第10話「ラファエル三戦目」
ラファエルの3回目の発見。
結界の中に入ると。
リリスから、大きな剣を渡された。
「楓ちゃん、これはアスモデウスの剣、いい? この剣はかなり穢れがひどいから、抜きっぱなしで歩いてはダメなの」
「常に鞘にしまって動けってこと? でも居合みたいなのはできないよ?」
「そこまで早い動作は今回必要ない、すももが引きつけてる間に攻撃してちょうだい」
「どこか弱点とかあるの? 弱いところで、攻撃の仕方が変わるし」
「ちなみにこの剣で天使は斬れない」
「斬れない? どうやって闘えばいいの?」
「もう、刺すしかない」
「わかった、一気にとどめを刺すつもりで、頑張るね」
「どちらかと言うと、一撃離脱ね、一撃キメたら、早く逃げてちょうだい」
「わかったよリリス」
楓がそう返事したところで。
リリスとバフォメットは結界を張る。
次の瞬間、周りの色が結界の中独特の、色を失った景色になっていく。
すももちゃんを見ると。
いつもよりも緊張した感じだった。
無理もない、なにせ一人で、ラファエルを引きつけるのだから。
かなり緊張するだろう。
その隙を見ながら、近づいて、刺して。
一撃離脱。
それを何回も心の中で繰り返していた。
すももちゃんが無言で発砲する。
かなりの距離だけど。
的確にラファエルに命中している。
何発かは、当たっても動じないラファエルだが。
だんだん穢れが蓄積していき。
膝をつく。
そして10秒くらいしてから、再び立ち上がる。
すももちゃんは
「少し距離を離すわよ」
そう言って走り始める.
ついていきながら、さっきよりも具体的な、ラファエルの倒し方をシュミレーションしていく。
逃げ切ったあと。
すももちゃんと二人で作戦会議をする。
「いい楓ちゃん? 今回は引きつけて撃つから、膝をついたらすぐに刺す、それでいいわね?」
「わかった、刺したら、どのくらいのダメージなんだろう?」
「それがわからないから怖い、もし暴れそうなら、最悪剣は捨てて逃げて」
「暴れる? すごく怖いよそれ」
「仕方ないわ、相手だって痛いから、何するかはわからないわ」
「かわいそう」
「そうも言ってられない、天使に負ければ、みんな人間が滅んでしまう」
「そうだね、心を鬼にしないと」
「その意気よ、さあ、きたわよ」
すももちゃんのその合図で、二人離れて、配置につく。
剣に手をかけ。
すぐに抜けるよう、身構える。
すももちゃんが引きつける。
剣に手をかけ、ひたすら近くにくるのを待ち受ける。
ラファエルは、ゆっくりとこちらに向かってくる。
おそらく、今二人同じ心境だ。
逃げ出したい。
こんな怖い相手と闘うなんて、とても嫌だった。
そんなことを考えていると。
となりから銃声が聞こえる。
ラファエルは速くないから。
なるべく同じところに当たるように。
ゆっくりと、的確に当てていく。
7発ほど撃ったところで、スライドストップがかかる。
弾薬が切れた合図だ。
すももちゃんはマガジンキャッチに指をかけ。
リロードする。
マガジンを挿入し終わると。
もう一度、スライドを奥まで引き。
チャンバー内に弾薬が装填される。
ラファエルはその様子を見ながら、全く動じない。
すももちゃんも動じず。
立て続けに3回発砲する。
全てラファエルに直撃した。
次の瞬間。
ガクンと、膝をついた。
「今だ」
そう掛け声をかけると。
ラファエルのところに走っていき。
剣を抜く。
鞘と剣の隙間ができ、剣を納めている内側から。
禍々しい紫のモヤ。
これが目に見える、穢れというやつなんだろうか?
持つ手にも、この世の物とは思えない。
気持ち悪い、冷たさを感じる。
気にせず突き刺す。
ラファエルの右肩に剣が刺さる。
そこから一気に穢れがラファエルに流れ込む。
苦悶の表情を浮かべているのを見て。
かなり心が痛んだ。
でも、ぼやぼやしていれば殺されるかもしれない。
急いで引き抜いて。
鞘にしまうと、後退りして間合いを開く。
剣が抜けた瞬間。
ラファエルの傷口からは。
剣から流れ込んだ穢れが逆流している。
血のようなものは出ていない。
これが、天使をやっつけるということか。
なんて生々しさが、急に襲ってきて。
ストレスで、胃がキュッとなった。
次の瞬間。
ラファエルがこちらを見つめる。
大きなその瞳が、ジロリとこちらを見る。
背筋が凍りつく。
さっき刺した相手に見つめられている。
悲鳴をあげたいほどの恐怖。
でもここで叫んでも、誰も助けてはくれない。
そうわかったから、叫ばずにその場を後にする。
目を合わせたまま、ジリジリと、間合いをとりながら逃げていく。
数歩下がると。
すももちゃんがもう2発撃ち込んだ。
かなりの穢れに耐えられず。
ラファエルが地面に倒れ込む。
「楓ちゃん、今のうちに」
すももちゃんの声。
背中を向けて、一気に走り出す。
ラファエルが立ち上がる前に。
逃げ切ろうという考えしかなかった。
すももちゃんの後に続き。
ひたすら距離を離した。
止まっているラファエルをかなり引き離した。
ラファエルのとなりにあった木から、100メートルは離れている。
二人とも息が切れていた。
振り返ると、ラファエルはこちらに少しずつ向かってきている。
「あと45発、仕留められる?」
すももちゃんが聞いてくる。
「なんとかやってみるよ」
そう返事して、剣に手をかける。
そう言ったけど、正直確信がなかった。
前回のザドキエルのような弱り方は。
いっこうにしないからだ。
とりあえず、的確にダメージを与えることに、集中しよう。
そう思いながら、ラファエルの挙動に集中した。
ラファエルが近づいてくる。
また、あの恐ろしい目で見つめられのか。
と思うと足がすくむ。
でも、ここで逃げ出してしまっても。
どうしようもない。
そう言い聞かせて。
その場にとどまる。
すももちゃんがさっきよりも、立て続けに撃ち込む。
するとさっきよりも少ない数でラファエルはまた、膝をつく。
それを逃さず刺しにいく。
今度は右肩をとらえる。
さっきよりも刺さりは鈍く、すぐに剣の先がかたい何かに当たるのを感じた。
手に伝わる生々しい、攻撃している感触。
銃を撃つだけでは感じない。
相手は激痛であろうこの感触は。
形容し難い怖さがあった。
すぐに離脱すると。
すももちゃんがさっきと同じように。
何発か撃ち込む、そしてラファエルは倒れる。
そして、距離を取る。
それを繰り返していた。
そして気がついてしまう。
このままの攻撃ではラファエルは一向に倒せないことに。
次はもっと強く攻撃しなければならない。
そんなことを強く思いながら。
アモデウスの剣を見つめる。
竹刀に比べれば重くて大きなその剣は。
その重さを活かした戦い方が必要。
そう察した瞬間だった。
「楓ちゃん、すももちゃん、あと10分ほどで限界なの」
リリスの声が聞こえた。
もう、やるしかない。
その気持ちしかなかった。
「すももちゃん、今度は思いっきりやるからすぐ後ろにいて」
指示を出す。
すももちゃんは声を出さず頷いた。
ラファエルの姿勢が直るか、直らないかの微妙なタイミングで一気に距離を詰める。
そして修復したばかりの右肩を、思い切り。
剣で貫く。
ドンって、鈍い感触。
剣がかたいものに当たり。
砕ける感覚。
相手にダメージを与えたのを、その手に感じる。
ラファエルが肩をおさえて、後ろに下がるのを見逃さなかった。
「ああああああああああっ!」
このまま立ち去りたい心を抑え、一気に間合いを詰めると。
ラファエルの心臓目がけ。
剣を突き立てる。
貫通はできなくても、ラファエルを突き飛ばし。
倒すことに成功する。
かなり重量感があり。
不動に思えたその巨体が大きな音を立てて。
地面に倒れ込む。
「すももちゃん、いま」
その合図とともに。
すももちゃんが、ラファエルの上に乗り。
マウントを取る。
そのまま弾丸を3発。
ラファエルの胸に撃ち込んだ。
至近距離の衝撃に。
体を震わせながら。
ラファエルの動きが止まる。
すももちゃんは鏡を出して。
詠唱を始める。
「我、地獄の王の遣いなり、王の名において命じるラファエル、天の国へ還れ!」
唱え終わると。
ラファエルは光に包まれていき。
ザドキエルと同じように。
穢れが光に吸われていく。
そして全身を光が包み込むと。
その光はラファエルを拘束し。
天の国へと還していった。
次の瞬間。
結界が解けて。
視界が元通りになる。
変身も解けて。
無事に闘いが終わったことを実感する。
「やっと終わったね、楓ちゃん」
すももちゃんの一言に。
ホッと胸を撫で下ろす。
「さあ、帰ろう」
地面に座り込んでる形のすももちゃんの手を引っ張り。
立ち上がらせる。
リリスとバフォメットを拾い上げ。
帰りの道を歩いていく。
あまり会話がなかったが。
二人の中には、まだ恐怖が残っていた。
そしてわたしの手のひらには。
何かを砕いた感触だけが。
余韻として残る。
おぞましさと、敵を傷つけたという事実。
胸の中では、ひたすらもやもやした感覚が渦巻いていた。
「やっと終わったし、帰ってお茶でも飲みましょ、楓ちゃん」
「いいね、今日はすごくゆっくりしたい、また、闘わなきゃだしね」
そんな風に返事をしながら。
表で取り繕うのがやっとだった。
もやもやはどんどん濃くなり。
表面で、笑っているのが。
やっとだった。
まだ、この闘いが続くと思うと。
かなり気が重かった。
でも、前を向いて歩いていくしかないと。
そんなことを考えていた。




