五願目
それで次の日の放課後。心川と横島がデートをすると僕は恵に知らされ呼び出された。
昨日の別れ際にきっちりと僕の連絡先を聞き出した辺り、逃がす気が更々なかった。LI〇Eの方のアドレスを教えようとしたら『ブロックされたら困ります』と電話番号を聞き出されてしまったよ。心川の妹さん恐ろしい子。
「さあ先輩。楽しい尾行の時間ですよ」
「尾行に楽しいも何も無いと思うけどな。ところで…」
僕らは今、大手のショッピングモールに来ていた。
家電から家具、CDやゲームに食料品とあらゆる物が揃っている点ではデートする場所として問題はないように見える。
今ここで問題点を上げるとするならこいつらだ。
「悟に弥生が何でいるのさ」
この出歯亀二人組である。
僕が恵に呼び出された際、運悪く二人は隣にいた。当然二人は面白そうだと嬉々として着いて来たのである。
「悟は部活大丈夫なの?」
「問題ないぜ。今日は偶々休みだったし」
ある意味悪運の強い奴だ。
「弥生も予定はないのかよ」
「予定があったら着いて来ないです」
普通に正論だよ。
そんな訳でこの四人で二人のデートを見守る事になった。
・・・
デートとは何か?
世間一般ではお互いの知らない部分を共有し合い、交際を深める行為とされる。
ならあれはデートになっているのだろうか?
『おい向奈。このCD買えよ。俺のおススメだぜ』
『え、でも私その、ヘビメタってよく知らないし…』
『いいから買えよ。俺の言う事が聞けねぇのか』
『うぅ…』
CDショップに入った二人がだいたいこんな感じな事を言っている。「いい曲なんだぜ」とドヤ顔を決める横島の姿は苦笑いさえも浮かべられない心川を見ると滑稽でしかない。
僕たちは中に入った二人にバレないように向かいのベンチから様子を見ていた。遠いのでここからでは口を読むしかないんだが表情からして多分合っていると思う。
「う~、ここからだと何を言っているか分かりません。先輩、集音器出して下さい」
「そんなの無いから。話の内容なら横島が自分の好きな曲を押し売りしてる感じだよ。心川さんは要らないって言ってるけど買わされそうだね」
「よく分かるな」
「なんとなくだよ」
あ、結局CD持たされてレジに向かっている。
無駄な出費が増えた事で心川が溜め息を吐いていた。
「お姉ちゃん、だからあんな趣味じゃなさそうな物が押し入れにあったんですね」
「それならあのCDも押し入れで肥やしになりそうです」
しかも封も開けられずに放置されそうだ。
だいたいおススメだと言うなら横島自身が持っているだろうに。態々買わさなくても自分の持っている物でも貸せばいいだけだじゃないのか。
二人はCDショップを出ると、次は小腹が減ったのかファーストフード店の並ぶコーナーへと向かった。
俺たちもひっそりと後を付ける。中は広いのでお客も多く、入っても近くに行かなければバレないだろう。
ラーメン、たこ焼きにアイスと言った数多くの専門店が並び、あまりこう言った場所には来ない僕は思わず目移りしてしまう。
「俺たちも何か食うか。気分的ガッツリしたのが食いたいし」
「そうですね。折角来たんで私はアイスでも。あそこのアイスが美味しいって評判なんですよ」
「私は無難にたこ焼きです」
「なら一端別れようか」
それぞれ違う物が食べたいとなったので後で合流するとしてそれぞれが食べたい物を買いに行った。
「先輩もアイスですか?」
「うん。家で夕飯もあるし軽めにしておきたいから」
「せっかくなんで私のと違うのでお願いします」
「いいよ」
僕はバニラを。恵はイチゴをチョイスして窓際の席に着く。
ここからの見晴らしは良い眺めだ。生い茂った緑と街の一体感は心が落ち着く。デートをするならこう言った景色も見れるデパートでのデートもありなんだろう。
でも何で僕らは席をここにしたのか。それは横島たちがデートなのに店に近い位置に陣取ったからである。
どう見てもデートなら逆の配置なんだけど料理を取って来るのに楽な位置を選んだんだろう。
そして注文した物が出来る間二人で喋っている、と言うよりも横島が一方的に喋ってそれに心川が相槌を打っているだけだ。
心川は喋るのが苦手なのだろうか?一番よく知る身内に聞いて見た。
「お姉さんは喋るの得意じゃないのか?」
「いえ、それなりに喋りますよ。でもお姉ちゃんって興味がない事には人から進められても関心が持てないですね」
「なら話は合わなさそうだな」
さっき買ったCDの話や、そのCDのバンドのライブに行ってどれだけ楽しかったかを横島は語っている。だけど肝心の心川はどう見ても関心を持ててなさそうだった。
そうこうしている内に料理が出来たのか横島と心川が席を立った。
僕たちがそれを眺めていると弥生たちも戻って来る。
「お待たせしたです」
「どうだ。何か発展したか?」
「全然だよ。悟は本当にガッツリしたものをチョイスしたね」
弥生は宣言通りたこ焼きを。悟は肉々しいバーガーとナゲットにポテトをチョイスしていた。
「これだけ食っても運動してると腹減るからな。ところであれは正気か?」
あれと指したのは当然ながら横島だ。
出来た料理を運んで来た横島の手に持っているのは悟のバーガーよりも遥かに肉々しいステーキ肉だった。
あの料理の名は『絶品ガーリックチップス・ステーキW』。名前からしてド級でとてもデートに食べる代物じゃなかった。
「お姉ちゃんが最近食欲無かったのってこれの所為だったんだ…」
横島と一緒に戻って来た心川の手にもステーキが乗っていた。ただし量は横島の半分ほどで、悟が食べれば物足りないくらいの量だった。
「女の子が食べるにはキツイです」
「弥生もそう思うんだ」
「私はあの半分で良いです。それ以上は胸やけするです」
「小食なんだな」
弥生の身体は小さいから逆にあれを食べ切ったら驚くしかないけどね。
「デートであんなコッテリした物を食べるとかないですね。ってかニンニク乗せすぎですよ。お姉ちゃん匂いの強いの好まないんですから」
横島は嬉しそうな笑みを浮かべ、心川は乾いた笑みを浮かべる。
誰が見てもあれはない。もはやデートとは何なのかを横島に問いたかった。
横島はナイフとフォークを手に取ると嬉々として貪り始めた。
心川も何とか食べているが、その目は死んでいる。あれも横島に買わさせられたんだろうが小さく切って強引に口に運んでいる辺り可哀想にしか見えなかった。
まったく食の進まない心川とは対照的にバクバク食べる横島はかなりあったステーキ肉をあっさりと食べ切った。
それでいてまだ足りないのか心川の肉を眺めている。
「ワガママな子供の世話をしているように見えて来たです」
「あー、それ同感だな。気遣いも出来ないんじゃ重傷だろ」
結局心川は食べ切れないと横島に差し出し、横島はそれを受け取るとまた嬉々として食べ始めた。
「お姉ちゃん可哀想。――あ、先輩そっちのアイスと交換して下さい」
「食べかけだけど気にしない?」
「そんなの気にする年じゃありませんし」
「君何才だよ…」
「先輩の一個下ですけど?はいどうぞ」
僕と恵は食べていたアイスのカップを交換し合った。
「うーんイチゴも良いですけどシンプルにバニラも良いですね」
「ま、同じのばかりだと飽きるしね」
僕らの様子を見ていた弥生と悟がそれぞれ微妙な顔をする。
「……何?」
「お前らの方がデートっぽいよな」
「そうです。そこに愛がありそうです」
言われると確かにデートっぽい。窓際でお互いに食べてたアイスを交換し合うとか普通じゃないよね。
悟と弥生は互いの物を交換することなくそれぞれの物を頬張っていた。
「「いや、ないから」」
恵とはあくまでも協力関係にあるだけで好意は一切ない。ほんの僅かに感じた【願望器】の可能性に様子見したいだけ。
一人でコソコソ二人を見守るよりも、姉を心配する妹の付き添いの名目で探れれば個人的にストーカー扱いされなくて御の字だと言う理由だ。
僕自身に心川向奈に対する興味もなければ、その妹である心川恵に関心もない。
必要なのは【願望器】があるのかないのか。その一点のみである。
「あ、横島が食い終わって動くみたいだぞ」
次はどこに動くのか。その行方を四人でまた追うのだった。