第10話 冒険者一行は山砦を攻める
「……本当にこんなこと、上手くいくのか?」
「なんだぁ、俺の腕が信じられねえってのか、団長さんよ」
藪に紛れ山砦を窺いながら、思わずこぼした独り言を聞きとがめられた。
髭面に酒でつぶれたしゃがれ声。土と砂で薄汚れた顔を、やはり泥汚れがこびりついた手でゴシゴシと擦っている。
何とも胡散臭い男である。四十がらみで、レオンハルトからは師匠などと呼ばれていた。
「当たり前だろう。何せ、あの男が連れてきた男だ」
「なんだ、レオンハルトの野郎、信頼されてねえなぁ。てっきり姉ちゃんたちがあの野郎に惚れて、それで言いなりになってんのかと思ったぜ」
「あんなクズに惚れるわけがあるかっ」
「はははっ、誤魔化すなって。あの野郎、顔だけは良いからなぁ」
「だから―――」
「二人とも、声が大きい」
「くっ、すまない、ヘルガ」
「悪い悪い、姉ちゃん。こっちの姉ちゃんをからかうのが面白くってな」
男は悪ぶれた様子もなく肩を竦める。
何と言うか、男という生き物の悪いところを煮詰めて濃縮させたような人間だった。
不快だが、すでに作戦は動き出している。今さら変更は出来ない。
「……」
「どうかした、アイリ?」
恨めし気な視線を向けると、ヘルガは小首を傾げた。
ヘルガとカトリが賛同さえしなければ、あの男の立てた作戦など採用することはなかった。
「何でもない。……来たわね」
山砦へ向けてゆっくりと進む一台の馬車と四人の護衛が目に入った。
「―――神官様、お願いします」
「ええ。――――。―――。―――――」
神官たちが詠唱を始めた。
聖心教の高位聖職者である。オークに囚われた女、それも聖心教信者を助けるためと言うことで、アニエスが呼び寄せてくれた二人だ。
「――――。“肉体強化”」
「はああぁぁっっ!」
神聖魔法の加護を受けると、アイリとヘルガは思い切り気勢を発しながら藪から飛び出した。
門前にはオークが三体。
馬車は、ちょうど門まで着いたところだ。喚声に慌てふためいた様子で切り返し、結果オーク一体を巻き込んで城壁に車体をぶつけ、車輪が外れ横転した。
「おいッ、何をやってやがる」
無警戒に倒れた馬車に近寄っていったオーク一体に、護衛―――に扮した一団の冒険者が四方から槍を突き込んだ。
「オマエらッ、いつも来てるやつらじゃねえなッ」
激昂し、四人に向かって行った最後の門番の喉を、駆け付けたアイリの細剣が正確に穿つ。
「おうッ、何事だッ」
騒ぎに気付いたオーク達が砦から出ようとして、城門で渋滞を作った。
馬車が門前を塞いで、オークの巨体ではせいぜい一体分しか通り道が無い。そしてその通り道に、アイリとヘルガは陣取った。
「おいッ、女だッ、それも上玉だぞッ! ―――ぐあッ」
無防備に近付いて来たオークに、細剣と短槍が突き刺さる。
「何をやってやがる。どけッ、オレが―――」
次々に向かってくるオークをヘルガが盾で受け、アイリが細剣で止めを刺す。あるいはアイリが牽制し、ヘルガが短槍で仕留める
二対一、まして神聖魔法の加護が続く状態なら、余裕を持ってオークを倒すことが出来る。積み上がった死体が、さらに道を狭めていく。
「おいッ、まず馬車をどかしちまおうぜッ」
少しは頭が回るオークもいるらしく、叫んだ。緑の腕が馬車の幌に伸びる。
「な、なんだ、こりゃあッ」
幌が破れ、崩れ出したのは瓦礫だ。
馬車が運んでいたのは当然女達ではない。多量の土砂や岩石である。
瓦礫の山が広がり、一体分だけ開いていた通り道すらも塞がった。当然、瓦礫を乗り越えて来ようとするオークもいるが―――
「―――っ、ぶひぃッ」
砂の中に混じった金属片に足を貫かれる。古い武具やら農具やらをレオンハルトが聖剣で鋭利に寸断したものだ。
「―――やあっ」
足が止まったところを、御者に扮していた団員も加わった五本の槍が襲う。
「ぐうッ、ニンゲンがあッ、なめるなッ」
槍をかいくぐったオークはアイリとヘルガが討つ。
砦攻めの算段を立てるアイリ達を、レオンハルトは“馬鹿正直にこちらから攻めてやる必要なんかねえだろ”と笑った。“オークなんて見ての通りの猪なんだから、ちょいとエサでもちらつかせてやれば勝手に出て来る”と。
「捕まえたもんが一番“乗り”だぜッ」
「おおうッ!」
エサとは、すなわちアイリ達自身である。
山砦には二百頭近いオークが巣食う中、虜囚となった女は十人足らずだと言う。オーク達は女に飢えている。
無防備に、無思慮に我先にと飛び掛かって来るオーク達は槍に阻まれ、細剣と短槍に倒れていく。
―――口惜しいが、確かに楽だ。
アイリとヘルガで合わせて十頭、五人の団員も三、四頭を危なげなく仕留めた。
「アイリ、そろそろ」
「ああ。―――お前達、引くぞ」
オークの死体が積み重なり、初めは乗り越えねばならない障害物であったそれらは、いつしかなだらかな坂道を形成した。
仲間の亡骸を足場に、オーク達が迫る。神聖魔法の効果もすでに切れている。
五人を先に下がらせて、ヘルガと殿を駆けた。
「テメエらッ、待ちやがれ! 女ッ、逃げんじゃねえッ!」
城門前のいくらか開けた空間を抜けて、山道へ入ったところで足を止め、くるりと振り返った。
鈍重な印象のオークだが、そこは魔物。人間がまともに駆けっこをして逃げ切れるものではない。
「へッ、カンネンしやがったか。へへッ、この場でひん剥いてやるッ」
先頭のオークが下卑た笑みを浮かべ、―――横合いから倒れて来た巨木に押しつぶされた。
「よしよし、計算通りだな。しかし、聖剣って言ったか? まったく便利なもんだなぁ」
レオンハルトの師匠とやらが藪から姿を現した。
倒木は昨夜のうちにレオンハルトが聖剣で斬り付け、楔を打っていたものだ。
「―――ッ」
しばしあっけに取られていたオーク達が、怒号を上げて乗り越えに掛かる。
「迎え撃てっ! ここが正念場だっ、気合を入れろっ!」
藪から残りの団員も姿を現す。
と言っても前回の遠征で大きく数を減らし、新たに募った新人を加えても総勢十数人とかつての半数にも及ばない。
「やあっ! ―――わわっ」
「落ち着いてっ。目や喉を狙って、牽制に徹しなさいっ」
倒木越しにオークの頭を狙った新人の大剣が狙いを逸れ、木の幹に食い込んだ。
その隙に倒木に足を掛けたオークを、ヘルガの短槍が突き落とす。
「うわぁっ」
別の場所で悲鳴が上がるのを、今度はアイリが援護に入る。
落ち着いて牽制だけしてくれればいいのだが、新人にはそれすら荷が勝ち過ぎるようだ。
無理もない。木一本を隔てた向こうに、緑の巨体が列をなしているのだ。すでに三、四十体のオークが詰め掛けていて、城門からはさらにひっきりなしにあふれ出している。
「おいっ、まだなのか?」
レオンハルトの師匠とやらに問う。
「もうちょいだ。オークの目方を人間の男三人分とすると、もう一頭か二頭で―――、おうっ、来たっ」
アイリの目には何の兆候も見て取れないが、男が身を伏せる。―――直後、凄まじい粉塵が巻き上がった。
「―――っ、ごほっ、ごほんっ」
遅ればせながらアイリも、団員たちも倒木の影に身を隠す。
「――――ッ、―――ッッ!!」
オークの怒号は、すぐにがらがらと大地が割れる音に飲み込まれた。
やがて、その轟音も収まる。
「……」
粉塵が静まると、ヘルガと頷き合い倒木へ登った。
「―――これは」
「あの数を、一網打尽か」
山砦の正面に、巨大な穴が開いていた。
詰めかけていたオークは残らずその穴に落ち、土砂に埋もれ呻いている。
藪が生い茂ったこの山は、一皮むけば岩山だった。
山砦の建材も山から切り出したもので、それを見て取ったレオンハルトはかつて師事したという山師を呼び寄せた。つまり“師匠”だ。
そこからは丸二日を掛けて穴掘りである。山砦建設当時の石切り場から、城の前面までを掘り進めていく。岩盤であるから、通常なら槌音が鳴り響き地上のオーク達に気取られることになる。
そこでも活躍したのが聖剣だった。スパスパと手ごろな大きさの石片として岩盤を斬り出し、容易く砦の前面までを掘り抜き、そこに巨大な空間を作った。アニエスはあんまりな使い様にため息をこぼしていたが。
「しかし、やっぱりあの野郎は山師の才能がありやがるぜ。俺んとこに戻って来る気はねえもんかな。―――あの聖剣ってやつも一緒に」
“師匠”が隣に登って来て言う。
「あの男はうちの団員だ。譲る気はない」
使える男であることは、認めざるを得ない。
「おっ、なんだ、やっぱり惚れてやがるのか?」
アイリは今回は黙殺した。むきになって言い返しても、楽しませるだけだろう。
「よし、“陽動”はこれくらいで良いだろう。引き上げるぞっ!」
アイリは団員たちに号令を飛ばした。




