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第16話 女団長アイリは教会を訪れる

 アイリ達が組合ギルドに戻ると、受付の前が異様に込み合っていた。


「おい、これは何の騒ぎだ?」


 併設された酒場―――元々はただの待ち合わせや情報交換のための場が、いつしか冒険者の好む飲食物を提供するようになったものだ―――に、見知った顔を一つ見つけた。


「どいつも魔物目撃の報告らしいぜ、団長さんよ」


 アイリの問いにレオンハルトが簡潔に答える。

 卓に置かれているのは守銭奴のこの男らしくパン粥だ。剣も通らないほど固くなった備蓄用のパンを塩の味しかしないスープに浸した、酒場で最も安価な一品である。


「魔物と言うと、オーク以外か?」


 当然オークも魔物に含まれるが、今や魔物による被害の九割九分までがオークによるものだ。だからオークと言わずあえて魔物と言う場合、それ以外のありとあらゆる種類の魔物全般を指す。


「俺の聞いてた限りだとゴブリン、角兎、角狼。それに珍しいところでバイコーンか」


 しっかり情報収集に励んでいたらしい。こういうところ、見た目に反して実にまめな男ではある。


「そうか。―――おいっ、目撃情報にオーガも追加だっ」


 叫ぶと、すぐに受付嬢の方からこちらへ駆け寄って来た。ヘルガが細かい報告をし始める。

 現状目撃されている魔物の中ではオーガの危険度は際立って高い。加えて、それなり以上に実績を積んだパーティの報告でもある。こういう時、対応が違う。

 あの時パーティを解散しなかったのは、やはり間違いではなかった。


「おいおい、オーガと出食わしたのか? 殺ったのか?」


 あの時、一人パーティの継続に不満そうにしていた男が聞いてくる。


「……いや」


「そうか。まっ、今日はあんたら三人だけで行ったんだろ? なら無理するもんじゃねえよな。死んじまったら元も子もねえんだし」


 小隊に分かれて依頼を受けた際には、報酬の半分は参加者だけで、残りの半分はパーティ全員での山分けとなる。

 今回のゴブリン討伐も、そしてオーガの目撃情報の提供でも、幾ばくかの金がレオンハルトの懐に流れることになる。妙に上機嫌なのはそのせいだろう。


「あの、皆さんにオーガの討伐をお願いしたいのですが。それと、出来れば周辺の探索も」


 受付嬢の一人がアイリの元へやって来て、頭を下げる。


「まあ、当然そうなるか」


 情報をまとめて新たに冒険者に依頼するより、すでにオーガの所在を掴んでいるパーティに依頼する方が確実だ。


「今いるうちの者は―――」


 組合ギルド内に目を配る。

 目の前のいけ好かない男の他は、あの壊滅後に加わった新人が何人かいるだけだった。


「レオンハルト、今日はアニエス様はご一緒ではないのか?」


「教会で用事があるとよ。例のお嬢様関係のなんからしい」


「……そうか」


「何だ? もしかして受けないつもりか? オーガ三頭だろ? それくらいなら俺一人で行って片付けて来ても良いぜ」


「……どちらにせよ我々の誰かが道案内をすることになるから、報酬の半分を独り占めは出来ないぞ」


「ちっ」


 図星だったらしく、レオンハルトが舌打ちする。


「あのぅ?」


 受付嬢が伺うような視線を向けてくる。

 オーガは確認した限り三頭。一頭はレオンハルトに相手をさせて、一頭は自分とヘルガ、最後の一頭は新入り達に足止めだけさせてカトリの魔術で仕留める。―――際どいがなんとか行けるか。


「……分かった、受けよう」


「あ、ありがとうございますっ」


 ヘルガが少々渋い顔をしているが、優遇を受ける以上は組合からの直接依頼は極力受けるべきだ。それに一人でも引き受ける気満々のレオンハルトに侮られるのも面白くない。


「で、報酬の方だけどよ―――」


「お前は引っ込んでいろ」


 前のめりに身を乗り出したレオンハルトを押しやり、組合側の言い値で請け負った。


「行くぞ。他の皆も付いて来いっ」


 不満顔のレオンハルトに言うと、アイリは組合を後にした。

 先刻戻ったばかりの道を取って返すべく、城門に足を向けるも―――


「おい、どこへ行くつもりだ、団長。そっちじゃねえぞ」


 レオンハルトに呼び止められた。


「そっちじゃないって、いったい何を言っている?」


「だからオーガ三頭を片付けるんだろうが。いったいどこへ行こうってんだ」


「お前こそどこへ行くつもりだ?」


「だから、教会だろうが。……んん? あんたまさか、神聖魔法無しでオーガの相手をするつもりじゃねえよな?」


「―――っ、まさか、そんなわけないだろう。そうか、聖心教の教会はそちらだったか? は、早く案内しないか、レオンハルト」


「…………」


 とっさに取り繕うも、胡散臭げな目を向けてくる。無謀なリーダーなどと思っているのか。

 その場にアニエスがいないなら、呼びに行けば良い。考えてみれば当たり前の話だった。


「何をしている、さっさと教会へ案内しないか」


「へいへい」


 レオンハルトの先導で、冒険者組合のある城内の中心地から外れ、庶民の暮らす一角へ足を向けた。


「これが教会か」


 民家が立ち並ぶ中に、その白くのっぺりとした印象の建物はあった。

 庶民の居住区、と言っても城内であるから、今や相対的に選ばれた富裕層だけが暮らしている。冒険者などいくら続けても手が出ない高級住宅地である。

 そして教会の外観は染み一つ、歪み一つなく綺麗に塗り固められた漆喰の壁で、腕の良い左官の手が定期的に入っていることがうかがえた。


「見る度に思うが、宗教ってやつはずいぶんと儲かるみたいだなぁ」


「―――っ」


 レオンハルトと同じことを考えた自分をアイリは恥じた。


「…………? 何をしている、入らないのか?」


 両開きの扉の前でレオンハルトが足を止めた。


「いや、俺も外からは何度も見てるんだが、中まで入ったことはないもんでよ。ええーと、これって勝手に入っちまって良いのか?」


「なんだ、らしくもなく尻込みしているのか?」


「そう言うなら、じゃあ団長からお先に」


「いや、私は―――、あっ、おい」


 揉み合う二人の脇を抜け、カトリが扉に手を掛ける。ぎぃっと軋みを上げて、ゆっくりと押し開けられる。


「…………っ」


 不思議な空間だった。

 扉から真っ直ぐ通り道が続き、突き当りには蠟燭の立てられた卓が一台。祭壇と言うやつだろうか。その奥の壁には聖心教の象徴シンボルとされるT字架が掲げられている。

 通り道の左右には長椅子が並び、信徒とおぼしき何人かが腰掛け顔を伏せている。

 天井は高く、明かり取りの窓の位置も高い。斜めに差す光が降り注ぐ先がちょうどT字架と祭壇、そして祭壇前にひざまずく白の少女。

 深い森の中、ふっと開けた木漏れ日の集まる草地。そこに可憐に咲いた一輪の花を見るような。得も言われぬ感情を掻き立てられる情景だ。


「皆様、教会まで足をお運びだなんて、いかがされたのですか?」


 祭壇前にひざまずいていた少女が立ち上がり、ぱたぱたとこちらへ駆け寄ってくる。

 お目当ての人物であり、来てもらわないと困るのだが、幻想的な光景が崩れるのをアイリは一瞬惜しんだ。


「あっ、もしかして御入信ですか、レオンハルト様?」


「んなわけあるか、仕事だ、仕事。神聖魔法の補助が必要だ」


 アイリと同じく呆けた様子だったレオンハルトが、いつもの調子に戻って答える。


「そうですか。……でも、せっかくいらしたのですから、良い機会ですしお祈りだけでもしていきませんか?」


「やなこった」


「そうですか。アイリさん達は?」


「いや、私もそういうのは―――、あっ」


 またカトリがアイリの脇を抜けて前に出る。

 祭壇の前に立つと、手をささっとT字に動かし、ひざまずいた。先ほどアニエスがしていたようにうつむき続け―――祈っていると言うべきなのだろうか―――、たっぷり十数えるくらいしてからようやく立ち上がる。


「……カトリ、何だかいやに様になっていたけど、もしかして?」


 ヘルガが尋ねる。


「うん、最近たまに通ってるから」


「はぁ? 初耳だぞっ?」


 思わず大きな声が出て、教会内に響いた。


「そだっけ?」


「ど、どういうことだ?」


「え、えっとね」


 カトリはつっかえつっかえしながらも、説明してくれた。

 初めは自分にも神聖魔法を習得出来ないかと思って訪れたらしい。どうも才能が無いと言うことでそれに関しては早々に断念することになったのだが、今でも暇を見つけては何となく通っているのだと言う。


「カトリさん、そろそろ入信いたしませんか?」


「うーん、どうしよ」


 ちらっと伺うような視線をアイリとヘルガに向けてくる。

 多分自分達が認めないと、カトリは踏み切れないだろう。

 極端に口数の少ない彼女が今日はいやに饒舌だ。もしかすると、入信も悪いことではないのかもしれないが。


「勧誘は後にしてくれ。でよ、今からちょっと出たいんだが、お前の方の用事はもう終わったか?」


 レオンハルトが話を元に戻した。


「ええ。……メルヴィ、こちらへ」


 アニエスの呼びかけに答えて、堂内の端に控えていた女が一人前に進み出た。

 アニエスが着ているのとよく似たゆったりとした白の衣装をまとっているのは、例の貴族の女性だった。


「皆様、先日はお助け頂き、ありがとうございました。また、家の件、ご協力頂き感謝いたします」


 女性は深々と頭を下げた。


「さっそく神官にしたのか? ってえと、この女も神聖魔法が使えるのか?」


「メルヴィはまだ見習いですし、それに神官であれば誰しも神聖魔法を使えるというわけではありません。神官に求められるのは神への信仰心と高潔な精神だけであり、神聖魔法の素養の有無は―――」


「あー、はいはい、使えねえってんなら良い。ならやっぱり、お前に付いて来てもらわねえとな。行くぞ、オーガ退治だ。金になるぞ」


 本当に聖心教には欠片も興味のない様子で、レオンハルトはさっさと踵を返した。


他の連載作品の方に集中してしまって、更新が延び延びになってすいません。

展開自体はちゃんと最後まで決まっていますので、気長にお待ち頂けますよう。

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