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第11話 勇者レオンハルトは目を輝かせる

「よしよし、始まったな」


 遠く、喚声が聞こえてきた。

 まずは人間の、ややあって野太くがなるようなオーク達のものがそれを打ち消す。


「……そろそろ良いだろう。行くぞ」


 レオンハルトは藪から顔を覗かせ、足音を殺して砦に忍び寄る。後に続くのはアニエスとカトリだ。


「ここら辺か」


 砦の壁に聖剣を突き立てる。相変わらず滅茶苦茶な斬れ味で、何の抵抗もなく鍔元まで刺し入れることが出来た。

 聖剣を引き抜き、空いた穴からうかがうも中は真っ暗闇だ。

 女を売っていた連中を締め上げたことで、山砦内の情報を知ることが出来た。

 女達が囚われているのは砦内でも城門から最も離れた場所で、正面から乗り込んでいけば砦に籠もる二百頭のオークとやり合った末にようやく辿り着ける部屋だった。

 そこで城門で騒ぎを起こしオークを引き付けて、その隙に“裏口”を作って女を救い出そうという寸法である。


「……まっ、ここで迷ってても仕方ねえしな」


 聖剣を縦に二閃、横に二閃し、壁を蹴り飛ばす。四角形に切り取られた壁の一部が倒れた。


「……っ」


 情報通りそこは牢獄。いや、オーク達のヤリ部屋だった。

 すえた獣臭が鼻に付く。

 石造りの床の上には、首枷をはめられ鎖に繋がれた女達の裸体がいくつも転がされている。

 腹が大きい者もいる。オークの子を孕んでいるのだ。


「ああっ」


 不快な光景に柄にもなく躊躇していると、アニエスが叫び飛び込んでいった。


「んっ」


 カトリも一つ大きく頷いて自身を奮い立たせると、後に続いていく。

 こういう場面では女の方が強いということだろうか。

 ここは二人に任せて外で待機しているか、などとレオンハルトが考えていると―――


「きゃあっ」


 アニエス、いやカトリか、短い悲鳴が響いた。


「ちっ、この騒ぎでも腰振るのをやめねえのかよっ」


 女達の白い裸体の影から身をもたげたのは緑の巨体だ。

 喚声や戦闘音は元より、繰り抜いた壁が倒れる音やそれに伴い室内に差した陽光すらも無視して、まだ“繋がった”ままだ。


 ―――考える時間を与えるな。


 レオンハルトは室内に駆け込むと、手近なオークの首をはねた。まずは一体。

 二体目は女から身体を離したところを斬り捨て、最後の三体目―――


「ちっ」


 オークがぐいと鎖を手繰り寄せると、女達が肉の壁となってレオンハルトを阻んだ。


「その手を離しなさいっ」


 二の足を踏んでいると、アニエスが横合いから飛びかかった。短剣を腰だめに構え、身体ごと緑の腕にぶつかっていく。


「―――ッ! やりやがったなッ」


 オークは短剣の突き立った右拳―――鎖を握り込んだままだ―――を振るう。アニエスの小さな体が宙を舞い、糸の切れた操り人形のように力無く床へ落ちた。


「てめえっ! 俺の―――をっ!」


 鎖に引きずられへたり込んだ女達を跳び越え、大上段から斬り降ろした。

 わずかに時おいて、オークの身体が左右二つに倒れる。


 ―――ちっ、無駄死にしやがって。


 レオンハルトは胸中で吐き捨てつつ―――そう言えば以前にも同じことを思ったが―――少女の亡骸へ目を向ける。


「……俺の、何ですか、レオンハルト様?」


「なっ」


 アニエスはカトリに寄り添われ、されど肩を借りるでもなくすっくと立ち上がった。


「だ、大丈夫なの?」


「ええ、すぐに回復魔法を掛けましたから」


「ん、良かった」


 驚きの余りカトリも饒舌に―――もちろんこの女にしては、と言うことだが―――話している。


「それで、レオンハルト様。私は俺の、……何です?」


「うん、ああ。俺の―――」


 先刻、咄嗟に言葉にならなかった語を問い詰められる。

 最近はすっかり聖少女然とした法衣姿だから、弟分と言うのはもうしっくりこない。と言って妹分というのも何か違う。


「俺の、……薬箱代わり、か?」


「はぁ。まあ、貴方はそういう人ですよね」


 アニエスは額に手を当て、ため息をこぼす。


「んなことより、問題の貴族のお嬢様ってのはどいつだ? おーい、メルヴィお嬢様ー、いたら返事しろー」


「……私です」


 声を挙げたのは豊かな栗色の髪の女だ。

 全裸だが背筋をぴっと伸ばし恥じらう様子も無いのは、常日頃使用人に着替えの世話などさせているためか。

 これ幸いとぶしつけな視線を向ける。

 貴族の御令嬢と言うが、二十歳をいくつか過ぎていそうだ。

 貴族ならとっくに令嬢ではなく夫人と呼ばれている年頃だ。宗教活動に傾倒するあまり行き遅れたというところだろうか。

 さらわれてから一月足らずということだから、当たり前だがまだ腹は膨れていない。仮にすでに妊娠していたとしても今なら堕胎も間に合うだろう。

 他の女も含め、目立った負傷の類は無い。

 性欲のはけ口であると同時に、繁殖のための母体でもある。ある意味“大事”にはされていたのだろう。

 お嬢様も含め数人は血にまみれているが、いずれもオークの返り血である。このお嬢様もつい先刻までオークに組み敷かれていた女の一人だった。

 その割にさして動揺が見られないのは、すでに心が壊れているのか。あるいは―――


「見ていないで、早く枷を外して下さらないかしら?」


 どうやらかなり肝の据わった女らしい。


「――――。―――。――――。“解錠”」


 カトリが魔術を発動させると、金属製の首枷が外れて床へ落ちた。


「ふう、助かりました。……あの、そちらの方、もしかして予言者アニエス様ではありませんか?」


「ええ。信徒メルヴィ、救出が遅れて申し訳ありません」


「御顔をお上げください、アニエス様。まさか予言者たる貴女様が、自ら救いの手を伸ばして下さるとは」


「奉仕活動中に襲われたと聞いています。教団を代表して、謝罪申し上げます」


「聖心教に責任はありません。悪いのはオークと―――」


 ずずーんと、大地を揺るがすような轟音が響いた。山砦正面の戦闘で、最後の大仕掛けが発動したらしい。


「よしっ、とっととずらかるぞ。付いてこい」


「貴方まさか、私だけ助けて他の方々は置き去りにされるおつもりですか?」


「……ちっ。冗談だよ、冗談、ちゃーんと皆さんお助けしますよ」


 お嬢様、それにアニエスとカトリからも冷たい視線を向けられ、レオンハルトは肩を竦めた。


「―――――。――、ひゃあっ!」


 解錠の呪文を唱え始めたカトリのでかい胸を鷲摑みにしてやると、詠唱の代わりに悲鳴が上がった。


「そんなもん悠長に待ってられっか。魔力はとっとけ」


 言って、レオンハルトは聖剣を振るっていく。

 魔術師と言うのは魔力を使い切ると文字通り足手まといにしかならない。気力とか体力と言ったものも同時に消耗するらしく、満足に歩けもしなくなるのだ。

 全員分の―――囚われた女はお嬢様の他に全部で八人いた―――首枷を聖剣で斬り落とす。


「あう」


 カトリが何となく恨めし気に見つめてくるのは、そもそも解錠のために潜入班に加わったためだろう。


「すげえ剣だなっ」


 目を輝かせたのは女達の一人。

 小柄なアニエスよりもさらに頭一つ分も小さい。ドワーフである。

 亜人種では他にエルフも一人いたが、憔悴しきった様子だ。人間も件のお嬢様以外はほとんど何の反応も示さない。


「これで良いな。さあ、行くぞ」


「お待ちなさい。まさかこのまま放って置くつもりですか?」


「あーもうっ、めんどくせえっ。お前ら、立てっ。自分の足で歩けねえ奴は連れてけねえぞ。ここでオークに犯され続けたくはねえだろっ」


「―――っ」


 びくっとして動き出したのは半数だ。

 なおも呆然として反応の無い女は、いずれも腹が膨れている。


「ちっ。アニエス、神聖魔法だ。俺を強化しろ」


「は、はいっ」


 肉体強化の加護を受けると、女を二人小脇に抱えた。残る二人はアニエスとカトリ、お嬢様とドワーフの女がそれぞれ左右から肩を貸した。

 裏口―――壁の穴から外へ出た。


「―――っ」


 久しぶりの太陽なのだろう。女達が感極まった顔で息を呑む。

 藪をかき分け進んでいくと、いくらか開けた場所に出た。

 かつての鉱石の集積所で、当然輸送のための山道が麓まで続いている。山砦とは直接繋がりがないためオーク達が姿を見せることもない。アイリ達との合流予定地だ。


「よーし、お前らはここにいろ。あとはパーティの連中が助けてくれるはずだ」


「レオンハルト様は?」


「追手が来ないとも限らねえ。ちょっと後ろの様子を伺ってくる」


「えっ、あなたが?」


 よほど意外だったのか、カトリが声を上げて驚きを表明する。


「へっ、たまにゃ下っ端らしく働かせてもらいますよってね」


「それなら私も―――」


 アニエスが言うのは無視して、急ぎ取って返した。

 ガサガサと物音が鳴るのも一切気にせず、ひた駆ける。本当に追手などいたら目立って仕方がないが、今は時間が惜しい。

 山砦に至ると、例の裏口から中を伺った。

 さすがにまだオークの気配はない。アイリ達はもう撤退しているだろうが、山砦の正面に大穴を穿たれたのだ。生き埋めとなったオークも少なくないだろうし、対処に追われているはずだ。

 とはいえ足音を殺して慎重に踏み込む。


「……よしよし、確か右隣りだったな」


 壁に、今度は部屋と部屋とを仕切る内壁に聖剣を走らせ、蹴りを飛ばす。

 その先はオーク達が言うところのキラキラ光る石の保管庫。要するに宝物庫だった。


「おうおう、ため込んだもんじゃねえか」


 我知らず目が輝く。一抱えもある壺が三つ。いずれも宝飾品で満たされていた。

 オークには宝物の収集癖はない。あくまで女達を得るための対価であり、性欲の賜物だろう。


「っと、こいつはオルタティオ硬貨か。けっこういらねえもんも混じってやがるな。……こいつは、水晶じゃねえな。ひょっとしてダイヤってやつか?」


 レオンハルトが物色していると―――


「やっぱり。あなたと言う人は、本当に」


 呆れ顔のアニエスが宝物庫へ姿を現した。


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