02.出会い
三歳になって翌日。今日も快晴。
お母さんに連れられてやってきたのは小学校。
何を隠そう、私のお母さんはこの私立美捧高等学校付属小学校で今は五年生を受け持っている先生なのだ。
お母さんは授業中。私は職員室で他の先生たちに囲まれながらお母さんを待つ。
普通なら子供を職場に連れてくるのは如何なものかと言われるこの世の中。
まして学校とかある種の聖域でお堅い雰囲気のところであれば尚更。
しかしここは何故かそれが許されていたりする。
正し、騒いだりせず大人しい子。ついでに小学校に上がるまでの間の子っていう条件がつくけれど。
「日葵ちゃん、おはよう」
「おはよごじゃいましゅ」
「あ~、もう~今日も日葵ちゃん可愛い」
「えへへ、ありがとうごじゃいましゅ」
お母さんの席でのほほんと座っている私の傍に女の先生が寄って来る。
この人は私に勉強を教えてくれる工藤由佳里先生。
最初面白半分で私に教えたら私がそれを吸収したものだからそれからはいろいろと教えてくれている。
三歳なら幼稚園に行くことだってできる。
でも私がそこに行かないのはこれがあるから。
小学校の勉強を習ってる私が今更幼稚園にいったところで他の子との差に退屈するだけだ。
だから私はお母さんと話し合い、結果幼稚園ではなくここに通い続けることを選択した。
でも小学校に上がった時にどうするんだって話になるんだけどね。
それはそれ。小学校からは義務教育だから仕方ない。なるようになるでしょ。多分。
「じゃあ今日もお勉強する?」
「しゅるー」
「日葵ちゃんってば本当に勉強熱心よね。他の子たちも日葵ちゃんみたいに勤勉だったら私たちももう少し楽できるんだけど」
「おべんきょたのちい」
「ふふ、日葵ちゃん可愛い」
由佳里先生が頭を撫でてくれる。
お母さんとは違うけど、これはこれで結構好きな撫で方。
先生が満足したら勉強開始。
今日習うのは歴史。
「これが平安京って言われる…」
「ふむふむ」
なんか面白い。本当に私の元の世界とは全然違うんだなって思う。
私が思う貴族はお歯黒で毬ついて遊ぶような貴族じゃない。
領地運営とか政に携わってて、腹は真っ黒、狐と狸の化かし合いを日常的に行うのが私の思う貴族だ。
「覚え方は泣くよ坊さん平安京だよ」
「なくよぼーしゃん」
「うんうん。その舌っ足らずな言い方が可愛い」
「し、したたらじゅ…。したららじゅ……う~……」
三歳ってこんなもの? もしかして私お喋り下手?
脳内ではこんなにスムーズに思考できるのに言葉に出すとおかしくなる。
特に「さ」が苦手っぽい。さを発音しようとすると何故か「しゅ」とか「じゃ」とかになる。
「しゃ、し、しゅ、しぇ、しょ…。あれ…。しゃっ、しゃ…しゅ……」
何故だ。自分自身に絶望する私に対して目を輝かせて私を見る由佳里先生。
「尊い…」
先生、鼻血!!! 職員室は一時大騒ぎになった。
◇
「ちゃんけん~」
職員室を抜け出して廊下に出てきた。
現在はお昼休憩。私より年上の男の子、女の子たちがぶらぶら歩く私を見て足を止める。
男の子は自分より小さい私にチョッカイをかけようとするが女の子たちに阻止される。
「こんな小さい子を虐めようとするなんて」
とか女の子たちから集中砲火を浴びて堪らず退散していく男の子たち。
このくらいの年齢の男の子って気になる女の子とか小さい子とかに上手く接するすべを知らないのだ。
だから気を引こうとして虐めてみたりする。
ハッキリ言って逆効果だけどね。
子供だからって虐めが許されることじゃない。
されたほうは心に傷を負ってトラウマになるんだ。
男の子たちにはそう言った道徳を幼稚園くらいから勉強して欲しいってそう思う。
「日葵ちゃんだよね? 椎名先生の娘さんの」
「あい」
女の子たちが私の背の高さと同じ高さに屈んで話しかけて来てくれる。
「可愛い」って言ってくれるのでいい気分になって調子に乗り、愛想を振りまいていたらいつの間にか私を囲む人数が三十を超えるくらいになっていた。最初五人くらいだったのに。六倍…。
「何してるの?」
「ちゃんけんー」
「ちゃんけん? 探検かな?」
「あい」
「そうなんだー。案内してあげようか?」
「おねがいしましゅ」
「うんうん、任せて」
一番最初に声をかけてくれた女の子。五年生らしい子に連れられて歩く。
その後ろにはぞろぞろと兵隊のように女の子。
新しいところを案内してもらうたびにその人数は膨らんでいく。
一年生から六年生までの教室と保健室、女子トイレ、体育館なんかを案内してもらった。
最後に屋上。
「大丈夫? 疲れてない?」
「ちょとちゅかれた」
「ごめんね。じゃあここで少し休もうか」
「あい」
屋上へ足を踏み入れる。
何かの物語なんかでは今どきは屋上が解放されてるのは珍しいって見たような気がするけど、この小学校は解放されているらしい。
大丈夫なのかなって思っているとなるほど、屋上に出てみてその理由が分かった。
動物の檻みたいになっている。というと聞こえが悪いか。ようするに屋根部も含めて五方が鉄柵により囲まれているのだ。これなら事故を起こす方が難しいだろう。
「ちょとどれいになっちゃきぶん」
「どれい? どれいって奴隷?」
「あい」
「日葵ちゃんって難しい言葉知ってるんだね」
「おかあしゃんのしゅまほでえいがみしぇてもらっちゃの」
「なるほど。映画見て覚えたのね」
「あい」
嘘だけど。本当はこれも前世の記憶によるものだ。
私たち亜人は人間によって奴隷にされてしまうことが過去の私が幼い頃は横行していた。
それが限りなくゼロになったのは御使い様のおかげ。
彼女が亜人の解放を掲げて世界を平定してくれたから私たちはいつ自分が奴隷にされるかっていう恐怖に怯えなくて済むようになった。
御使い様、今もまだあちらの世界で活躍されているんだろうか。
私が遠い世界に思いを馳せた時、昼休憩終了の合図が鳴る。
焦りだす女の子たち。
「日葵ちゃん、どうしよう?」
「もしゅこしここにいましゅ」
「大丈夫?」
「あい」
「でも」
「おかあしゃんにいっておいてくだしゃい」
「そうだね。分かった」
女の子たちは私のその言葉を聞いて教室に戻っていく。
一人になった私はここに来た時からずっと気になっていた気配の元へ。
屋上に出るための扉。それは扉のための小さな建物となっている。
その建物をぐるっと後ろに回りこんだところ。
そこに彼女は何をするでもなく座り込んでいる。
篠崎夕陽。それが私と彼女との初めての邂逅だった。