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第15話 女冒険者達はくっちゃべる

「―――――。―――――――。―――。“爆炎”」


「せーのっ!」


 カトリの魔法の発動と同時に、洞穴に油の入った壺を投げ入れた。しばしして―――


「―――ッ!? ――――!!」


 全身から煙をくすぶらせながら土気色の小柄な魔物が飛び出してきた。


「はあっ、やっ! ―――そっち行ったわよっ」


「分かってる」


 アイリの細剣から逃れた三体目に、盾を構えたヘルガが立ちふさがる。

 思わず足を止めたゴブリンに、逆にヘルガの方が前に出て盾を叩き付けた。


「はっ!」


 ふらついたところを、アイリは背後から首を飛ばした。


「ふうっ、とりあえず片付いたかしらね?」


「そのようだ」


 ヘルガが洞穴の中を覗き込んで答える。

 パーティが拠点を置く街のすぐ近く、川沿いの洞窟である。ここに巣食うゴブリン退治が今回の依頼だ。

 大所帯で挑むような仕事が無い時は、パーティをいくつかの小隊に分けて動く。今日は久々に女性メンバー三人での仕事だ。

 以前はこの三人で動くのが当然であったが、パーティの上の連中がごそっと死んで古参の幹部となった今では、それぞれが下の者達を率いることが多くなっている。

 今日は街のすぐ近くに現れたゴブリンと言うことで、すぐに動ける三人での出動となったのだ。ゴブリンはオークと同程度の知能に貧弱な体格の魔物だが、それだけにいくぶん狡猾に立ち回る。

 冒険者に目を付けられたと知れば、巣穴など捨ててすぐにどこかへ潜り込んでしまう。人間の子供並みの小柄な体躯に湿気や異臭、悪疫を物ともしないある種の頑健さが彼らの最大の武器だ。


「焼け死んでいるのが四体で、合わせて七体ね。依頼では十体前後と言う話だったから、数的にはそんなにおかしくもないけど」


「一応様子を見ないか?」


「ん」


 ヘルガが言い、カトリも首肯する。アイリにも否やはない。

 斬り捨てたゴブリンの死骸を洞穴の中へ運び込んで戦闘の痕跡を隠すと、少し離れた木陰に身を伏せた。

 狩りや採集で外に出ているゴブリンがいないとも限らないので、しばらくここで監視である。


「しかし、ずいぶん簡単に片付いたな」


「ん」


「ふふっ、なかなか良い作戦だったでしょ」


「ああ。だがどちらかと言うとこういう戦い方は、アイリの嫌っているあの男がやりそうな手口だがな」


「ぐっ」


 痛い所を突かれ、口をつぐむ。

 あの下劣な新入りの小賢しい戦いぶりから多少なりの着想を得たのは否定出来ない。普段のアイリなら正面から乗り込んでいるところだ。


「べっ、別に良いでしょう、危険は少ないに越したことないんだからっ」


「悪いだなんて言ってないさ。むしろ私はレオンハルトのあの柔軟なところは買っているしな。さすがは聖心教の予言者様も認める英雄だと」


「ふんっ、あのクズが未来の英雄ねぇ。聖職者様の考えることは分からないわね」


 神聖魔法と言う冒険者にとってはこの上なく有難い御業を提供してくれる相手だから、面と向かって否定はしていない。しかし胡散臭い話である。


「……まあ、少なくとも見た目はそれらしいよな」


「なぁに、ヘルガ。ひょっとしてああいうのが好みなわけ?」


「まあ、一般論としてだな、格好良くはあるだろう?」


「えー、そう?」


「カトリだって、そう思うだろう?」


「ん? ……んっ」


 カトリが小さく頷いた。


「ほら見ろ」


「何よ、二人して趣味が悪いんだから。パーティ内で惚れたはれたとかやめてよね。……って言うかカトリ、顔赤くない?」


「もしかして、レオンハルトと何かあったのか?」


「んー、…………む、胸、もまれた」


 数日振りに聞いたカトリの発動式でも呪文でもない普通の声は、それはそれで衝撃的なものであった。


「なっ、あ、あいつっ、カトリが大人しいからってそんなことをっ」


「ち、違うの、アイリっ。ふかっ、不可抗力って言うか。た、確かに彼の言う通りだったしっ。とっ、とにかく彼は悪くないからっ」


「そ、そうなの?」


 つっかえつっかえ懸命にレオンハルトを庇うカトリに毒気を抜かれて、思わず浮かせた腰を下ろす。


「ふ~ん、でもカトリが男を庇うなんて珍しいな。というか、初めてじゃないか?」


「そりゃあそうでしょ、この子全然しゃべらないんだから」


「あー、まあそうか。でもそんなカトリが頑張ってしゃべってまで庇うなんて、それはそれですごいじゃないか。もしかして―――」


 “そんなんじゃない”と、カトリはぶんぶん首を左右に振る。


「ほんとに?」


「ちょっと、もう良いでしょ。カトリも困っているし」


「えー」


 いい加減こんな話は切り上げたいのだが、ヘルガがしつこい。

 この生真面目な重戦士は、意外やこの手の話が大好きだったりする。


「あっ、というか思い出したぞ。アイリだってレオンハルトがうちに入った時は、王子様みたいな子が来たって騒いでたじゃないか」


「うぐっ。そっ、そんなこと言ったかしら?」


「ああ、言った。はっきり覚えているぞ」


 アイリの家系はオークによって最初に滅ぼされた人類の国家、ルクルム王国の王家の血筋である。―――と気位ばかり高い母から聞かされていた。

 アイリが腰に佩いた細剣はかつての国宝であったと言う。確かにドワーフの手によると思われる業物で、これまで何度も命を助けられている。高貴な血筋と言うのもあながち母の誇大妄想とばかりは言えないのかもしれない。

 母の言葉には他に“いずれどこかの王侯貴族が我らの高貴な血を求めて現れる”というものがある。もちろんそんな言葉を信じたわけではないが、うわ言のように何度も口走られたものだから今も強く耳に残っている。

 金髪緑眼の貴族然とした美丈夫を目にした瞬間、つい頭に“王子様”と言う単語が過ってしまったのも致し方あるまい。


「ふっ、ふんっ、ちょっとした気の迷いと言うやつよ」


「必要以上にレオンハルトに当たりが強いのは、もしかして―――」


「―――しっ」


 カトリの制止にヘルガが言葉を呑み込む。

 無言で杖を向けた方角―――、川上からゴブリンが二頭駆けてくる。


「……何かしら?」


 様子がおかしい。背後が気になるようで、幾度も振り返りながら走っている。


「どうする、アイリ?」


 ゴブリンを仕留めるなら、洞窟の中の死体に気付かれる前に手を出すべきだ。たかがゴブリン二体とはいえ、下手に警戒されない方が当然良い。


「……少し様子を見ましょう」


 今はゴブリンよりもゴブリンを怯えさせる何かだ。


「―――ッ!! ――――ッ!?」


 ゴブリン達が洞窟に駆け込み、すぐに罵声のような叫びが聞こえて来た。

 ややあって飛び出してきたゴブリン達はきょろきょろ周囲に目をやると、仲間の仇を―――アイリ達を―――探す。

 が、視界にとらえたのは別のものだった。

 赤黒く筋骨隆々とした魔物が三体、ゴブリン達の後を追って姿を現した。


「―――っ、あれは、オーガ?」


 オークよりも一回り大きな身体に頭には二本角。獰猛な気性で知られるヒト型魔物だ。

 繁殖のために人間を略奪するオークに対して、オーガを含む他のヒト型魔物は人類との間に子を生せない。ならばオーガは人間にとって安全な相手かと言うと、ある意味でオーク以上に危険な相手だった。

 この魔物は性的かつ暴力的な衝動と食欲のために人間を襲う。嬲るように犯し、腹が減れば手足を引き抜いて食す、―――と言われている。

 “オーガ?”と疑問符が付いたのは、冒険者としてそれなりに経験を積んだアイリをして実物を目にするのは初めてだからだ。

 人類の生存圏が魔界と接していた頃にはそれほど珍しくもない魔物であったらしい。しかしオークによって人間の居住地が大きく北に押し上げられた今ではほとんど目にすることがない。

 山中深くや誰も立ち入らなくなった廃坑などで極まれに目撃情報が上がることもあるが、それで討伐依頼が出されることもない。獰猛で人食いの魔物だが、人里に近付きでもしない限り害もないからだ。食欲や戯れの対象に人間も含まれると言うだけで、オークのように繁殖のために積極的に人間をかどわかすわけではない。

 もしオーガを目にしたなら気付かれないうちにそっと引き返せ、と言うのが冒険者の常識だ。


「ぎいッ」


 ゴブリンの一体が短く叫ぶと、もう一方をオーガ達の方へ突き飛ばした。その隙に背を向け、逃げる。

 こうした狡猾さが他のヒト型魔物には無いゴブリンの特性である。


「―――ッ」


 しかし相手が悪かった。オーガの一頭が投げ打った巨大な石斧が、ゴブリンの貧弱な身体を背後から真っ二つに斬り裂いた。

 一方、突き飛ばされた一頭も別のオーガの巨大な拳に胴体を握り込まれている。ゴブリンは手足をばたつかせて抵抗するも、大の男の二の腕ほどもある指も丸太のように太い腕もびくともしない。


「―――ッ。―――――」


「――――ッ」


 ゴブリンの亡骸を一頭が拾い上げると、オーガ達は何事か叫びあって洞窟の中へと入っていく。

 生きたまま捕らえたゴブリンは殺すことなくそのままだ。鮮度を保つためだろう。オーガは人も魔物も食らうと言う。


「……どうする?」


「撤退しましょう。オーガ三頭は私達の手には余るわ、たぶん」


「んっ」


 ここは街に程近い。組合ギルドに報告したなら、さすがに討伐対象として扱われるだろう。倒せるものならこの場でアイリ達が倒してしまった方が面倒はない。

 しかし過去の記録では、オーガ一頭はおおよそオークの古強者ベテランと同等の戦力と言われている。

 あのレオンハルトは一人で古強者を何頭か仕留めているが、普通は一対一で勝負になる相手ではない。


「…………」


 アイリ達は音を立てぬように、慎重にその場を離れた。

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