第5話「お茶会 前編」
リリスのナビを頼りに。
となりの駅で降りて、歩くこと20分。
となり町の教会までやってきた。
電車から何回も見ているその教会。
まさか自分がそこに来るなんて夢にも思っていなかった。
ドキドキしながら教会のベルを鳴らす。
中には男の人が一人。
神父さんだった。
「あなたが楓ちゃん? すももから話は聞いてるよ、さ、中へ」
見た感じは40歳になったかならないか。
すももちゃんの年齢を聞いていないから。
断定はできないけど。
パパだとしたらかなり若くしてすももちゃんが産まれたことになるな。
なんて妄想をしながら神父の後に続いて、教会の奥へと進んでいく。
聖堂を抜けて。
奥の個室に通される。
そこには。
数人が囲んで使えるテーブルと。
椅子が数脚用意されている。
机も椅子も。
ホームセンターやインテリアショップでは見たことがない。
繊細な彫刻が施され。
普段見慣れた椅子というよりは。
教科書なんかで見るそれに近い。
どこの国で作られたのかはよくわからないけど。
西洋の昔話に出てきそうな、そんな雰囲気だった。
「さ、今すももを呼んでくるからここで待ってて、わたしは仕事があるから、帰りにでも話しましょう」
神父さんはそのまま部屋の外へと行ってしまう。
部屋の中に残されてしばしの沈黙。
「楓ちゃん緊張してるの?」
リリスの問いかけ
「うん、ザドキエルと闘った時しか話してないから」
「怖がらなくて大丈夫よ、すももはいい子だから、バフォメットは気をつけなきゃダメだけど」
「バフォメット? すももちゃんが抱えてたぬいぐるみ? あぶないの?」
「あいつは、女相手なら何するかわからないわ、かなり危険な悪魔……」
そこまで言った瞬間。
部屋のドアが開いた。
「楓ちゃんお待たせ、少しはりきりすぎちゃった、手伝ってくれない?」
「え? ああ、うん」
はっきり言って状況はあまり呑み込めていなかったけど。
とりあえず、すももちゃんの後についていく。
迷路みたいな教会の中を進んでいくと。
そこには大きなキッチンがあった。
「なかなか初めて見ると違和感よね、二人暮らしの教会でこんなにでかいの使うって思うでしょ? クリスマスなんかはみんな使うのよ」
その言葉を聞きながら、少し納得した。
クリスマスに教会に来たことはないけど、確かに、クリスマスはみんなが集まるイメージがある。
「台車のらなかったこれだけ、お願いね」
すももちゃんはそう言いながらバスケットに入ったお菓子を私に持たせた。
少しずつ自己紹介しながら。
さっきの部屋に戻っていく。
すももちゃんはわたしと同い年、中学は別々だけれど。
同じ感じで中学生なのはなんとなくわかった。
部屋について、すももちゃんがバフォメットを迎えに行く。
その間に、リリスも元の姿に戻る。
「なんか久しぶりに戻った気がするわ、このにおい、焼き菓子ね」
リリスが嬉しそうに台車に乗ったお菓子とお茶を見つめる。
しばらく見つめていると。
部屋のドアが開いた。
すももちゃんとそのわきに小さな女の子がいた。
「あらかわいい、妹さん? かわいい」
その小さな女の子としゃがみ込んで目線を合わせる。
女の子は何が起こったのかという表情で首をかしげる。
「ってかこの前もあったろ? お嬢ちゃん」
その聞き覚えのある声は、バフォメットだった。
「とはいってもあの時ぬいぐるみだったでしょ、あなた」
すももちゃんもしっかりつっこむ。
「そかそか、この姿で会うのははじめてか、よろしくな、お嬢ちゃん」
バフォメットはそう言いながら、私の頭をなでてきた。
「あいかわらずだな、リリスのねーちゃんも」
「それを言うならあなたもでしょう、バフォメット」
「なんだなんだ? 久しぶりに会えたのに、つれないねぇなぁ」
「つれないんじゃないわ、あなたほどの悪魔がここでこうしてるのが不思議なだけよ」
「まぁまぁ、今回は最後の審判の戦闘中、言い合いはなしにしましょうや」
「それもそうね、まちがっても、すももや楓に手を出さないでよね」
「それはしない、間違ってもしないね、こんなババァ、興味ないしね」
耳を疑う発言、わたしがババァ?
「また始まった、楓ちゃん、聞かなくていいわよ」
すももちゃんがお茶を準備しながらわたしを諭す。
「相変わらずのペドフィリア、同じ悪魔としても虫唾が走るわね」
「おほめにあずかり、光栄です、リリスさん」
仲がいいのか、悪いのか、よくよく分からなくなっていた。
多分、悪いのだけど。
「ところで楓ちゃん、ブラックティーと、ハーブティーどっちがいい? コーヒー派だった?」
「えっと、ブラックティーって? 普段お家で飲むのはダージリンとか、セイロンだけど、ハーブって何?」
「そっかそっか、そのダージリンとかセイロンとかの紅茶の総称がブラックティーっていうの、ハーブティー初めてかぁ、ちょっと待ってね」
「すももちゃん紅茶好きなんだねぇ、詳しい、飲みやすければ、ハーブティーがいいな」
「今日はねこんなパターンも考えてね、いろいろお茶を用意してたの、最初はちょっと珍しいのにしましょう」
「え? なに? たのしみ」
すももちゃんは楽しそうな感じで、なにやら英語の書かれた袋からティーバッグを取り出し。
四人分お湯を注ぎ、それにソーサーをかぶせた。
そこから小さな砂時計をひっくり返して時間をはかっている。
「なあなあお嬢ちゃんは、リリスと仲いいの?」
「たぶんね、たまにジュースとか一緒に飲んだりするよ」
「はー、いいなぁ、ジュースのみたいなぁ」
「なに、ジュースの方がよかったの? 紅茶よりも?」
「いえ、いつもごちそうさんです」
すももちゃんにきつく聞かれて、少し委縮するバフォメット。
少し見ていてなごんでしまう。
そんな会話をしている間に。
砂時計が落ち切る。
「そろそろいいわね楓ちゃん、そろそろソーサーを取ってみて」
促されるまま、ソーサーをどかすと。
そこには見慣れない色のお茶が入っていた。
「え? 真っ青なんだけど? これって飲めるの?」
パニックになってうまくしゃべれない。
「バタフライピーっていうのよ、飲んでみて」
恐る恐る口をつけて飲んでみる。
少し中国茶のような独特の香りはするけど。
渋いとか苦いとかはなかった。
お茶独特の味もあまりしなかった。
思ったよりも飲みやすかった。
「どう? 気にいったかしら?」
「ありがとう、最初はドキドキしたけど、これ、飲みやすい」
「それはよかった、お茶菓子もいっぱいあるからたくさん食べてね」
すももちゃんはそう言いながら。
よく、フライドチキンの店で見るビスケットを出してきた。
「これ、フライドチキン屋さんで出てくるビスケットだよね?」
「残念、楓ちゃん、これはね、スコーンっていうのよ」
「スコーン? 何が違うの?」
「そうね、ビスケットには卵が入ってないわ、スコーンには卵が入ってるわね」
「へぇー、でもそっくりだね、見た目じゃあんまりわかんない」
「食べ方も似てるんだけど、スコーンもおいしいわよ、食べてみて」
「どうやって食べるの? やっぱメープルシロップ?」
「シロップもあるわよ、お好みでジャムでもおいしいわよ」
「じゃあ、ジャムで」
「イチゴとオレンジマーマレードではどっちが好き?」
「オレンジって何? 初めて聞いたんだけど」
「そうなのね、オレンジの皮が入ってるから、少し苦いけど、おいしいわよ」
「うん、試してみるね」
すももちゃんがオレンジマーマレードの瓶を探し始める。
「なぁリリス、あの二人、たのしそうだな」
「あら、あなたは楽しくないの? せっかくのお茶会なのに」
「そりゃたのしいけど、こーかわいい女の子とかほしいよね」
「目の前にいるじゃない、そのえり好みをなんとかしたら?」
「そーかなぁ、多様性を認めてほしいなぁ」
「それはどうかしらね、そんな幼い子ばかり狙うなんて、恐ろしいわね」
「リリスだって産まれたての子供狙うだろ?」
「あれはアダムの子だけだから、あなたみたいな無節操と違うわよ」
「ひどいなーねーすももー、リリスひどくない?」
「あなたの偏った趣味が原因でしょうが」
すももちゃんが探し物をしているわきで悪魔二人で何やら話している
「バフォメットはもう少し考えてしゃべりなさい」
駄々をこねているバフォメットにすももちゃんがとどめを刺していた。
「ところであなたたちは、スコーンでいい?」
「まかせるわ」
「すももー、スコーンは飽きたから、ほかのないの?」
「今日はカヌレもあるわよ」
「カヌレ? やったぁ」
今までつまらなそうだったバフォメトがはしゃぐ。
さすがはすももちゃん。
好みがわかっているのか。
たまたまなのか。
そこらへんはよくわからない
「楓ちゃんもカヌレ食べる?」
「カヌレってこのお菓子? なんか溝があるね、すももちゃん器用なんだね」
「まさかこの溝、一個一個掘ったわけじゃないわよ、こういう型があるのよ」
「よくわかんないけど、お菓子作り好きなんだねぇ」
「好きなのもあるけど、教会は毎週ミサがあるからね、その時にふるまうのよ」
「へー、すごーい」
「さあさあ、めしあがれ」
そこからお茶会が始まった。
みんな思い思いの話をしている。
リリスは天使のこと。
バフォメットは女の子のこと。
すももちゃんはお菓子について。
わたしはそれらを聞いて。
いろいろ相槌を打つだけだった。
「そういえば楓ちゃん、バタフライピーなんだけどね、実はこのレモンの汁を入れるとね」
すももちゃんが自分のバタフライピーにレモンを絞り入れる。
すると真っ青だったバタフライピーが、ピンク色に変わっていく。
「うわぁ、かわいいピンク色」
「でしょー、すごくいいでしょ」
「なんか魔法みたい」
「楽しんでもらえてよかったわ」
そんな話をしながら時間が過ぎていく。
おもしろくて過ごしている。
「ねぇ楓ちゃん、今日は早く帰んなきゃダメ?」
「連絡すれば、結構居れるとは思うよ」
「わかった、今、おかわりのお湯沸かしてくるから、少し待っててね」
「うん、すももちゃん、ありがとう」
すももちゃんはお湯を沸かしに席を立つ。
リリスは相変わらずバフォメットと何やら話をしている。
「つったって、やっぱ幼女の方がいいよな、ふくらみかけとか、ふくらみきったとかおそいし」
「なにいってるの、そこの良さがわかってこその大人じゃない」
「膨らんだのが好きなんて、だれでも好きなんだよそれは、あえて膨らんでないのが好きなのに」
「バフォメット? 酔ってるの? お茶酔い?」
「酔うわけないだろ、今日はみんなふくらみかけだ、つまんないんだよ」
「あなたのこだわりは分かったから、乙女二人を前に、少し慎みなさい」
「やだね、今の中学生は進んでるからな、きっとハツモノじゃないんだよ」
バフォメットがそこまで言うとリリスは手元にあった金属製のトレイでバフォメット頭をたたいていた。
話を聞いていて。
大体何の話なのか察しはついたけど。
バフォメットは要するに幼女が大好きな幼女なんだろうか?
でも、悪魔が幼女が大好きといっても不思議でもない。
リリスは今回突っ込みに回っているけど。
お兄ちゃんを襲ってたし。
悪魔と過ごすときは警戒しないといけないだろうなと。
そう思うのであった。
悪魔二人はギャーギャー言いながら盛り上がっている。
なんだか楽しい時間はあっという間に過ぎる。
お湯を沸かしているすももちゃんを待ちながら。
まだまだ楽しいお茶会は続く。