4-これが、現実だ。
4話目です。話すことのネタが尽きました。
ひつじです。よろしくおねがいします。
気付くと私は赤黒くなった石造りの床に座っていた。そしてすぐに理解した。
あの凄惨な夢は、決して単なる夢なんかではなかったと。
私の依り代である彼女の記憶だということを。
この町は壊され、ここの住人はみんな、死んでしまったのだと。
優しかった老婆は胸を刺されて死んだ。
パン屋のおじさんは崩れてきた屋根につぶされて死んだ。
勤勉な兵士だった彼は首を切られて死に。
快く迎え入れてくれた領主様は殺されて晒し首にされた。
「・・・・・・・・・っ!!」
そして夢の通りなら、彼女は私の目の前にいるはずなのだ。
体が震える。歯がカチカチと音を立てる。
動いてもいないのに息が上がっていく。
息が苦しい。うまく呼吸ができない。
知っている。彼女は死んだのだ。磔刑に処され、殺されたのだ。
脳裏に深く刻まれたその光景を知っていてもなお。
顔をあげたくない。見てしまえば、それが現実だと認めざるを得ない。
彼女が死ぬはずがないんだ。だから――――
拒否する思考とは裏腹に、私の視点はどんどん上がっていく。
止めようと必死になるも、体が言うことを聞かない。
やめてくれ、私にそれを見せるな。やめろ――――――
果たしてそこには彼女がいた。磔刑に処され、殺されてしまった私の姉さんがいた。
「ああぁ・・・・・・!あああああぁぁっぁあぁ・・・・!!!」
5年前に行方不明になった姉さん。
死ぬはずがないんだと、どこかで油を売っているだけなんだろうと、
そう自分に言い聞かせてきた姉さんが、死んだ。
私のたった一人の、愛する家族だった姉さんが、唯一の拠り所だった姉さんが、殺された。
もう、一緒に話せない。一緒に遊べない。一緒に笑えない。
「ああああぁぁああぁあああぁっぁぁあああああぁぁぁ!!!!!!!!」
なんで。どうして。無意味な思考が脳内を巡る。
覚えている。5年前、失踪した姉さんについて警察が言っていた言葉を。
わざわざ言わなくとも知っていたさ。
死んでいる可能性の方が高いことも。
もう二度と会えないんだろうということも。
でも姉さんは生きていた。並行世界で今、さっきまで、確かに生きていたんだ。
悪い夢であってほしかった。ただの思い違い、人違いならよかったんだ。でも―――――
『あなたの名前、星華とかどう?気に入った?
よし、今日からあなたは星華ちゃんね!私は霊華って言うんだ!
よろしく!星華ちゃん!私のことはお姉ちゃんと呼ぶがいいぞ―――』
『ねぇ、やしろ~、いつになったら姉ちゃんって呼んでくれるのさぁ~?
・・・・へっ?姉さん?今姉さんって呼んでくれた!?
・・・いよっしゃぁー!お姉ちゃんまであと一歩だぁ~!!』
星華の記憶が、それは違うと。人違いなんかじゃないと私に語る。
私の記憶がわたしの記憶に重なる。
目の前の彼女は、誰にでも優しく誰よりも自分に厳しい、
愛する私の姉さんなんだと。
あふれる涙で視界が歪む。床に打ち据えた両手は血で赤く染まっていた。
なんで今だったんだ。もう少し、あと数時間でも早ければ姉さんを救えたかもしれなかったのに。
姉さんは苦しまなくてもよかったのに。姉さんが死ぬことなんてなかったかもしれないのに。
イフの想像が雲のように湧いては消える。どうしようもない後悔ばかりがあふれ出る。
たられば、を言っても仕方ないとわかっていても、言わずにはいられない。
なぜ、よりにもよって今だったのだ―――――と。
どうか生きていてほしかった。笑って迎えてほしかった。また一緒に暮らしたかった。
なんでもそつなくこなす、頭もよくて運動もできる、明るい姉さんが私の自慢だったんだ。
「うるさい」なんでそっけなく言ってたけど、本当はその騒がしさも心地よかったんだ。
姉さんさえいればそれでよかったのに。ほかには何もいらなかったのに。
それなのに――――――――――
「神様!ねぇ神様!!聞こえてるなら答えてくれ!
なんで姉さんは死ななきゃいけなかったんだ!
どうして私をもっと早く送らなかったんだ!
記憶を覗いたあんたなら姉さんが私にとってどんな存在か知ってただろ!
どうして!どうして・・・・!!
姉さんを殺した世界を救えというのか!!
答えてくれよ!!神様・・・・!!!」
答えは、ない。
・・・何かあったら答えると言っていたのに。嘘つき。
夕方。落陽が死んだ街を照らす。割れたガラスが光をぶちまけ、
教会の中は一面茜色に染まっていた。
何度目をこすっても、何度夢だと思い込もうとしても、
変わらず姉さんはそこにいて、その骸を夕日に晒している。
数えきれないほど元気な姉さんを幻視した。その明るい声を幻聴した。
死体は何も話さない、聞こえてくるのは葉擦れの音。
止まない雫の落ちる音と、そして私の慟哭のみ。
私は弱かった。大切な人を失う辛さを知らなかった。
何気ない日常が、あんなにも幸せなものだとは思っていなかった。
わたしは弱かった。涙なんてあの時にすべて絞り出してしまったと思ってた。
いつからもう二度とこんなことは起きないと錯覚していたんだろう。
いつも姉さんだけが傷ついて・・・
いつも私は見ているだけで、守られるばかりで、何にもできないで・・・
不思議と姉さんを殺しただろう存在への憎悪はなく、代わりに底なしの無力感だけがあった。
そして悲しみの感情は、絶望へと変わる。
・・・・・・もう、死んでしまおう。姉さんのいない世界なんて―――
足元にあるステンドグラスの破片を手に取る。少し手が切れたが、どうせ今から死ぬのだ。関係ない。
ステンドグラスは紫色だった。姉さんの瞳の色と同じだ、と。
無意識に何か理由を見出そうとしていた自分を嘲る。
どうせ何も見いだせやしないのに。自分への言い訳でしかないのに。
血だらけの手で破片を喉に当てる。首を突き刺せば死ねるだろう。
首に槍の刺さっている姉さんと、これでお揃いだね。
そう思いながら、一息に破片を喉に突き刺した。
じゃくっ。ぴしゃっ、ぴしゃっ。・・・・・・ぱたん。
「かひゅっ・・・!こひゅうっ・・・、かふっ・・・・ひゅっ・・・あぁ・・・・」
いきがくるしい。わたしのなかからねつがうしなわれていく。
さむい。こわい。くるしい。
でもねえさんはもっとくるしかったよね。
もっとこわかったよね。たすけられなくてごめんね。
ねえさんはじさつしたわたしをおこるかな。
でも、それでも、わたしはねえさんといっしょにいたいんだ。
ごめんね。ききわけのわるいおとうとでごめんね。
それでもわたしにはねえさんがひつようだから――――――――――――――
ありがとうございました。
人の心理描写ってむずかしいです。心の読める人はとくいなのかなぁ。