第1話「ザドキエル初戦」
楓はその日学校から帰ると。
それは始まった。
「この近くに天使の気配を感じる」
リリスのその言葉を頼りに。
ぬいぐるみになったリリスを抱え、その場をうろうろした。
そしてリリスがここだと言ったところで足を止める。
目には何も見えない。
「普通の空き地にしか見えないけど?」
「そうねやつらの姿は肉眼では見えない、こうしてる間に人の心に入り込んで、天の軍団が来たときに仲間にしようと企んでるの」
「それと人類滅亡とどんな関係が?」
「利用するだけ利用して、神がこの世界を勝ち取ったら、見捨てられるわ」
「なんてひどい」
リリスに事情を聞きながら。
ブレスレットを装着する。
すると何かビリビリしたものを感じた。
「装着したわね? これから結界を展開するわよ」
その言葉と同時に。
世界の色が反転し。
すぐに元に戻った。
木の上にいた鳥たちの動きが止まっている。
自分は何か違うところにいるのだなと。
今までにない緊張感に包まれていた。
「あとはあなたが念じれば変身できる」
リリスに促され。
ブレスレットに手を当てて念じてみる。
魔法少女になりたいと。
光に包まれた後。
服が切り替わり。
手には鉄砲を持っていた。
制服よりもスカートが重く、緊張感を感じる。
「そうしたら銃の上の部分を引っ張ってみて」
言われたとおりに引っ張ると。
ガチャリと音を立て上の部分が開いていく。
中には少し鈍い色をした弾丸が見える。
「そしたらそれに衝撃を与えないように、ゆっくり閉じる」
ゆっくりと銃が閉じていく。
弾丸は中に入り。
発射可能になったのかなと。
まだ一抹の不安を感じている。
「あとは自動で撃てるから、しっかり狙いなさい、今入っている弾丸が15発、もう15発は予備がある、弾が切れたら念じれば出てくる」
リリスの説明を聞きながら、楓がドキドキする。
天使ってどんなやつなんだろう。
倒す事ができるのだろうか?
「今回はその30発しかないから、なるべく無駄に撃たないでね」
「わかった」
返事をした後で、空き地の奥の方に進む。
全ての物は停止している。
動く物は天使と自分しかいない。
張り詰めた空気、息が詰まりそうになる。
右の方向から風を感じて。
その方向に銃を向ける。
すると上空に小さな影。
「あそこ?」
慌てて銃口を向ける。
「まちなさい、その距離では当たらない」
リリスが止める、言葉に従って銃を下ろす。
天使は遙か上空。
大きな羽根ではばたきながら、紫の光線が全身から出ている。
その紫の光はまぶしく。
まさに異形の者といった風貌。
それが徐々にこちらに気がついて迫ってきている。
それを感じると怖くて。
逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。
「良い楓ちゃん、今回その銃に装填されているのはベリアルの弾丸、ベリアルは七大悪魔の一人、天使は穢れを嫌う、当たれば力が弱まるの」
「難しい事はわからないけど、よく効くって事ね」
「それだけわかってれば今は良い、そろそろ射程に入る」
だいぶ天使が近づいてきた。
今だと思って引き金を絞る。
何かが破裂する乾いた音ともに。
銃口から紫色の炎があがる。
弾丸も紫色の光を帯びながら、飛んでいく。
しかし弾丸は天使に当たる事なく。
あさっての方向に飛んでいく。
こちらの発砲に気がついた天使は。
身を守るために遠くへと飛び去っていく。
「当たらなかった、ごめんなさい」
「まだたくさん弾はあるから焦らないで、ザドキエルを追うわよ」
楓はどこかに飛び去ったザドキエルを追っていった。
走るとこっちを察知されてしまうため。
物陰に隠れながら。
ザドキエルのあとを追う。
そしてしばらくしてから。
潜んでいるザドキエルを見つけると。
楓は何発かザドキエルに発砲する。
ザドキエルの近くを弾丸はかすめるが。
決定打となるあたりは未だにない。
「楓ちゃん落ち着いて、そんなに一気に撃っても当たらなければ意味がない」
リリスの声が聞こえる。
しかし楓はどうすれば良いのか。
正直わからなくなっていた。
ザドキエルは時間を稼ぐためか。
また高く飛び立つ、楓を引き離した。
「ねぇリリス、もうどうして良いのかわからないよ」
「焦らないで、今は持っている弾丸を一発でも多くザドキエルに撃ち込む事だけを考えて」
楓は泣きそうになりながらも後を必死に追いかけた。
結界を張っているとは言っても。
全部で数百メートルはあろうかというその結界の中は。
まるで迷路。
どこから出てくるのか。
いつ襲われるのか。
ビクビクしながら楓はザドキエルを追いかける。
そして少し開けたところで。
ザドキエルに再会する。
ザドキエルからは何も言葉はない。
ただその瞳は悲しそうで。
何も言わず、楓を見つめるのみだった。
「今すぐ立ち去りなさい、人を滅ぼすだなんて許さないんだから」
楓はそう言いながら銃口を向けた。
ザドキエルは一歩前に出る。
「それ以上前に出るのなら、撃つ」
楓の警告。
ザドキエルはかまわずもう一歩前に出た。
次の瞬間弾丸が発射される。
うまくまだ狙えない楓。
発射された弾丸は天使を捉える事はできず。
わずかにはずれて。
羽根をかすめた。
ふわっと散らばった羽。
撃ってしまった事が怖くなりそのまま楓はその場に座り込む。
ザドキエルはそのまま飛び去り逃げていく
「当たった、でも、あれも当たり所が悪かったら」
それを想像して震え始める。
「落ち着いて楓ちゃん奴らは死にはしない、神からもらった命があるから」
「でも、今羽根に穴が空いたよね?」
「それでも、死なない、あいつらは強いのよ」
「すごく恐ろしい事をしてる気がして、怖いよ」
「今は怖いかもしれない、でも、気がつくはずよ、楓ちゃんにはこの世界を救う力があるのよ」
楓はそう言われて。
なんとか戦闘を続ける気力がよみがえる。
そして思い出す。
自分はあの日、人類を守ると約束したのだと。
そして震える体をなんとかおさえつけ。
ザドキエルを探す。
さっきの一発で恐れているのか。
ザドキエルももう見えやすいところには隠れていない。
建物の影から体が見えていたので発砲したり。
それに見えるモノを撃ってみたら、大きな缶のゴミだったり。
楓は次第に消耗していく。
そして後ろ姿が見えたザドキエルに発砲する。
ザドキエルの羽根をかすめるが。
ザドキエルはまたすぐに逃げ去ってしまう。
その一発を撃ちきったときに。
ガシャンと音を立てて拳銃が開く。
「え? え? え? えええ?」
楓はパニックになって銃を引っ張るが。
銃はそのまま動かない。
「弾切れの合図よ、予備を念じて」
リリスの指示通りに新しい弾丸を念じる。
すると新しい弾倉が右手に出てくる。
「グリップについてるボタンで古いのが捨てられる、はやくチェンジして、ザドキエルに見つかる前に」
楓がボタンを押すと。
空になった弾倉が外れ落下する。
スペアをそこに押し込み。
もう一度引っ張って弾を充填する。
闘う準備ができ楓は銃を目の前に向ける。
そこには誰も居ない。
気長な鬼ごっこが始まる。
「いい?残りは15発、丁寧に狙って当てて」
「……うん……」
楓は今まで以上に気を引き締めて銃を握りこむ。
「かたくならないで、銃で狙うのは的の全体で良いの、どこかに当たれば良い」
「……うん……」
「まだまだかたいわね、あの右のは?」
その言葉に楓は右に視線を向けるとザドキエルが隠れているのがわかる。
気がつかれないように撃ち込む。
ザドキエルの左腕に当たり。
ザドキエルはすぐに逃げ去る。
「これじゃあ、いくら追いかけてもキリがないよ」
「焦ってはダメ、奴らは基本的に人を傷つける事を神に禁止されてる」
「だったら、最後に審判になっても誰も死なないんじゃ?」
「それは違う、最後の審判の時には天の軍団が来る、人を殺すのを禁じられているのは天使の連中だけ」
「その危ないやつらを呼ぼうとしているのがあの天使なの」
「そう、かなりヤバいのよ」
楓に緊張が走る。
このまま引き下がれば、大事な家族が。
みんな殺されてしまう。
そう思うと一発でも正確に当てなければと言うそんな焦りが出始めていた。
追いかける足ももうすでにくたくたになってきている。
でもそんな体に鞭を打ち。
ザドキエルを追いかける。
そしてなんとか追いつく。
素早く二発。
ザドキエルめがけて発砲をする。
一発は外れたが。
一発は足先をとらえる。
ザドキエルが逃げようとする直前。
もう三発発砲した。
二発外れて一発は羽根の先に当たる。
さっきまでは外れてばかりだったが。
今回は少し前に進んでいた。
「残り10発、慎重に」
リリスの声。
その声を聞きながら。
ザドキエルを目で追う。
ザドキエルが飛んでいく方向を目で追いながら。
楓はそっちの方向に足を進めた。
しばらく追いかけていると。
「ごめんなさい楓ちゃん、もう結界が持たない」
リリスがそういった、次の瞬間。
結界が消え去る。
楓の変身も解け。
武器もなくなる。
「負けた……のかな?」
楓は力なく膝をつく。
「まだ終わってないわしっかりして」
「ザドキエルは? どこに消えたの?」
「やつは姿を消してどこかに潜んで傷を癒やす、癒えた頃また見つけられる、次はたたくわよ」
リリスにそう励まされながら。
楓はゆっくりと帰り道を歩いて行った。
「ねぇ、楓ちゃん、エアガンって持ってない? お兄ちゃんのでも良いんだけど」
「うちはそういうおもちゃはないかな、なんで?」
「あれでも少し射撃の練習ができるの、神父に相談してみるわ」
「神父? どこの人?」
「今回の武器の提供をしてくれている人なの」
「ふうん」
楓は疑問に思った。
その神父さんに頼めば。
もっと楽にザドキエルを倒せたのではないか?
でもそのことは口にしないで歩いていると。
「神父はね戦える人じゃないの、楓ちゃんくらいの年頃でブレスレットをつけれる人なら、簡単に結界の中に入れるんだけど、大人を結界の中に入れるとなるともっと強力な魔力のブレスレットが必要なのよ」
状況を察してくれたのか。
リリスが解説してくれた。
「大人の人と、わたしの違いってなんなの?」
「そうね、心の違いかしらね」
楓はよく意味がわからなかった。
多分詳しく聞いたところであまりわからないだろうというそんな気持ちだった。
「じゃあ今度はエアガンで練習?」
「そうね、今度こそザドキエルをやっつけましょう」
「そっか、今日は疲れちゃった」
「そうね、帰ったらゆっくり休みましょう」
そう言いながら二人は家を目指して帰って行った。
初めての闘いで学んだ事は。
鉄砲も当てるのは難しいという事。
楓は最初は落ち込んだけれども。
最後の方になんとか当てる事ができて。
ほんの少しだけ安心していた。
明日はあのザドキエルをやっつけると心に決め。
くたくたになった体を引きずりながら。
家を目指して一歩一歩踏みしめながら。
歩いて行く。