7、父さん
東雲カイという少年は、ピアノがすごくうまい、と思う。
時計はすでに8時を指しているが、そんなこと意識して目を向けないと気が付かないほど些細なこと。
それくらい、カイくんのピアノは人をやたら惹き付ける。
さっきから10曲以上を奏でている彼の指は、今私がこうしてぼんやり見ているあいだも鍵盤の上を忙しく、しかし滑らかに行き来している。
その細やかな動きを、ぼうっとただ見つめていると...
「このピアノは」
カイくんは弾きながら語り出す。
「父さんから貰ったんだ」
「......」
「世界にまだ、音楽があったころ」
ピアノの音は、鳴り止まない。
「俺の父さんは、世界中で有名な音楽家だった。日本人なのに、あっちこっちの国に行って演奏してて...そんな父さんと母さんは出会った。それはどこかは俺は知らない。俺がそういうことに興味をもったころには」
ジャン、
ピアノが一瞬止まる。
「父さんは...あの親父は、すでに死んでいたからな」
ピアノが再開する。でも......先程までとは、何かが違って、
「父さんは、殺されたんだ」
すごく早い曲を、ものすごい勢いで...
「歌姫に...殺されたんだ!!!!」
ジャジャジャジャン
「父さんは俺の憧れだった、目標だった」
泣き叫ぶように唸るピアノ。
「父さんは...俺にピアノだけを残した」
ピアノが、鳴いている。
「母さんも、父さんのあとをおった」
泣いている...
「俺は......」
ピアノが、止まり、
静寂の中、その声は漏れる。
「1人...ぼっちだよ...」