プロローグ
世の中には、どうしようもない人が、どうしようもない程溢れている。2人に1人か、3人に2人くらいはきっといるだろう。と、考えている。そこまでいたら、というか、少なくとも過半数を超えたら、それはもう溢れていると言っていいはずだ。
例えば、どうしようもない程お人好しな人、とか。逆に、どうしようもない程怒りっぽい人もいるだろう。
例えば、どうしようもない程野球が好きな人、とか。逆に、どうしても野球だけは無理だという人もいるかもしれない。
例えば、どうしようもない程目立ちたがる人、とか。逆に、どうしようもなく人目を避けたがる人はいる。絶対にいる。というか知り合いにいる。
他にも、食欲の強い人、常に眠気に襲われている人、自己中心的な人、人の上に立ちたがる人、夢を諦められない人、無気力な人、自信過剰な人、卑屈な人、エトセトラエトセトラ━━━━。
自分の周りを見てみると、そんなどうしようもない人は溢れている。きっと皆誰だってそう。時には、自分かどんなどうしようもない人なのかを考えてみるのもいいだろう。
ちなみに。
ちなみに僕、烏森時雨はというと。偽り、欺き、騙すといった、そんな才能持った、どうしようもない嘘吐きだ。
僕は、大体の人は皆何かしらの才能を持っていると思っている。何かしらの才能を持っていることとどうしようもない人であることは必ずしもイコールで繋がる訳ではないけれども。
僕の周りにいる人をいくつか例にしてみよう。
ちなみに、さっき「何かしらの才能を持っていることとどうしようもない人であることは必ずしもイコールで繋がる訳ではない」と言った直後で大変申し訳無いないが、これから紹介する人は全員僕の中でどうしようもない人認定をされている。
仕方ない。イコールではなくとも、ニアイコールではあるから。
1人目。スポーツで全国大会に何度も出場しているスポーツマン。その全国大会でも中々の好成績を残すなど、どこからも文句の出ないであろう素晴らしい才能だ。ちなみに種目は短距離走。
2人目。明るい性格をしている、周りを引っ張るムードメーカー。これも大変素晴らしい才能だろう。将来きっと多くの人に好かれ、慕われる社会人になることだろう。
3人目。可愛い女子。もっと端的に言うと美少女。僕は男女共に容姿などの外見的特徴も生まれ持った才能の1つだろうと考えている。あくまで僕個人の意見であって、世間一般でどうかは知らない。
が、人間の価値基準の1つに容姿はどうしても入るので、そう考えると才能と言ってもいいのではと思う。
これは僕の持論なんだけど、どうしようもない人というのは大概無自覚、そうでなくとも無意識にそれを行っている。そうなっている、と言い換えてもいい。
「ついつい」「いつの間にか」「気が付いたら」。そんな言葉が使えるパターンが多いと思う。
どうしようもない程お人好しな人は、困っている人を見ると━━━━もしかすると困ったようすじゃなかったとしても━━━━「ついつい」助けたくなってしまう。そして、実際に行動する。
逆もまた然り。
どうしようもない程野球が好きな人は、「いつの間にか」なぜ自分が野球を好きなのか、なぜ野球をしているのかを忘れてしまう。それでも野球が嫌いになる訳ではないので続ける。
逆もまた然り。
どうしようもない程目立ちたがる人は、目立とうとしていない時でも「気が付いたら」目立っている。なぜ目立っているのかは分からないけれど、目立っている状況には慣れているのでいつも通り行動する。
逆もまた然り。
皆も何度も目にしているはずだ。
たまにテレビ番組で、オリンピックに出場したり、世界で活躍するスポーツ選手の特集をする。
そこでは、半分以上の選手が、物心ついた頃からそのスポーツに触れ始めていたはずだ。それと似たようなものと考えてほしい。
勿論全てがこのようになるとは限らない。コンピュータでなく人である限りは、「必ずこうする」「必ずこうなる」と決めつけることは出来ない。ケアレスミスというのは、どんな人でもするからだ。
しかしこのように考えると、人の行動、その後の展開はある程度頭の中でシミュレート出来る。予想を立て、その上で自分は行動出来る。
こんなことを考えるのは僕くらい捻くれた奴くらいだろうと考えているけど、しかしそれは何人に1人くらいの割合か、残念なことに見当がつかない。
更に、その僕くらい捻くれた奴が僕の周りにいたとして、そいつは僕の行動をシミュレートする際に、僕がこんなことを考えている、そんな捻くれた奴だということも考えに入っているのか、それも見当がつかない。
私立月下高校2年5組。僕の通う高校の、僕の所属するクラス。
ここには目で見て分かりやすいどうしようもない人、というか、才能を持った人が大勢いる。さっき紹介したスポーツマン(「マン」とは言っても女子生徒)やムードメーカー(男子にも女子にもいる)、美少女(これは僕の好みのタイプだからこう紹介しているのではなく、100人いれば100人が「美少女だ」と言うであろうという容姿だからこう説明している。いや本当に)などだ。
ただその他にも、目で見ただけでは分かりにくい、というか、親しくなって初めて判るような才能の持ち主も結構いる。
というか僕がそうだ。見ただけで「あ、コイツ嘘吐きだな」って判られてたまるか。僕がどうしようもない嘘吐きだと知っているのは本当に親しい友人数人だけだ。
…………最近、クラスメイトの何人かと両親が察しているような気がしてならないけど、まだ確証はないし、ノーカウントでいい、はず…………。
まぁ、そんな才能を持っている人だらけの教室━━空間━━だと、逆に平凡な人達(何かしらの才能はきっと持っているけど、それに気付いていないか、相手もしくは比較対象にすらなっていないと思っている人達)は少しばかり居心地が悪いのではなかと思う。
と、文字通り他人事なので他人事のように言ってみた。
まぁ、こんな特殊なクラスはそうならないだろう。こんな空間にいられるのもあと1年━━細かく言うなら約3分の2年━━しかない。
楽しまなきゃ損だろうと考えている。僕は平凡な人サイドじゃないし。幸いなことに。
なんせ退屈しない。
クラスの半分━━とは、流石に言い過ぎだけど、3分の1くらいはそういう個性の塊のようなメンバーだから、見ていて飽きない。
巻き込まれると疲れるけど。
実は僕、こんな特殊で個性豊かな2年5組の一員であることが少し誇らしかったりする。
中々ないことだし、なんか学校内でも「やっぱり2の5」とか「2年5組クオリティ」とか言われてるし。
僕もそんなメンバーのうちの1人なんだよ〜ってね。
とにかく、そんなひと癖もふた癖も、下手すればもっとなこんなクラス。
どうしてこんなに偏ってるのか、ちょっとクラス替えの時の職員会議を見たかったけれど、それはそれとして。
当然というか何というか、まとめる担任教師も少し普通じゃない。
「あ、そうそう。
夏休みの初日から5日間、今から呼ぶ人達は絶対に学校に来て下さいね?補修勉強会をするので。お願いします」
1学期ももう終わり、残すところあと2日といったある日。
いや、ある日じゃないか。日を特定してるし。まぁとにかく、その日。
軽いノリで担任の不破先生はそう言った。
「明日の日程も伝えましたし、もう特に伝えることはないです。ホームルームで話したことは一応覚えておいて下さいね」からの「あ、そうそう」だ。
本当に今思い出したのか、それともずっと覚えていたのか、いまいち判断しづらい。
いやまぁ別にそこで僕の名前が呼ばれたってわけじゃない。
続けて先生が発表した、不幸なクラスメイトの名前は5人。祭器、月輪、福寄、街原、あと郡。
前の4人は成績的に、郡は出席日数的に危険な生徒だ。
「身内にご不幸があって葬儀に出ないといけないとか、季節外れのインフルエンザにかかったとか、事故に遭って入院することになったとか、そういうやむを得ない事情がない限りは絶対に来て下さいね?」と念押しまでされていた。
どうやら忌引、出席停止、休学以外認められないらしい。
その日も休んでいた郡を除く4人は、これを聞いたときさぞかし嫌な表情をしていたことだろう。
少なくとも僕の右隣の席の祭器は実に面白━━嫌そうな表情をしていた。
基本的に学校の勉強から開放される夏休み。
大量の課題こそあるものの、毎日登校しての授業・勉強はない。部活がある人は学校に来るだろうけど、まぁ勉強のためにではない。
そこにこれだ。大分ショックだろう。
まぁ、普段の定期テストで赤点、もしくはそれに近い点数を取り続けて、その上提出物もそんなにやらないというメンバーだし、甘んじて受けてもらおう。
ただ、郡は違うけれど。
というか、郡は行くのか補修勉強会なんかに。まぁまず来ないだろうなぁ。
月下高校は(自称)進学校だし、留年は出来るだけ避けたいんだろうなぁ。だからこそのこの措置だろう。
「えっと、それから、朝霧君と、篠山さんと、穂積さんと、刃連さんと、夢前君。
今呼んだ5人は、さっき言った5日間、もし出来たら来てくれると嬉しいです。
私は国語系なら教えられますが、その他の教科はちょっと怪しいので、そこのあたりの教師役をお願いしたいです。
あ、もちろん強制とかはしないので。自分の勉強や部活もあるでしょうし」
今度はクラスの成績上位者5人が呼ばれた。これは予想外。
いやまぁ別に成績下位の4人と郡が呼ばれるのを予想してたわけじゃないけれど。
それでもなぁ。
いくら成績が良いからって、別に強制しないとはいえ、普通生徒に教師役なんて頼むか?
他の手の空いてる教師に少し手伝ってもらうとか、らもっと他に色々やりようが…………ん?もしかしてあれってこれのことか?
先週金曜日━━この日から見て先週っていう意味━━に、クラスの友達(木ノ上という男子)からこんな話を聞いた。
曰く、「不破先生が校長や学年主任ら上の人間に頼みごとをして、それが原因で職員室内で少し浮いてる」と。
実際に勉強会が(おそらく異例の形で)開くようになったということは、不破先生は校長や学年主任らに押し勝ったんだろう。
あの先生、若さと元気(それと生徒を想う心)はあるからなぁ。
…………そりゃ浮くでしょうよ、職員室で。
どんな方法で、どんな理屈で頼んだかは分からないけれど、それでも普通は上の人間は折れない。
というか、普通に教師も公務員。そう簡単にルールなんて変えられないし、これでガッツリ上司に盾突いたことになる。
僕は基本的に校長とかの管理職は嫌いだけど、今回ばかりは少し同情する。無駄に行動力のある部下個人の思いつきてみ振り回された件については。
まぁきっと、来年度には不破先生に何らかの形で制裁を加えるんだろうけど。具体的には転勤とか。
「あと、今呼んだ10人以外の人も自由に来て下さい。
時間は朝の9時から12時までの3時間で、お昼はいりません。
補修勉強会の形式は授業ではなく、各自でそれぞれに取り組む形です。休み時間などは特に設けないことにします。
なので、1学期の総まとめをしたい人、苦手科目を克服したい人、夏休みの宿題をしたい人。自由に活用きて下さい。
その代わり、登校する時は必ず制服を着て下さい。当然ですけど」
━━そして、今に至る。
夏休み2日目。場所は月下高校2年5組の教室。時刻は午前11時42分。
まぁ察しの通り、僕は自主的にここに来ている。
ちなみに、他学年はおろか、他クラスも誰も補修勉強会に来ていない━━開かれていないらしい。
それぞれのクラスの担任が、この2年5組のする補修勉強会のことを黙ってたり、「来るな」と言ったのかもしれない。
窓から見えるのは体育館の壁だけだけど、運動部の声も吹奏楽部の練習の音も聞こえるから、誰も登校してないってわけじゃないけど。姿が見えないだけ。