第2話「日常」
「いい? 楓ちゃん、確実に当てる必要はないの、どこかに当たれば良い」
リリスはそう言いながら次の的を立てていく。
神父に借りたエアガンでパスン、パスン、と音を出しながら。
標的に当てる。
「そうだよね、立って狙ってるときは当たるんだよ」
「楓ちゃんは追いかけて当てるのが苦手と」
その言葉に頷く。
そしてしばらく悩んだあと。
エアガンをそっと置いた。
「良い、楓ちゃん、未来位置って考え方はわかるかしら?」
「みらい、いち?」
「そうね、例えば車が動いてるとする」
「うん」
「その車を狙うとしたら、立って狙うときと何が違うかしら?」
「動いてるから、まっすぐ撃っても当たらないね」
「そういうこと、天使は動いてるから?」
「そういうことね、動いた先を狙わないと当たらない」
楓は納得してからエアガンを手に取った。
手を右から左に動かしながら。
脳内で車をイメージする。
「わかったけど、どうやって狙うの? 的と銃が重なってたら意味がない気がするの」
「良い質問ね、未来位置、つまりは、少しずれた位置を狙う、少し的を動かしてみましょう」
リリスは魔力を加え。
的をゆっくり動かす。
それを追いかけながらエアガンで狙っていく。
最初はハズす事が多かったが。
だんだんコツをつかんできたのか。
当てる事が多くなってきた。
そこでリリスは的を動かすのをやめた。
「ごめんね、楓ちゃん、疲れちゃった」
「ありがとうリリス、だいぶわかったよ」
「そう、それならよかった」
エアガンを片付けながら。
楓はリリスを抱きかかえた。
「楓ちゃんもういいの? 練習は?」
「疲れたんでしょう? 一回部屋に行こう、ジュースもあるよ」
「それは良いわね、ちょうど喉も渇いたところだから」
「それじゃあ、この結界といちゃって、お家に行こう」
その声かけに反応してリリスは結界をとく。
楓に抱きかかえられながら。
家へと向かっていく。
歩く事10分。
楓は部屋に着くと。
リリスをおろして、台所に飲み物を取りに行く。
冷蔵庫にあったオレンジジュースをコップに注ぐと。
部屋で待っているリリスのところへ運んでいった。
リリスは元の姿に戻っている。
「リリス、おまたせー」
「ありがとう楓ちゃん、助かるわ」
「今日はちょっと暑いからクーラーつけちゃうね」
「あーありがとう」
二人で涼みながら、少しだらだらする。
クーラーの涼しい風にあたりながらリリスは大きく伸びをしていた。
「ぬいぐるみのままでいると狭いのよね」
「だよね、だいぶちっちゃくなるものね」
「ほんと、肩がこるのよね」
リリスはそう言いながら肩をまわすと。
コリッ、コリッと音がした。
「ひどいね、少しマッサージしようか?」
「ありがとうね、でも今のでだいぶほぐれたから大丈夫」
「そっか、いつでも言ってね」
「ふふふ、ありがとう」
リリスはそう言いながらジュースを一口飲む。
そしてしばらくその余韻に浸ってから。
ため息をついた。
「どうしたの? お酒が良かった? パパのビール持ってこようか?」
「ちがうのよ、ジュースって久しぶりだなって、なんか感動したのよ」
「そっか、いつもオレンジジュース飲んでるからわたしは普通なんだけど」
「それは幸せな事よ、とても良い時代に生まれたわね」
「そっかぁ、あまりわからないけど」
リリスはそれを聞くと何か感慨深そうに窓の外を見つめた。
「昔はもっと大変だったのよ、その日の水にも困るようなね」
「昔話で見るような?」
「そうね、ここ数十年はどの魔法少女に会っても、みんな豊かね」
リリスはそう言いながらジュースをもう一口飲む。
そしてゆっくりと外の景色を眺めている。
「何か感慨深そうだね、リリスはそんなにジュースが珍しいの?」
「いえ、あたしは悪魔だから食べなくても生きていける、それなのにこんな施しを受けてるのがなんか嬉しくてね」
「だって、リリスも喉渇くでしょ?」
「それはそうだけど、普通は悪魔をみんな怖がる」
「それは怖いけど、ひどい扱いしたらそれこそ、呪われそうだけど」
「そんな簡単に呪ったりしない、恨みがある対象なら別だけどね」
「リリスは何に恨みがあるの?」
「詳しくは話せないけど、神に愛されている人間が許せないの」
「神様はみんなを愛してるんじゃないの?」
「そうでもないのよ、神様に嫌われて悪魔になるやつもいる」
リリスのその言葉にピンとこなかった。
学校でも教えてくれない神様の事。
少し聞ける気もしたけど。
リリスの表情を見ていると。
それはとても辛そうで、これ以上聞いて良いような感じではなかった。
「それより、リリス、クッキー食べる?」
「それなに?」
「食べた事ないの?」
「大体どこの家でもここまでよく扱われた事なかったから」
「そっか、じゃあお気に入りのイチゴジャムがのってるやつ持ってくるね」
そう言い残してクッキーの箱を取りに行く。
3個ずつになるように取り分けて。
ティッシュの上に置いた。
「これがクッキー?」
「そう、甘くておいしいよ」
リリスは一口食べて。
目を見開いた。
「すごくおいしい」
「よかったー」
リリスが喜ぶのを確認してから。
二人で食べていく。
リリスは楓をじっと見つめる。
楓も見つめ返す。
そしてしばらくして楓が何かを思いつく
「ねぇリリス、今思いついたんだけど」
「な、なに?」
「リリスにつけたいモノがあるの」
「つける?」
「ちょっとじっとしてて」
楓はそう言うと自分がしているシュシュを両方はずして。
リリスの髪の毛を束ねる。
リリスはもじもじして恥ずかしそうにしている。
楓はかまわないでそのままリリスの髪の毛を整える。
「はい、おわり、かわいい!」
「え? ええ?」
一人ではしゃぐ楓。
リリスは状況が飲み込めず照れているだけだった。
楓は鏡を取り出すと。
リリスを映し出した。
そこにはツインテールになったリリスが映っていた。
「その……髪型とか……気にした事なくって」
「似合ってるよ、前から気になってたんだリリスはきれいなブロンドだしね」
「楓ちゃんだってきれいな黒髪じゃない」
「そうかな?」
「女の子の髪の色は生まれた地域で違うけど、それぞれ魅力的よ」
「生まれた時から黒髪だから、なんとも思わなかった」
「そうね、自分にないものは気になるのよね、黒髪の娘から見ればブロンドはかわいい、でも逆もあるのよ」
「そっか、ありがと」
楓はお礼をしながら。
鏡をリリスに向け。
その姿を見せていく。
「…………」
リリスは何も言わず鏡を見ながら顔を赤らめた。
「とっても似合ってる、ずっと憧れてたの、とっかえっこできるお姉ちゃん」
「お、おねえちゃん?」
「無い物ねだりなのはわかってるけど、お兄ちゃんにシュシュつけたら怒るもん」
「そうなの、あたしでよかったのかしら? これでも悪魔なんだけど?」
「いいの、会ったのも何かの縁だし、仲良くしたいなぁ」
「そ、そぉ、初めて言われた」
「ねぇリリス」
「なに?」
「すこし撫でても良い?」
「……え……?」
楓は許可を取る前にリリスに触れていた。
「…………」
「…………」
二人とも黙っている。
楓はリリスの体温を指先で感じニコニコしているし。
リリスは誰かに撫でられる事に慣れていないから。
もじもじしっぱなしである。
ひとしきり撫で終わってから。
楓が手を離す。
リリスはすこし経ってから前を向いた。
「撫でられるとかも慣れてなくてね、どうすれば良いかわからないの」
「どうもしなくて良いんだよ、わたしが撫でたかっただけだし」
「そ、そう…………」
しばしの沈黙。
楓は満足そうにリリスを見つめる。
リリスは少し恥ずかしそうに楓を見つめ返す。
「ところでリリス、前闘ったとき聞きたかったけど、時間がなくて聞けなかった事があるの」
「なあに?」
「なぜあの姿を見ただけでザドキエルってわかったの?」
「それは光線の色ね」
「紫だとザドキエルなの?」
「そう、あれは天使によって色が違うの」
「なるほど、なんでわかるのかわからなかったから」
「そういうこと、光線の色で識別しているのよ」
「わかった、リリスはジュースおかわり? わたしは麦茶にしようかと思ったけど」
「麦茶って?」
「わかったもってくるよ」
「あ、ありがとう」
楓はコップを片付けるついでに、麦茶を持ってくる。
リリスはその茶色の液体に驚きながらも。
麦茶に口をつける
「これは、おもってたより苦くない」
「そうだねわたしも苦いお茶は苦手なの」
「これなら、ゆっくり飲めるわ」
「気に入ってもらえたならよかったなぁ。麦茶はいつでもあるからね」
「そうなのね」
そういって麦茶をまた飲み始める二人。
午後四時過ぎ。
時間はゆっくりと流れていた。
「ところで楓ちゃんは今日やった事覚えた?」
「未来位置しか覚えてないや」
「それだけ覚えてれば十分よ」
「そっか、クッキーおかわりいる?」
「クッキーはもう良いわ、楓ちゃん楽しそうね」
「うん、なんか、お姉ちゃんができたみたいで嬉しいの」
「お姉ちゃんね」
リリスは恥ずかしそうに顔を背けた。
楓は目をそらさない。
二人のそんなちぐはぐな時間も。
それはそれで特別な時間になっていく。
楓はぼんやりリリスを見つめ。
リリスは見られる事になれていない。
そわそわした時間は少しずつ過ぎていく。
「ねぇ楓ちゃん、楽しい?」
「楽しい」
「そ、そう」
リリスはどう返せば良いのかわからず。
もじもじしている。
しばらくして楓が食べ終わった食器を片付けようと席を外す。
リリスは鏡を見ながら。
普段とは違う自分の髪型に。
照れを隠せない感じだった。
全て片付け終わったあと。
楓はリリスに近づき。
シュシュを預かった。
「今度は別の髪型も可愛いかも」
「そう? あたしは慣れないけど」
「リリスは可愛いのにもったいないよ」
「そ、そう」
「リリスはねぇ、ポニーテールやサイドテールも似合うと思うの、あと髪飾り付けたり」
「あたしは楓のお人形さんじゃないのよ」
「えへへ、そうだよね、でもついつい色々想像しちゃう」
「もぉ、こっちにも心の準備があるんだから」
「ごめんね、今度なんかつけたいときはちゃんと断ってからつけるから」
「うん、ありがとう」
楓は鏡を見ながら髪を結び直す。
二人の髪型が元に戻り。
エアガンを片付け。
一日が終わっていく。
先日の天使討伐とは違うまったりした空気。
二人はそんな空気の中。
普段とは違うゆっくりとした一日を過ごしたのだった。