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三願目

 一日の終わりを告げる鐘がなる。除夜の鐘より風情のない規則性のみを求められたチャイムの音が年代もののスピーカーから垂れ流された。


「終わった~」

「それどっちの意味で?」

「ダメな方に決まってるだろ。俺を見くびるなよ」

「逆の意味で使う奴初めて見たです」


 数学の小テストも終わりぐったりしている悟は口から魂が出てきそうだった。

 

「ちなみに自己評価は?」

「……赤点じゃないといいな」

「致命的です」


 悟の成績にボディブローが打ち込まれたのは確実だった。


「悟っちはもっと真面目に授業を受けるべきです」

「部活があるんだ。そっちに力を入れたいだろ」

「それなら尚更だよね」


 悟は空手部に所属している。

 放課後になればガッツリ運動するので本人曰く帰ってから宿題なんてやる気にならないそうだ。

 それなら尚の事授業をしっかり聞けばいいのだが、頭に入って来ないといつも嘆く。

 

「数学なんて必要な公式を頭に突っ込んでおけば良いです。コロコロ変わる歴史より楽です」

「覚える量も数学は少ないしね」

「くそっ、秀才どもに俺の気持ちなんて分からねぇよ」


 別に成績はそれなりでしかないから秀才じゃない。それでも悟にとって僕たちみたいに赤点を取った事のない者は全部秀才扱いなのだ。

 

「あーくそっ、部活で発散してやる」


 悟は席から立ち上がると部活だ部活と割り切った。

 ある意味羨ましいな。何も無かったと切り替えられるんだから。

 いつかそれが絶望となって戻って来たとしてもその時でしかないと笑えるのは才能だろう。


「私も帰るです。奏多っちも帰るです?」


 僕と弥生は部活をしていない。一応入る規定にはなっているのでお互いに科学部には入っているが幽霊部員であり、何かしらの活動はしてないのだ。


「図書館行って用事を済ませたら帰るよ」


 僕はちょっとした確認をしてから帰るのが日課になっている。いつもそうしているので弥生も特に気にしなかった。


「じゃあ、お疲れです」

「うん、さよなら」




 ・・・




「今日もないな」


 図書館で適当に過ごしてから校舎裏に来た僕は人の顔に見える樹木の前に立っていた。

 シミュラクラ現象となっているその樹木の顔は軽く手を伸ばせば触れられる位置にあり、まるで人が泣き叫んでいるかのような薄気味悪さを演出していた。 

 そのためにこの校舎裏は不気味だと近付く者が少なくなっていて姉さんの代から発生している七不思議の一つ。

 

 

 ――校舎裏にある顔のある木の口に悩みを書いた紙を入れると願いが叶う――



 何とも不確かで曖昧な七不思議。

 それが本当に叶うのかと問われれば間違いなく叶わない。

 何故ならこの七不思議の一つを作ったのが姉さんであり、とある目的のために都合が良いので利用しているに過ぎないだけだ。


 もちろん稀にこの木の口には紙が刺さっている時もあるが、大抵取るに足らない悩みばかりだ。

 金がない、テストの点が悪い、あの女が憎い、と鼻かみにもならない悩みばかりで対処なんてする気も起きない。………流石に憎いで埋まった手紙は見てビビったけど。

 ただそれでも僕たちの目的から離れた内容は基本的に気にしていない。


 もしも放置して何かあればそれまでだし、そこまで他人に付き合ってやる義理はない。

 必要なのは有効利用出来るかどうかでしかなく、極々稀に当たりが入っているので無視もし辛いのだ。

 こうした不可思議を作り上げた場所は他にもある。


 神社、洞窟、地蔵、町の至る所にご都合主義な噂が垂れ流されている。

 もちろん信じる者は少ないが、その偶然を掴まなければどうにもならない者たち程、僕たちの目的と重なったりする事が(まま)あった。



 僕たちの目的、それは世界のあらゆる場所に散らばった【願望器】の回収にあった。



 【願望器】は文字通り願いを叶える。それはあらゆる願いを叶えるが故に、その願いが別の者からすれば迷惑極まる願いであったりもする。

 そして常人が努力で対処出来る問題ではなくなり、自然と被害を被った者が神頼みに走るケースがあった。


「帰るか」


 そんな者たちへの救済と称して噂を作った。

 もちろん噂程度に済ませるんじゃなくてもっと広まる手段を使えば良いとも思うだろう。このご時世だ。ネットも手の一つになる。が、使い物にはならなかった。


 電子世界は遠い者たちが気軽に情報をやり取り出来る場になる。

 欲しい情報があればそちらを使えば良いと思い使った事もあるが、残念ながらアレは真偽が入り混じり過ぎる上に、命を賭してでもとする危機感がない。


 悪ふざけ、適当、本に乗る占い以下の運頼みしか垂れ流されない。

 言い方は悪いがス〇バでコーヒーを飲みながらスマホを開いて数秒かけて打たれた文字と、眉唾物だと疑いながらも現地に足を運んで必死な思いで祈りを口にするのでは労力に差があった。


 その労力の差が存外バカに出来なかった。

 事実、ネットで集めた情報はどれも掠りさえせずに終わり、こうした噓八百の怪しい伝承の方が釣り針として効果が高かった。


「姉さんがもしかしたらまた【願望器】の情報を持ってるかも知れないし」


 僕は校舎裏から離れると、そのまま何処かに寄ることなく帰路へ着くのだった。

 



 ・・・




「お帰り奏多ちゃん」

「……人をちゃん付けで呼ばないでよ姉さん」


 普通の一軒家より多少大きな家に帰ると目の前にはエプロン姿の姉がいた。

 白いエプロンに影を思わせる黒い髪が肩から伸び、それなりの大きさを誇る胸元を隠す。美少女と言うよりも美人と呼べる大学生の姉はそのおっとりした表情で柔らかく母性溢れる笑みで僕を迎えてくれた。

 

「奏多ちゃんは奏多ちゃんじゃない。それよりお風呂?食事?それとも……」


 姉さんは新妻ごっこをいきなり始めたと思うとエプロンのポケットから一枚の紙を取り出す。


「手紙?」

「手紙にするよ」


 それは姉さんが見つけて来た【願望器】が関わっているかも知れないものだった。


「信ぴょう性は?」

「五分五分かな。奏多ちゃんが確認して無さそうなら破棄するけど」


 はい、と渡された手紙は便せんに入れられ、丁寧に折られたものであった。

 一度姉さんの手で開封された手紙を取り出して読み進めてみる。


「………あー、これは無さそう」


 端的に言って、『恋人を寝取られた俺の方が良い男なのに』そんな内容。

 いかにあちらの男が酷いのかを書かれており、どうしてかそっちの男に彼女は魅力を感じていると。

 どれだけ会いに行っても門前払いで、連絡先は全てブロックされてしまい、一方的に別れを告げられた。神頼みしてでも彼女と寄りを戻したかったそうな。


「【願望器】による感情操作。それを疑っても良いんだけど、これはないでしょ」

「奏多ちゃんもそう思う?その人、文面からしてストーカー気質に見えちゃうのよね」

「いや、これストーカーそのものだと思えるけど」


 人は自分が全て正しいと思い込む。

 特に相手を罵倒し、どれだけ自分の方が優れているのかを書き綴っている時点で自分と言うものが見えていない。


 おそらく彼女は疲れてしまったのだ。どうしようもなく自己愛の強く粘着質な男に疲れたのだろう。

 手紙に強く想いが書き綴られているだけに、この人の本質が透けて見えてしまう。そしてこの男は別れる原因が自身にあるとは思ってない。

 

「やたらと彼女と自分が結ばれるべきかを綴り、いかに相手より自分の方が優れているのかを書き綴っているのを見ると【願望器】が関わっている可能性は無いでしょ。【願望器】がこの手の類いで使われるのはあるけど今回は当てはまらないね」


 【願望器】の使用に割とあるのが男女関係だ。

 誰もが好きな人に振り向いてもらいたいものだが現実は上手く行かない。

 そうした相手にきっかけのみの後押しとして使われる程度であればかわいいもの。しかし何でも願いが叶う【願望器】を手にした者は安易な願いを叶え出す。


 事実、回収した【願望器】の使われ方の幾つかが、相手を思い通りにしたいとする願いで、被害を被った者は目にも当てられない惨状だった。

 人間の三大欲求の一つが性欲であるだけに願いからは切っても切り離せず、愛よりも肉欲を選ぶ者は多い。


「この男の自業自得。文面から察すればそれで終わりじゃないかな」

「やっぱり奏多ちゃんもそう思うのね」

「だから、ちゃんは止めて」

「こっちの方が可愛いからイヤ」


 食事にしましょう、とだけ残して姉さんは家の中へと戻って行く。

 

「男に可愛さなんて求めないでよ」


 僕は何度目か分からない呟きをしながら家に入った。

 しかしながらこの家は広い。正直二人で住むには広すぎて使っていない部屋も多々あった。

 そんな家の二階に僕の自室であり、中に入ればベットやクローゼットはあるが必要最低限しか物のない殺風景な部屋が出迎える。


 僕は欲しいと思う物が殆ど無い。

 だからこれで十分であり、それ以上を求める気がまるでなかった。

 自室に戻り制服から着替えた僕はリビングに向かう。

 リビングでは既に食事の用意がされており、姉さんも座って待っていた。

 

「お待たせ」

「大丈夫よ。まだ冷めてないから頂きましょうか」

「そうだね」


 姉さんに漫画や小説に出る美少女特有の飯マズはない。

 用意された焼かれた鮭の切り身と卵焼きも焦がさずに調理され、味噌汁も出汁を忘れるアクシデントもなく、ホウレン草のお浸しも醤油とソースを間違えられてもいない。極めて普通の和食が食卓に並んでいた。

 

「「いただきます」」


 席について二人で手を合わせて感謝を込める。

 まずは味噌汁に手を付けた。うん、いつも通り美味い。

 二人分の小さな食事音が大きな家の中に木霊する。 


 この家には今は僕と姉さんしかいない。

 両親は共働きと言えば良いのか。両親は【願望器】の回収に世界のあらゆる所に出向いている。

 そして回収した【願望器】をこの家に持ち帰り管理して、あらゆる異常な現象に対処している。


 家族総出での【願望器】の捜索と回収は何かしら叶えたい願いがあって、などはなく。単に世界にばら蒔かれた【願望器】は不要な物だと知ってしまったからだ。

 人は何かを成せない時、考えた末に信じられない力を発揮して不条理に抗う。

 そんな時、【願望器】があれば全てそれで補ってしまい人類は停滞してしまうだろう。

 何よりも願いを叶えるのに【願望器】を使えば誰かが不幸になる。【願望器】とはそんな代物なのだ。

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