8、記憶
「俺の父さんは、」
ピアノを弾く手を止めても、東雲くんは語り続ける。
「俺が生まれたときから、いや、それよりもずっとずっと前から、素晴らしい音楽家だった」
涙は止まったものの、彼は、ずっと下を向いている。
「俺は、生まれたときから、母さんがいなかった。母さんは、俺を生んだとき、そのまま亡くなった。元々体が弱かった、と聞いている。父さんだけが、俺を育ててくれた。父さんだけが、俺の目標だった」
尊敬していた、と呟いて、遠くを見る目付きになる。
「あの日だって...あの日だって、俺は父さんに、ピアノを、作曲を、教えて貰っていただけなんだ。ほんとに、それだけだったんだよ。なのに」
「あの日、父さんは…殺された」
「父さんも馬鹿だよな...音楽家だったことを隠して、隠して、隠して、それでも俺に音楽を教えて。変だとは思ったんだよ。父さんさ、家の外に出たら絶対に音楽を披露しなかったんだ。俺にも、外では音楽の話は絶対するなって言ってきたし。それでも...」
「隠し事は、いつまでも続かない」
「近所か誰かが通報したのか、どうして見つかったのか、俺には今でもわからない。でも、とにかく、俺たちは見つかった。いや、違うなーーーー父さんは、俺を隠した」
そこで一拍おくと、
「父さんは、宗教改革の決まりに逆らったから殺された」
「歌姫にーーーーーーーーな」
そこで東雲くんは、ようやく私に向き直り、バツの悪そうな顔をしていた。
「歌姫は...はっきりいって、お前にそっくりだ。瓜二つだ...だけど、お前を撃った言い訳にはならないな」
「謝ってすむことじゃないけど、悪かったよ、ごめん」