5、病院にて②
愛ちゃんがいなくなって...
退院間近の、ある日夕方...
「お前は、『歌姫』なのか?」
私は、自分を銃で撃った相手と対面していた。
「う、うたひめ...?」
「とぼけるな」
私の間抜けな返事は、そんな鋭い一言で一刀両断される。
「お前はイギリス出身だ。イギリスは唯一、音楽を許させた国...そこには、1人の歌姫がいる」
それまで少し俯いていた東雲カイは、「彼女は」と顔を上げる。
「顔は日本人、髪は金色、目は茶色...特徴からしてお前としか俺には思えない」
だから、と手を上げると、そこにはこの間の銃。
「俺は、お前を殺さなきゃいけない」
...って、
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
え、ちょ、なに?歌姫?は、何それ、初めて聞いたし。ていうか今の説明だったら、私の見た目だけで歌姫って決めつけたことになるじゃない。
「そうだ」
私の全力の抵抗にも、全く物怖じしない東雲カイ。
「お前は、歌姫」
そこで一つ息を吸うと、
「...親父の、仇の女だ」
...え?
「おとう...さん?」
この子、お父さんいないの...?
「そうだ、お前は俺の親父を殺したんだ」
「え、ちょ、なにそれ、私知らない」
「いいや、お前は歌姫だ。その見た目といい、その出身国といい、お前なんだ」
「ちがうってば!」
私は、ここが病院那なんて気にしないで叫ぶ。
「私はあなたのお父さんのことなんか全然知らないわ! 歌姫って本当になに!? ただでさえ気にしてる見た目を、そんなふうに言うことないんじゃない!?」
「なんだ...」
「ずっと...ずっとイギリスで、この見た目でいじめられてきたんだから。ずっとずっと、嫌がられてきたんだから!」
私は、気がついたら涙を流していた。
「私はあなたが言うような殺人鬼でも何でもないわ! そんなに言うなら気が済むまで私のことを調べればいい! 私は...ただ...ただ...」
重い沈黙の末、私は声を絞り出す。
「...ピアノが、弾きたかっただけ...なのに...」
「...ピアノ?」
東雲カイが、急に反応する。
「お前...ピアノを知ってるのか?」
あっ...そうか、この国にはもう楽器がないから...知ってる方が変なんだ。
「うん、イギリスであったから」
「弾けるのか?」
「......ううん」
残念ながら、私はピアノが弾けない。それもいじめられていた原因の1つだった。お嬢様やおぼっちゃまはみんなピアノだのバイオリンだのできて、うちもそこそこいい身分なのに...何故か私は、ピアノが弾けない。弾きたくても、弾けない。それにこんな見た目じゃあ、そもそもピアノを触らせてさえくれなかった。
「...なぁ、お前」
「なに」
そっと話しかけてきた東雲カイに、私は思わずキッと視線を尖らせる。
「いや...やっぱなんでもない」
「?」
さっきまでとは打って変わって、急にそわそわしだした東雲カイ。
「なによ、急に大人しくなって」
「いや...間抜けなことを聞くが...」
「お前、ピアノの音は、好きか...?」
「ピアノの、音?」
「ピアノを弾けなくても、ピアノの音は好きか」
今までにないくらい、真剣で...でもどこか...優しくなった...?視線で...私をじっと見つめてくる。すごく綺麗な、瞳で...。
「どうなんだ」
私に、真剣に質問してる。
「...好きよ」
私は、東雲くんの目を見返す。
「ピアノが、好き。大好き」