第3話「ザドキエル二戦目」
数日後、楓はぬいぐるみのリリスを抱えて。
街を歩いていた。
「この辺にいる」
リリスがぽつりと言った。
楓はリリスをぎゅっと抱きしめる。
「怖いの? 落ち着いて、ザドキエルはきっとそんなに回復してない、この前より遅いはずよ」
楓はその言葉に頷き。
リリスに声をかける。
リリスは結界を展開して。
楓はブレスレットに念じて魔法少女に変身する。
そしてピストルを持ち。
ザドキエルの姿を探す。
体力の分配を考えて走らないで探す。
木の陰にザドキエルを見つけ、ゆっくりと照準を合わせる。
そしてその時点で発砲はせず。
動き出すまでじっくりと見つめる。
そして飛び立とうとした次の瞬間。
未来位置に照準を合わせて3発、発砲する。
その読みが当たり。
弾丸がザドキエルの腰のあたりをかする。
直撃はしなかったものの。
何かがはじけるのが見て取れる。
「少し上達したわね、焦らないで追っかけて」
リリスの声が聞こえる。
楓はスタスタと歩き始める。
空高く飛び上がったザドキエルを目で追う。
「だいぶ慣れてきたわね、そう、今は追いかけるとき、撃つときじゃないわ」
楓は無心になっていた。
前回は焦りすぎていたという反省を自分なりにしていたのだった。
ザドキエルに離されながらも。
焦らずに追いかけていく。
前回受けた傷は。
ほぼ回復している。
時間はあるとリリスに言われているから。
今回は確実に当てていく。
楓はそう心に誓い。
ザドキエルをゆっくりと追いかける。
歩く事数分目標の姿をとらえる。
今度は未来位置を考えずに数発撃ち込む。
あたりはしないが向こうも。
こちらに飛んでくる。
かなり迫ったところで、楓は弾丸を撃ち込む。
的確にあたり。
ザドキエルがもがき苦しむ。
力なく、地面に倒れたところを楓は見逃さなかった。
かけより、次を撃ち込もうとする。
すると次の瞬間。
眩しい光に包まれる。
楓が視覚を取り戻したとき、目の前には二体のザドキエルがいた。
「どういうことなのリリス? 天使が増えてる?」
「落ち着いて、片方は幻影よ」
「幻影? 正解はわかる?」
「わからない、とりあえず撃ってみて」
楓はその言葉を信じて左側を撃つ。
撃たれた瞬間、左側は砂になって消えていく。
「慌てないで、本体が近づいていく」
楓はその言葉に焦って本体に照準を向ける。
本体はまだ距離があり不利だと察すると空高く飛び上がった。
それに対して何発か発砲する。
大きな羽にかすってはらはらと羽根が落ちてくる。
「ザドキエル、こんな事をするなんて」
リリスが困惑する。
楓は死が目の前に迫ったのを感じて過呼吸になる。
ドキドキと心臓がうち、少し目の前の景色がぼやけていく。
「楓ちゃん倒れないで」
リリスの声が意識をなんとかつなぎ止める。
楓は今にも破裂しそうな心臓を落ち着けながら、ザドキエルの事を追いかけていく。
結界の反対側へと飛んでいったザドキエル。
追いつくまでにはかなりの時間がかかる。
「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」
一回一回の呼吸が安定しない。
少しずつ頭に回ってくる酸素に、楓は少しずつ意識をしっかりとさせていく。
ゴクリとつばを飲む込むと。
その意識はよりはっきりした、物に変わっていく。
「ごめんねリリス、偽物を撃った瞬間頭が真っ白になって」
「焦らなくて良いわ、幻影を使ったのは多分ヤツが追い込まれている証拠、そのまま封印まで持って行くわよ」
楓は呼吸を落ち着かせながら。
結界の反対側までたどり着くと。
そこにはやはりザドキエルが二体いる。
楓は深呼吸して目をこらした。
傷の場所。
羽の傷の具合。
ありとあらゆる物を見比べて。
どこか違うところはないか。
じっくりと見ていく事にする。
そして楓は気がついたのだった。
偽物の瞳の色がかすかに違う事を。
「こっち!」
本物に銃口を向けたとたん、偽物が消滅し。
本体が逃げる体制に入る。
そこを逃さず未来位置予測で足に的確に弾丸を当てていく。
ザドキエルはひるみながらもまた遠くに逃げていく。
「よく気がついたわね、どこを見てたの?」
「目よ、そこまでは完全に再現できてない」
楓はここで弾切れに気がつき。
2マガジン目をリロードする。
「これで最後だね、リリス」
「いいえ、今回は弾丸が多めに作れたの、もう一個マガジンがある」
「なら最高ね、今回は確実に仕留めてみせる」
「焦らなくて良いわ、向こうは確実にダメージを負っているから」
楓はその言葉を聞きながら。
確実に歩を進める。
前回とは違う、確実に天使を仕留めるという意欲で満ちあふれていた。
その姿はまるで処刑人のようでもある。
ピストルを片手に、天使を追いかける。
やがて追いつく頃にはザドキエルがそこには3体いた。
無言の駆け引きが続く。
さっきバレてしまった作戦はもう使っていないようだ。
目の色も全て同じになっている。
そこで楓が下した選択は。
全て撃つ事だった。
数秒のうちに3体全てに弾丸を撃ち込んでいく。
本体だけが崩れて、あとは砂になる。
「そう何回も同じ手に引っかからないよ、覚悟しなさい」
楓は一歩また一歩と間隔を詰めて、容赦なくザドキエルに向けて発砲していく。
5発撃って全て命中。
楓は今度こそ仕留めたと思った次の瞬間。
ザドキエルは楓の手に攻撃。
銃がどこかに飛んでいってしまう。
楓は後退する。
ザドキエルは隙を見て逃げていく。
楓はなんとか銃を拾うと。
遠くに飛び去ったザドキエルを目で追う。
「楓ちゃん、畳み掛けたいのはわかるけど、距離をとって、銃を壊されたら、今のところ闘う手段がないの」
「わかった、今のは近づきすぎだね」
「そうね、今結構撃ったから、残りは大丈夫?」
楓はそう言われてマガジンの残弾を確認する。
「大丈夫、半分は入ってる」
「それならいいわ、今回は追い詰めるだけでも良いかもしれないわ」
「そうかもね、残り22発、頑張れば、倒せる」
「落ち着いてちょうだい、次はどんな手を使ってくるかわからないの」
「うん、正確に当てるようにするから」
「お願いね」
楓はまた一歩。
また一歩。
確実にザドキエルに近づいていく。
ザドキエルが見えてきたとき。
楓は身を潜めた。
ザドキエルはさっきと同じ3体。
楓は作戦を変える。
まず一体目を影から撃つ。
砂になる。
すると動いているのと、そのまま直立のザドキエルが出てくる。
その動いてる方に数発弾丸を撃ち込んでいく。
楓の側から丸見えで有る事を悟ったザドキエルはそのまま飛び立って行く。
楓はにやりと笑う。
「どうやら全てを動かす事はできないみたいね」
「楓ちゃん、良いところに気がついたみたいね」
「これなら確実に弾の数を絞れる」
ここで2つ目のマガジンの弾切れに気がつき。
3つ目に入れ替えていく。
「最後の15発」
楓はそう言いながら弾を込めていく。
これで決着がつけばいいなという気持ち半分。
決着をつけるという意思が半分。
もう何発かあたっている。
前回のように位置から探す必要がない。
血痕をたどればそこまでたどり着くのだ。
もうせかせかと歩き回る必要もなくなってくる。
楓の心にはいくらかの余裕があった。
呼吸をしっかり整えて。
血痕を目で追い。
今度こそ天使を封印して。
片付ける。
これが終われば、また一つ強くなれる。
そう思いながら楓は歩いた。
しかしいくら歩いても、血痕の果てに追いつかない。
疑問に思ってリリスに問いかけてみる。
「ザドキエルはどこに行ったの?」
「まって、いま、その反応を探しているの」
楓は言葉を返さない。
血痕を探してふらふらと探し回る。
そしてしばらくしてリリスから反応がある。
「ごめんなさい楓ちゃん、ザドキエルはおそらく、結界の隙間を突いて逃げたみたいね」
「そんなことが? もう少しだったのに残念、でも、ダメージはかなり与えたから、次こそは確実に」
「そうね、もう一人悪魔がいれば完璧な結界が張れるんだけど」
「仕方ないわね、リリスもう結界をはずして、わたしも変身をとくから」
「わかったわ、楓ちゃん、お疲れ様」
結界が外れて。
ぬいぐるみ状態のリリスが目の前に出てくる。
楓はそれを抱きかかえて帰路につく。
「本当に今回はおしかった、もうちょっとだったのにね」
とか
「ところで楓ちゃん喉渇いてない? だいぶ今日は動いたから心配だわ」
などとリリスから暖かい言葉が向けられる。
楓はうんうんと頷きながら。
帰り道を急いだ。
家へ着くと。
リリスをベッドにおろし。
何か飲もうと台所へ向かう。
台所から帰るとリリスが元の姿に戻って。
くつろいでいた。
「今日はなかなか当てたんだけど、追い詰められなかったねぇ」
楓がそう漏らすとリリスは静かに首を横に振った。
「楓ちゃんは悪くないと思うのよ、もう一人居れば、全然違うのにね」
「もう一人かぁ、でもわたしみたいに大変な思いをする子が増えるのも気が引けるね」
「それもそうだけど、悪魔がもう一人居ればすごく楽になるのだけど」
「わたしは悪魔とか呼べないから、ごめんね」
そう言うとリリスは少し微笑んだ。
そして楓が持ってきていたお茶に手をつけると。
一息ついてから、言葉を続けた。
「いいのよ、少し他を当たってみるわ」
「そっか、なんもできなくてごめんね」
「今天使と闘ってるだけでいいのよありがとね」
二人でお茶を飲む。
静かな時間が流れていく。
少し言葉が途切れる。
数分の沈黙のあと。
リリスがぽつりと言葉を漏らす。
「もし、もう一人増えたら。楓ちゃんは闘いづらい?」
「ううん、でも想像できないかも、もう一人増えるかぁ」
「実はね、少しお願いすれば増えそうではあるの」
「それはリリスのお友達?」
「お友達でもないの、でもこのままだと天使がさらに来るから、こっちがどんどん不利になってしまうのよ」
「そうだね、一人で何体も相手にするのは難しいね」
「わかった、連絡を取ってみるわね」
「お願いねリリス」
「わかった、うまくいく事を願っててちょうだい」
「うん、クッキー食べる?」
「この前のやつはおいしかったわね」
楓はリリスのリクエストを聞きながら。
取りに行く。
今日の事はいつまでも引きずらず。
切り替えようとつとめていた。
リリスは少し難しそうな顔をしながら。
何か考えているようだった。
クッキーを渡すと笑顔になっていたが。
少し張り詰めた空気だったのはわかった。
今日の索敵ではこれが課題だった。
次回では有効にデータを使いたい。
もし人が増えるなら、こういった作戦を実践していきたい。
そんな話をしながら一日が過ぎていく。
楓は、次の戦闘に備えて様々思考を巡らせていた。