単に避難指示に従ってくれるかどうか」
「へっ、お貴族様にゃ城外の連中の命なんてどうでも良いってか。まっ、分かってたことだけどよ」
「なるほどっ、そこまで見越しての避難誘導だったのですねっ。アイリさん、大丈夫ですよっ。エイラさんが周囲の方達にも呼び掛けていましたから。きっと皆さん、手早く城内に避難してくれるはずです」
「エイラというのは、レオンハルトの姉の、あの踊り子だったか。うん、我々冒険者や兵士が言うよりも話を聞いてくれそうだな」
「ちっ、他の奴らなんて放って置いて、自分達だけ逃げてくれば良いのによ」
「レオンハルト様? エイラさんに言い付けますよ?」
「うっせーうっせー。団長さんよ、城郭の守備とやらにさっさと行こうぜ。こういうのは早く着いといた方が良いんだよ。それだけで主導権を握れたりするからな」
レオンハルトは子供のように言うと、さっさと組合を出て行ってしまった。
「ふふっ、レオンハルトにも存外可愛らしいところがあるのだな」
「ん」
ヘルガの耳を疑うような台詞にカトリが同意を示した。
「さて、あの男の言うことも一理ある。我々も行くとするか」
アイリ達が団員を率いて外へ向かうと、話を聞いていたらしい他の一行もにわかに動き始めた。意図せず、すでに冒険者達の主導権を握りつつあった。
「おお、避難は順調なようだな」
アイリ達が城壁に着く頃にはすでに城門前広場は城外の住民で混み合っていた。
「おうっ、ハルト、お前が教えてくれたお陰でいち早く城内へ逃げ込めたぜ」
「レオ兄ちゃん、ありがとうっ」
たむろしていた集団の一つがレオンハルトの姿を認め、手を振って来た。彼の家のご近所が中心となった者達のようだ。というか、先頭で声を掛けてきたのはこの前アイリが鼻先に一発喰らわせた男だ。
いずれも大荷物―――鍋だの布団だの―――を抱えているのは、住居を廃棄する覚悟を決めてきたと言うことだろう。とするとレオンハルト、ご近所からの信頼はそれなりに厚いのか。
「てめーらはついでだ、ついで。んなことより、エイラとヤスミーンはまだか?」
「あいつらはもっと周りの連中にも声掛けてくるなんて言って、駆け回ってたぞ」
「ちっ、余計なことしやがって。エイラのやつ、いらんとこばっか母ちゃんに似やがったな」
「へへっ、そのいらんところのお陰で今のおめえがあるんだろうが、悪たれ小僧。エイラんところの母ちゃんに拾われてなきゃ、おめえは周りの大人たちにボコられて、のたれ死にしてただろうよ」
「うっせえっ、つまらねえ昔話してる暇があったら、今夜の宿の一つも探しに行けやっ。この辺は今に避難民であふれかえるぞっ。組合の冒険者達も来るしな」
レオンハルトは男や子供達を追い散らすように、じゃりっと地面を蹴飛ばす。
「分かった分かった。おめえら、移動するぞっ」
「おいっ、貴族の屋敷がある方へは行くなよっ。庶民の居住区の、―――そうだな、聖心教の教会がある辺りに行っとけ。構わねえよな、アニエス?」
「ええ。教会の敷地内へ入ってしまって構いません。何か言われたら私の名前を出して下さい。神官のアニエスに言われて来たと」
「そういうわけだ、わかったな、おめえらっ」
「おうおう、ご親切なこって。てめえもエイラのこと言えねえな、ハルトっ」
「ちっ、さっさと行っちまえっ」
「レオ兄ちゃん、ありがとーっ」
大人たちはニヤニヤ、子供達はレオンハルトに手を振ってその場を去って行った。
やがてとっぷりと日も暮れ、城門前には炬火が焚かれた。避難してくる人波も一時の押し寄せるようだった勢いはなく、ぽつぽつと疎らとなってくる。
「―――ちっ、まだ来やがらねえのか」
レオンハルトが苛立たし気にこぼす。
組んだ腕の上で指先をトントンと手甲に打ち付ける音が、先刻からうざったいことこの上ない。
「―――あっ、ハルト」
「おう、ヤスミーン、やっと来やがったか。ったく、何をトロトロしてやがった」
女は老人や乳飲み子を抱えた女を引き連れ、自身も老婆に肩を貸して城内へと入って来た。
「ごめんね、ごめんね。でもハルトが誰よりも早く避難のこと教えてくれたお陰で、たくさん助けられたよ」
「分かった分かった、良いからさっさと聖心教の教会に避難しとけ。場所は分かるはずだろ、エイラ? ―――って、おい、ヤスミーン、エイラのやつはどうした?」
「エイラ姉ちゃんは、取り残されてる人がいないか、最後にもう一回家の周りの見て来るって。すぐ合流するって言ってたんだけど」
「ちっ、分かった。お前は先に教会に向かっとけ」
「う、うん。……ご、ごめんね?」
「いいから、さっさと行けや。―――おい、アニエス、道案内してやってくれ」
「はい。ヤスミーンさん、こちらです」
アニエスに先導され集団は離れていく。ヤスミーンと呼ばれた女はおどおどとした様子で、何度もこちらを振り返っている。
先刻の男連中と違ってわざわざ案内など付けるあたり、邪険に扱っていてもレオンハルトにとって大切な存在なのか。
「…………」
ヤスミーン達を最後に、避難民の流れがすっかりと途絶えた。やがて門番達が目配せし合い、城門の仕掛けへと足を向けた。
一年も更新を止めてしまい、申し訳ありません。
ここから本作最大の山場「籠城編」が始まりますので、ここが一区切りつくまでは必ず月一くらいの頻度は維持します!(と、自分を追い込むためにも宣言しておきます)