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第1話 未来の大英雄は弟分をあっさり見捨てる

「ったく、うちの団長様は何を考えているのかねぇっ!?」


 山道を歩きながらぼやいた。


「しっ、兄貴、声が大きいですって」


 新入りが口を塞ぎにくるのを、長身に物を言わせてひょいと仰け反ってかわす。

 年相応以上に小柄なこの弟分は―――確かまだ十代前半と言っていた―――、ぴょんぴょんと跳ねるも届きはしない。


「だってよ、旧サフィロス王国の首都まで潜ろうだなんて、正気じゃねえぜ」


「―――おいっ、新入りどもっ、黙って周りを警戒してねえかっ」


 前を行く古参の一人が振り返ってじろりと睨みつけてくる。

 自分―――レオンハルトも、三十人からなるこの冒険者一行パーティの中では二番目の新入りだ。

 前衛の次に危険な最後尾に付かされている。遺物発見時には売り値の一割が貰える前衛のようなうま味もない役割だ。


「へいへい」


 肩を竦め、口を閉じ―――はせず、レオンハルトは声量だけ弱めた。


「しかしよ、こいつは本当にまともじゃねえ。お前もいざって時はとっととずらかる心構えでいた方が良いぜ」


「は、はい。俺は兄貴に付いていきます」


 唯一の後輩はごくりと息を呑んで答えた。

 何度か戦闘で助けてやって以来、妙に懐かれている。


「ちっ、ここらで大きく儲けようと、パーティに加わったのは失敗だったか」


「兄貴は、元々単独ソロで冒険者をしていたんですよね?」


「ああ。が、一人で回れるようなところは目ぼしい物もすっかり取り尽くされちまったんでな」


 この山道にしても、ところどころ石畳が残り舗装された跡がある。かつての交易路と言うところなのだろうが、こうした情報は単独ソロ冒険者の元にはなかなか下りて来ない。


「……旧サフィロス王国まで行ったことは?」


「あるわけねえだろう。と言うか、そんな奴は誰もいねえよ。単独ソロに限らず、パーティを組んでるやつ等の中にもな」


 旧サフィロス王国。

 レオンハルト達が拠点を構えるエクシグア王国からは、現在移動中の旧オルタティオ王国を挟んでいる。

 つまり今回は一国をまるまる縦断し、そこからさらに足を延ばすと言う命知らずな探索計画なのだ。


「依頼主のあの連中、ええと、なんて言ったか」


聖心教せいしんきょうです、兄貴」


「ああ、そうそう。最近都の方で流行ってるって教えだったよな。確か何年か前に教祖が処刑されたって話じゃなかったか?」


「……ええ、そうらしいのですが、むしろそれ以来いっそう勢力を強めてるって話です」


「ふ~ん。それでまんまとうちの団長もはまっちまったってわけか」


 前方へ目を凝らすと、集団の中央付近で白の法衣をまとった数人の男女の姿が見えた。

 寄り添ってへーこらしているのが、いつも高圧的な一行の団長だ。


「でも、団長の気持ちも少し分かりますよ。見ましたか、依頼に来た女?」


「いんや。何か他の連中も騒いでやがったが、女つってもガキだろ? 乳臭い女には興味ないんでな」


「さすがは兄貴。俺なんて同じ女だってのにちょっと目を奪われてしまいましたよ。まさに神様の使いって感じで。あんな子が言うなら宗教ってのも信じてみるかって気になりますよ」


「お、おおっ、そうか」


 表面上取り繕いながらも、レオンハルトはこれで何度目かになる衝撃に襲われていた。

 ヨレヨレのフードに、口元を隠す黄ばんだ布切れ。あまりに汚らしい格好をしているものだから、何度聞いてもこの弟分が女だということを忘れてしまう。

 声などは確かに男の子にしては可愛すぎるのだが。


「……で、なんだって、そんな奥まで人をやろうってんだ、そのお嬢ちゃんは?」


「何でも、聖地か何かがあるらしくて、そこでお参りをするって話ですよ」


「はーん、宗教狂いの考えることは分からねえもんだ。―――おっ」


「どうしました、兄貴?」


「あれ、見ろよ?」


 鬱蒼と茂る木々の間に、かすかにそれは覗いていた。


「あれは、……炭焼き小屋か何かですかね? ―――うっぷ」


 弟分が叫ぼうとするのを、今度はこちらが口を押さえに掛かる。


「あ、兄貴、乙女の唇に気安く触るもんじゃありませんよ」


「きったねえ布越しだろうが。そんなことより、今お前、他の連中に知らせようとしやがっただろう?」


「それはもちろん」


「馬っ鹿だな。そんなことで冒険者をやっていけるかよ。―――ちょっと行ってくるから、他の連中に聞かれたら小便とでも言っといてくれ」


「ええっ、そ、そんなっ、兄貴」


「ちゃんとお前には分け前をやるから、頼んだぞ」


 戸惑う弟分を残し、山道を逸れる。

 元々は当然道くらい繋がっていたのだろうが、すでに跡形もない。藪をかき分けて進んだ。


「……炭焼き小屋っつーか、これは陶工の家か?」


 炭焼き用と思しき巨大な窯の他に、小型の窯が幾台も並んでいる。家屋は二つで、一つが居住用、一つが作業用と言ったところか。

 そして特筆すべきは、どれも人が使うには微妙に天井やら何やらが低いと言うことだ。


「ドワーフ、いや陶芸ってことはリトルフットの工房か? 何にせよ、期待出来そうじゃないか」


 リトルフットは人間をそのまま小さくしたような亜人だ。ドワーフを華奢にしたと言えば分かり易いか。

 ドワーフ以上に手先が器用で、繊細な細工などを得意としている。

 レオンハルトは窯の中身を一つ一つ覗き、次いで作業場にも頭を突っ込んで観察した。

 いくらか陶器が残されているが、いずれも割れてしまっている。


「まっ、当然か」


 放棄されてすでに三十年以上は経過しているはずだ。


「さて、本命はこっちだ。―――お邪魔しますよっと」


 腰をかがめ扉をくぐり、居住用の家屋へ足を踏み入れた。ぶわっと砂埃が舞う。


「よしよし」


 積もった埃は他の冒険者の手付かずの証しだ。

 室内には寝台が一つに箪笥チェストが一つ。


「こいつは、……ちっ、オルタティオ硬貨かよ」


 箪笥の引き出しには大量の硬貨が残されていた。今ではクズ鉄としての価値しかないものだ。


「おっ」


 オルタティオ硬貨に混じって、エクシグア硬貨が一枚。

 とはいえ銅貨一枚ではスープの一杯も飲めやしない。

 思わず頬をほころばせてしまった自分に呆れ、レオンハルトはため息をこぼしつつもしっかり懐にしまい込む。

 最悪このクズ鉄をたんまり持ち帰れば数日分の宿賃くらいにはなるが、さすがにそんなものを抱えてパーティに合流は出来ない。

 引き出しは全て外し、寝台もひっくり返し、室内をすみずみまで探すも目ぼしいものは出てこなかった。


「……そうだ」


 レオンハルトは床に膝を付いた。リトルフットの視線で部屋の中を見渡す。


「おっ」


 壁板が一枚、不自然にへこんでいる。

 手を添えると、そこは引き戸になっていて左右へ動かせた。


「隠し収納か。いかにもリトルフットが好みそうなことだが、さて中身は―――、よっし!」


 一振りの剣が出てきた。拵えには宝石があしらわれ、造形自体も美しい。

 思った通り、ドワーフの手によるものだ。共に職人気質のリトルフットとドワーフは、製作物を贈り合う習慣があると聞いていたのだ。

 これぞ冒険者―――またの名を廃墟荒らし、遺物漁り、火事場泥棒―――の醍醐味だ。


「―――あっ、兄貴ぃっ、助けてぇっっ!」


 その時、女性の叫び声が響いた。いや、弟分の声だ。


「ああいや、女の声で合ってるのか」


 レオンハルトは家屋を飛び出―――さずに、壁に張り付き、扉の影から外をうかがう。

 何をどうしたものか、弟分は生い茂る木々の枝に取り付いていた。


「ちっ、あの馬鹿、付いてきやがったのか」


 その木の根元に緑の巨体が群がっている。

 オーク。

 低俗な魔物であり、同時にこの大陸の支配者だ。

 北辺のエクシグア王国―――今は避難してきた他国王族達との合議制を取っているためエクシグア連邦国とも呼ばれる―――を除き、大陸のほぼ全域が彼らの所有化にあるのだ。

 ここ旧オルタティオ王国も、今回の探索の目的地旧サフィロス王国も、つまりはオークに滅ぼされた人間の国の成れの果てだ。

 レオンハルトの後を追ってきた弟分はオークと出くわし、とっさに樹上に避難したということだろう。


「ちっ、あいつまだあの鈍らを使ってやがったのか。いい加減ちょっとはましな剣を用意しろと言っただろうが」


 左腕と両足を枝に絡ませ、残る右手でぶんぶん我武者羅に剣を振り回している。

 それは弟分へ伸びる緑の腕を何度となく捉えているが、まるで斬れる様子がない。かえってオーク達を激昂させているだけだ。


「数は、―――四頭。…………四頭かぁ」


 経験上、一対二なら確実に勝てる。

 だから三頭までなら何とかなる。初撃で一頭を仕留め、後は一対二の勝負に持ち込めるからだ。だが四頭となると、少々荷が勝ち過ぎる。


「あっ、兄貴っ!! ―――ちょっ、兄貴っ、兄貴ぃっ!?」


 目が合い、そっと顔を引っ込めた。幸いにして家屋の反対側には窓が一つある。


「悪いな、アニエス」


 白々しい謝罪を口にすると、レオンハルトは壁から背を離した。


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