状況確認
「━━ぅわっとと、でっ!」
視界が真っ黒になったり、浮遊感に襲われたりとなってから、体感時間で約10秒。
これまた当然のように突然、視界が明るくなって浮遊感がなくなった。が、突然明るくなったところですぐに見えるようになるわけでもないし、地面に足は着いてはいたけど、体はまだ浮遊感特有のふわふわした感じと体の重さとで尻もちをついてしまった。
「━━━━━━━━っ」
5秒くらい目を閉じて痛みに耐える。それと同時に視力の回復。
いやいや情けないね。でも現実ってこんなもん。僕知ってる。
浮遊感の中では目を閉じてる感覚も開けてる感覚もなかったけど、それでも視界が真っ黒で何の光もないのはおかしかった。
もしかしたら失明でもしてるんじゃないと最悪の事態
も考えたけど、幸い杞憂だった。目を閉じてるけど光は感じる。
「…………で?結局どういう状況なんでしょうかっと…………おぉ」
僕がいたのは石レンガでできた部屋だった。学校の教室とは似ても似つかない。
異世界説か、ドッキリ説か…………。どちらにせよ荒唐無稽な話ではあるけれど。
石レンガ。床も壁も天井も全部。
石レンガのサイズは、ホームセンターに売ってるようなやつより1周りくらい大きい感じ。
それが、右手の壁にある金属の扉以外は全てこの石レンガがびっしりと詰まっている。大体教室くらいの、多分立方体の部屋。
「教室じゃなくて、僕1人だけ。石レンガの部屋。それで?」
口に出しながら状況確認。
母さんに教えてもらったんだけど、こうやってクチに出しながら考えると、情報の整理なできて頭の回転が速くなるらしい。
本当か嘘かは判らないけど、なんとなく効果がありそえだからぼくは実践している。
床からら等間隔で8本、照明が生えている。
いや、表現がおかしいのは解るけど、じゃあどう言えばいいのか解らない。照明がある?まぁいいや。
とにかくこう、正方形の部屋だから正方形にある。それも結構端の方に。
床から黒い金属の棒が出てて、その先が皿状になってて、その上に何かしらの光源がある。電球じゃないっぽい。
これのおかげで僕は今問題なく周りが見えてる。
ちなみに天井や壁には何もないし、窓の1つもない。
で、こうして見回してて気づいたんだけど、床の石レンガに、うっすらと何か彫られている。それも結構大きい、円状のもの。
教室では余裕がなかったからあまりよく見れてないけど、多分教室の光のやつと同じ紋様。
さすがに今は、というな、ここのは光ってない。深さは5mmもないくらい。
ん〜、まぁ、この部屋にあるのはこのくらい?
「よいせと」
それじゃあ、そろそろあの浮遊感の後遺症も無くなってきたし、とりあえずここにじっとしてるのも怖いから部屋から出るか。
ん?かけ声?
あぁ、これはたまに立ち上がる時とかに小声で出るやつ。もう癖になっちゃってる。
ほら、「よいしょ」とか、「よっと」とかあるでしょ?その2つを足したようなものと考えてほしい。特に意味はない。
「ふぅ…………」
大丈夫。一瞬立ちくらみしただけ。一瞬だけ視界がフラッとしてそれにつられて体もフラッとなっただけ。
それも浮遊感うんぬんじゃなくて、長いこと座ってたからなったものかもしれないし。特に問題もない。
「━━かもなぁ。誰もいませんよね〜っとぅわあっ!!」
足音とか振動とかも何もなく。
突然キィィィという金属の特有の高い音と、こんな声と共に扉が開いた。
いやまぁ、驚いたのはお互い様として。
部屋の扉を開けたのは、僕よりも少し上、20歳前後の青年だった。薄い眼鏡をかけてて、やや童顔の、まぁ頭も良くて人柄もいいんだろうなって感じ。
うん。ここまではいい。ここまでは。
よくないのは…………少しクセっ気のあるその髪の毛が薄い黄緑で、濃い青の全身ローブを着ていたこと。胸には何かマークとかもついてるし。
うん。これはもう、お決まりのやつだろう。そうじゃなきゃこのお兄さんはやたら完成度の高いコスプレイヤーくらいしか考えられない。
「えっっっと、君、どうやってここに入ったの?それといつから?」
この魔法使い風のお兄さんは、困惑しながらも必要な質問をしてきた。
何はともあれ状況把握が最優先。とはいえ、意識の切り替えが早いなこの人。まぁそれを言ったら僕もか。
「えっと、何か床に、ここの床にあるのと同じような模様が現れて、それで何か視界が真っ暗になって。で、気づいたらここにいました。ついさっきの話です」
「え゛っ…………」
澱みなく━━とはいかないまでも、なるべく簡潔に質問に(無事に)答えた僕に、このお兄さんの反応は驚きに満ちていた。
いや、最初も驚いていたけど、それとは違う種類の驚き。
最初のは、多分部屋の中に人なんていないと思ってたら僕がいたっていう、「ワッ!」って急に言われたような驚き。
それで今のは、「今まで不可能だと思っていたけど実は可能だった」っていうことを知ったような驚きというか…………。
ゴメン、説明難しい。
とにかくこの人、驚きのあまり3秒くらい固まってた。まぁ、それくらい驚いてたってことで。多分思考もフリーズしてた。
「君の名前とあと…………所属している団体とかがあれば、教えてくれるかな?」
「烏森時雨、です。あとは…………月下高校に所属?しています」
「……………………シグレ君、だね。分かった。こんなところで話をするのもなんだし、ちょっと僕に着いて来てくれるかな?」
「あ、はい」
長考が怖かったのと、長考してた時にちょうど眼鏡が光の反射で目が見えなかったのが怖かったのと、その有無を言わせない雰囲気が怖かったのと、あとやっぱり今のこの理解できてない状況が怖かったのが相まって即答した。
というか怖いことしかない。
このお兄さんが威圧感たっぷりのゴリマッチョじゃないのが唯一の救い、かも…………。
扉の外も石レンガだった。そして、すぐに上りの螺旋階段。幅は2mくらいあって広いんだけど、壁が片方にしかなくて、もう片方には手すりすらないから怖い怖い。
うったり足を滑らせたら死んでしまう自信がある。
どうやら相当に広い面積の塔らしい。
さっきも言ったけど幅が約2mの階段が壁の内側に沿ってぐるぐるとあって、それでも向かいに見える階段との距離は10mくらいあってもおかしくない。
さっきの部屋にもあった照明(と、多分同じもの)が結構狭い間隔で壁に付いているから明るさの問題はないし、石レンガも欠けたり隙間が空いたりとかもないから、こけたり落ちたりの心配もない。
ただ、それをぐるぐると3周半(多分)も、ビルだと大体5階分くらい上るのはさすがにキツイ。
僕のちょっと前を歩くこのお兄さん、途中で扉かあっても素通りしていくし。それも2回も。
「その扉じゃないんですか」とか聞けるような雰囲気でもないし。
かといってこのお兄さんに着いていく以外の選択肢が僕にはないし…………。
「ここだよ」
お兄さんがついに扉の前で立ち止まった。
キィッと開けると光が漏れ出して━━。
「ぅおお…………」
連行されてるみたいなこの状況的に声を出しづらかったっていうのもあるけど、普通に何か、感動さえ覚える光景だった。
何ていうかこう、西洋の城とか、大貴族の屋敷くらいでないと目にすることのなさそうな光景。
赤い絨毯が敷かれた廊下。床から1mくらいは木で、そこから上はクリーム色の、上品な壁。窓がないのは今までと同じだけど、照明の数も多くて(ここには天井にもシャンデリアみたいなのがある)明るい。
僕が廊下に感動して突っ立ってると、お兄さんは一番近くにあった(これは木製の)扉に手を掛けて、
「どうしたの?この部屋てみ話をするから早くおいでよ」
と言ってきた。
バカみたいにただ突っ立ってるのもアレだし、何より今このお兄さんに逆らうのは無謀だから、おとなしく部屋に入っていった。
「あ、はい」って言うしかないよね。
部屋はシンプルなデザイン。
もちろん高級感はあるけど、大きめのカーペットに、1つのテーブルとそれを挟んで2つの2人掛けソファがある。基本的には部屋の調度品はそれだけ。
壁に風景画が掛かってたり、角に花が生けられたりはあるけど、部屋の機能としてはこのソファとテーブルだけ。
「そんなに固くならないで。座って座って」
自分の座った向かいのソファを勧めてくるけど、いやまぁもちろん座らせてもらうけど、なんか、お兄さんからのプレッシャーが強くなっている気がする…………。
「君も色々と混乱してるんだろうけど、僕も似たようなものだから。安心してリラックスしてよ」
そう言われてもなぁ…………。
そんなにプレッシャーかけながら言われても、リラックスなんてできるわけないんだよなぁ…………。
とはいえ、座らないわけにはいかないので、小さくなりながら「じゃあ、失礼しま〜す…………」と言いながら着席。
「…………」「…………」
2人とも沈黙。これは気まずい。
もう怖いけど、お兄さんの方から何か話しかけてもらった方がいいや。沈黙よりは気が楽。
「━━さて」
おっ?
「僕は君が嘘をついているかどうかが分かる。今のところ君には嘘をついている様子がないけれど、僕は君のことを疑っている。今からいくつか質問するから、黙秘せずに答えてくれ」
「…………はい」
前言撤回。
沈黙の方がマシだった気がする。