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二願目

「奏多、飯食いに行こうぜ」

「ああ、行こっか」

「私も行くです」


 退屈な授業を聞き流し、いつも通り昼休み三人で昼飯を食おうと席を立つ。

 この学校にはテラスのような洒落たものも無ければ、食堂もない。代わりに購買はあり、そこでは幾つものパンと飲み物が売られている。


 弁当を持参して来ない僕らはエサに群がるアリの如く、自然と購買へと吸い寄せられる。


「弥生は自炊とかしないの?」

「奏多っちは私が料理をするように見えるです?」


 疑問を疑問で返された。

 弥生は女の子だから、と色眼鏡で見てもいいが本人の性格を鑑みると台所に立っている姿が想像出来なかった。


「……しないね」

「当たりです。買った方が楽です」

「木間暮だし、やらねーわな」

「作ってもいいですけど一人分って面倒です」


 そこに女子力はない。あるのは合理性を求めた現代人としての姿のみ。


「そう言う奏多っちもしないです?」

「しないね。大抵姉さんがやるから」


 僕の姉、崎原七海(さきはらななみ)は世話焼きである。

 僕が手伝おうとすれば休んでいてと微笑みながら言う甘い人だ。

 昼飯も弁当を作って上げると言ってはくれるが仕事のある姉にさせるのは申し訳なく、言い訳として昼はパンが食べたいんだよねとワガママで通している。


 ………何せ一度作ってもらった時は殆どがハートで彩られた野菜や桜デンプンでご飯を加工された見るものが見れば正に愛妻弁当と化した弁当だったので自重して頂いた。

 なら自分でやればいいかも知れないが、台所に立とうとすると姉さんが悲しい目をしてくるのでやらない。

 そしてそれは掃除や洗濯の面でも同じであり、結果として僕は家事の出来ない男子へと成長してしまった。


「悟もでしょ?」

「もちろんだ。俺がやったら家が燃えちまう」

「どんな料理だよ」


 三人そろって致命的だった。きっとサバイバルとかしたら三人で食糧を奪い合う群雄割拠の幕開けとなるだろう。

 ここが日本で良かった。食の優れた日本でコンビニに寄るだけで手軽に食糧を確保出来るのだから。


「それで今日は何を食べる?」


 僕はタマゴサンドでもあれば良いかな。なければ惣菜パンで構わないけど。


「やっぱカツサンドだろ」

「悟っちはいつもそれです。栄養片寄るですよ?」

「育ち盛りだからノープロブレム」

「横に?」

「奏多は俺の何処にそんな肉があると思ってんだ」


 ないね。空手部だからしっかり身体を鍛えている。引き締まった肉体に余分な肉は何処にもなかった。

 そしてそれは弥生も同じ。スレンダーな身体はあるべき所に肉が薄っすらとしか付いていなかった。

 

「俺よりも木間暮の(しん)ぱ、って、その振り上げられた拳は何処に向かうのでしょうか木間暮様?」

「余計なお世話な考えをする悟っちの頭にです」

「お慈悲を」

「………なら牛乳でも奢るです」

「喜んで!」


 弥生は殴る気満々だった拳を静める。


「和解したね」


 悟は女性に言ってはならないワードがあるのを理解するべきだろうね。

 口は禍の元だと改めて思わされた。

 



 購買で無事、各々が欲しい品をゲットした僕たちは中庭だと人が多いのもあって屋上を選択した。

 屋上なら涼しい風も吹いていて、かつ他の生徒もあまり来ない。誰かに邪魔されないポイントの一つだった。


「屋上なんてよっぽど人が来ないです」

「一々下で買って屋上って面倒だ。弁当組みは教室だしな」

「そんなもんだよ。僕たちも気分で来ただけだし。って誰かいるね」


 どうやら先客がいたらしく、二つのシルエットが見えた。

 屋上には誰でも来れる上に鍵なんてしない。誰かがいるのは有り得ないわけではないが、ベンチの一つもない屋上に来るなんて珍しかった。


「………んだよ!」

「………れても…」


 しかし口論、それも一方的に責められている感じだった。


「もういい!購買で買う!!次はないぞ!!」


 ドスドスとした足音を立てながら暴言を吐いていた太い男子が一人こちらに向かって来た。


「っち、どけっ!」


 入口の前に立っていた僕たちに初めて気づいた男子が不快そうに顔を歪め、舌打ちをしながら邪魔だと言わんばかりに腕を振るう。


「うわっ」

「弥生」


 男子の体型は恰幅が良いでは済まない大きさであり、扉ギリギリを歩くために入口付近にいた弥生が押し飛ばされた。

 僕は弥生の腰を綺麗に抱えて倒れるのを防いだ。


「あれ?ここは胸を触るラッキースケベポイントだと思うですよ?」

「弥生はそれをされたいの?友達にそれは出来ないよ」

「それに来間暮じゃ胸ないだろ」

「……ほう」

「さーせんでした!!」


 さっきもそれで怒られたのに懲りないな悟は。

 苦笑いを浮かべながら屋上に出ると口論をしていた少女がポツンと取り残されていた。


「……はぁ」


 溜め息を吐いた彼女は確か……。


「あれって心川さんだよな。三組の」

「です。向奈っちです」


 心川向奈。二年生の中でも一番可愛いと評判の子だったっけ。

 ウエーブの掛かった腰まであるロングヘアにバランスの取れた造形微美は芸術の域に入っている。

 今この風景を一つの絵画として切り抜けば『嘆きの天使』と付けても遜色ない美しさだった。

 題名通り、憂いを隠しきれない彼女は二つある内の弁当箱の一つを閉じて自分の分の弁当を食べ始める。

 その目に色はなく、ただぼんやりとした瞳のままモソモソと食事と言う名の摂取を繰り返していた。

 

「なあ、あれ大丈夫か?」

「向奈っち下手したらうっかり屋上から飛び降りる目をしてるです。悟っち話し掛けるですよ」

「無理だ。俺のギャグセンスじゃ冷ややかな目で見られて終わっちまう」

「そこで無理矢理ギャグに持ってくからだよ」


 あのままにしておくには精神的によろしくなかった。

 仕方ないか。僕は心川さんに近付いた。………後ろで勇者だの、色気を見せろだのよく分からない事を言われてるが無視する。


「大丈夫ですか?」


 そこで初めて僕たちの存在に気付いたのかゆっくりと顔を上げた。

 シミも黒子も無い綺麗な肌にのっぺりと張り付いた影。もしも感情が色として表面に出れば彼女の顔は真っ黒に塗りつぶされていただろう。そんな顔をしていた。


「…え?あの、その…。大丈夫です…」

「いや大丈夫じゃないよね」


 ――その顔だけは止めて欲しい。色々あってそれなりに人の顔を見て来たが、その顔をする人は大抵()()()

 もう自分の力じゃ解決出来ないと諦めた目だと気付いてしまう。


「話くらい聞くぜ」

「打ち明ければ改善策は見えるかも知れないです」


 僕の後ろから二人がやって来る。

 正直来ないで欲しかったな。僕としてはこのまま放置して屋上を出る気だったので二人が来ると逃げられなくなる。


「いえ、本当にいいので。ありがとうございます」


 しかし心川は自分の弁当を閉じるとそそくさと校内へ戻って行った。

 そんな姿に思わず僕はホッとした。経験上あれは関わると録な目に遭わないと知っているから。


「彼氏とトラブルです?」

「でもさっきのって横島だろ?あれと付き合うか?」

「人それぞれでしょ。早く食わないと昼休み終わるよ」


 僕はその場に座ると自分のパンを取り出した。

 二人も一瞬屋上の扉を見るがすぐに昼飯を食べ始めた。

 ……心川向奈か。ややこしくならないと良いんだけどな。


「ちなみに横島って誰?」


 あの、と言うだけ有名なんだろうか。


「知らないのか?傲岸不遜(ごうがんふそん)、自意識過剰、傲慢、俺UZEEEE!!が服着て歩いてる奴だ」

「俺TUEEEEは聞いたことあるけどウゼェはないね」

「それくらい酷い奴なんだよ」


 悟曰く、振られたら逆ギレは当たり前。常にヒステリックで周りに当たり散らす俺様タイプ。それでいて努力が人一倍嫌いで我慢を知らないから身勝手でやりたい放題。


「あいつに目を付けられた女子が殴られたって聞いた事あるな」

「あるです。特に美少女がその対象です。私もひょっとしたら…」

「「ないわー」」

「二人して酷くないです!?」


 だって弥生だし。見た目は確かに美少女でも中身はオッサンだって全員の共通認識だから。

 

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