十六願目
まったく面倒になったよ。
僕としてはこんな二人見捨てるつもりだったのに。
「崎原、先輩……?」
声をかけて来る恵を視界の端に置き、僕は柏手を一回打った。
ビクン、と身体を震わした二人は自由を取り戻す。
心川さんは力が抜けたのか直立不動のマネキンから人に戻った瞬間地べたに座り込んだ。
「早く逃げなよ。危ないから」
僕はそれだけを告げると横島へと向き直る。
「あの、崎原先輩。……スマホを見てくれたから、ですよね?」
僕の普段の雰囲気との違いから恵は戸惑いながらも喋りかけて来る。
千切られたシャツの前を手で押さえながら逃げようとしないのは僕を信頼してなのか。だとしたらそれはどうしようもないくらい無駄な考えだ。何せ僕は――
「――最初から見ていたよ」
「「――え?」」
僕が現れた時よりも驚く二人に追い打ちを掛けるように真実を告げる。
「心川さん、……紛らわしいから向奈さんで良いか。向奈さんが横島と歩いてここに来た時からずっと見ていたよ」
「そんな……。なら助けてくれても…」
ショックを受ける向奈さんには悪いけどこうしなければならなかった理由がある。その理由も今となってはなくなってしまったけれどね。
まず気付いて欲しいのは運動も碌にしていない筈の身体で僕の奇襲を回避した異常にある。
「君たちを操った【願望器】の回収には持ち主の欲求に対する飢餓を無くすのが手っ取り早い」
「操った?【願望器】?何ですかそれ……」
恵の目には懐疑心が宿る。そもそも僕を信頼しようだなんてどうして思ったのかそれこそ不思議で仕方ないんだけど。
僕は端から何も話してはいなかった。
自分自身のことも【願望器】の存在に確信したことも何一つとして伝えず彼女たちの境遇にただ相打ちと同調を繰り返していたに過ぎない。
こうなると結果を分かっていながら手を出さなかったのは横島自身の欲求を満足させてしまえば、ああして【願望器】を必死に死守しようとしなくなる。
今さっきの横島の動きは【願望器】が自身に無くてはならない物だと認識してしまっている保持欲求が働いた結果だ。
だから僕は少ない労力で【願望器】を回収するために生贄として向奈を使っただけだ。
「僕としても【願望器】の存在を広めたくないからね。派手に暴れられると存在が露見してしまう」
その事前の準備として各所、横島が近付きそうな箇所に『猛犬注意』など人が忌避感を覚え遠ざかる単語を使い【願望器】の力で人払いのささやかな力を行使した。
この公園が無人なのもその効果の一つ。もっとも数日前から使って置かなければ気にしない者には効果が薄い。
それでも人が少なくなれば集団心理で徐々に近付かなくなる者が増える。【願望器】の対価を極力抑えるのにおあつらえ向きの方法だ。
「だから僕は君たちを見捨てる事で【願望器】を得ようとした。それだけだよ」
「酷い…」
ポツリと呟いたのはどっちだったのか。それさえもどうでも良いと僕は横島へと歩んで行った。
「姉さん、後は任せたから」
「気を付けてね奏多ちゃん」
だからちゃん付けは止めて欲しんだけどな。
木の影から見守っていた姉さんに二人のことをお願いする。姉さんなら上手い事収拾してくれるだろうから僕は【願望器】の回収だけに尽力する。
「待たせたね」
「てめぇ、また殴られたいか」
親友にでも声を掛ける気軽さで話しかけると怒気を孕んだ声で横島は呟いた。
当然と言えば当然か。僕が邪魔しなければ横島は二人を蹂躙して満足出来ていたのだから。気分は目の前に置かれた肉を遠ざけれらた犬の気分かな?見た目が豚だから犬って言うのも間違ってる気がするけど。
「それじゃあお前の【願望器】を回収させて貰うよ」
「こいつを知ってるのか?なら分かるだろうが、絶対渡す訳がねぇよバァアカッ!!」
横島は持っていた十手を高々と上げる。
「これがあれば俺の願いは何でも叶う!俺を見下す奴も俺を嫌う奴も思うがままだ!見てたなら分かるだろ?向奈みたいな美少女を好き放題出来るんだ!この力をもっともっと使って俺は俺のハーレムを作ってやる!!」
――――はぁ……。
こんなにもバカなのか。【願望器】を何回も使っているなら自ずと分かるだろうに。どうして気付かないのか。僕には目の前の愚かな奴が理解出来なかった。
僕の呆れが黒い布越しでも雰囲気で伝わったのか舌打ちをしながら横島は睨んで来る。
「なんだその目は。ぶっ殺すぞ!」
「……まず前提として対価が足りない」
「はぁ?」
この残念な男に僕は親切にやろうとしている事が如何に無駄で無意味なのかを教えてやる。
「お前みたいに人を物としか認識しない奴が仮にハーレムを作るとするなら精神操作は対価としては莫大過ぎて話にならない。さっきみたいに肉体を拘束したとして何人囲うか知らないけどそれは監禁する形となるから普通に警察にバレる。まあ一時の快楽を得るだけで最終的には犯罪者として裁かれて終わりかな」
もしも本気でハーレムを築くならルックスが人の好みでなければならない。そして性格も好かれる性格をしていなければ精神操作でどれほどの対価を要求されるか。これだけ良くても相応の対価を要求されてしまうだろうが。
それでさっきみたいに向奈さんや恵を拘束したみたいにしたとしても一緒だ。
【願望器】で無理矢理拘束してから自宅で手錠なりを使えば相応に楽しめるだろう。しかしそんな手段を取れば心配した親や知人によって警察の手が入る。
日本の警察もバカじゃない。防犯カメラがあらゆる場所にある現代で横島と美少女との関連性など調べれば直に分かってしまう。
そうなれば捜査の手が横島に伸びて御用となる。つまり肉体だけを選んだ時点で横島は既に終わっていた。
「はっきり言っておくけど【願望器】はそこまで万能じゃない。どんな願いであっても使い続ければ最後には破滅しかないんだよ」
過ぎれば毒となる薬のように、過ぎた願い、身の丈以上の願いは毒でしかない。
そう思えば【願望器】は麻薬みたいなものか。快楽が得られるのは最初だけ。そこから先は坂を転がるボールのように止められず、気付けば破滅しているんだから。
「一応聞くけど本当に渡す気は無いんだね?」
「はぁあ?お前もこの力が欲しいだけだろうがよ。誰が渡すかよ」
我儘で自己中心的な横島と【願望器】じゃ、ある意味相性が良過ぎたか。
あれじゃあ向奈や恵を生贄にした所で益々助長するだけだったな。
「なら、お前の願いは僕が奪う」
僕はウエストポーチに手を伸ばす。
「やれるもんならやってみろ!」
十手を持った手で横島は殴りに掛かる。
しかしその歩みは遅い。ドシドシと進む姿は愚鈍なカバを連想させる。
そんな相手を待つ理由は無い。
ウエストポーチから取り出した手のひらサイズの太い針を一本、横島喉元へと投げつけた。
「効くか!」
「だろうね」
簡単に弾かれた針は地面に転がる。
元々が牽制に投げたに過ぎない針が簡単に当たるとは思っていない。ここから更に二本の針を目に向かって投げる。
「うざってぇ!!」
急所を狙われ続けるのはさぞ嫌だろう。
そして横島は気付いていない。なんでこんな攻撃を繰り返しているのか。
横島は三回目の針の準備をした所でようやく接近して十手で殴りかかって来た。
しかし遅い。身体に着いた脂肪が動きを阻害し、殴るにしても大振りが酷く少しズレるだけで躱せてしまう。
が、まだ【願望器】に手を出すには早い。じっくり追い詰めながら焦らせる。
だから大げさに躱して距離を取って再度針を投げつける。
「てめぇ、何がしてぇんだよ!!」
力の差を理解してか、それとも単にイライラさせる攻撃を続けるからか怒りながら横島は十手を振り回し続ける。
ただこの男に力の差を理解する、いや、受け入れるだけの度量はないだろう。そうなると単におもちゃを取り上げられそうな子供の癇癪か。
「直に分かるよ」
僕は何度となく針を投げる。
こんな分かりやすい罠に引っ掛かってくれるんだから今回は楽が出来そうだ。




