高田忠司の場合 1
午前7時30分、きっかりいつもの時間に起き上がり、洗面台で顔を洗ってから朝食の準備に向かう。
手慣れた手つきで二人分の食パンをトースターに入れ焼きあがるのを待っていると
「おはよう忠司」
「ん、おはよう父さん。もうちょいでパン焼きあがるから」
「ああ、ありがとう」
キッチンに先についた方が朝食の準備を始める、それが我が家のルール。
いつもと変わらない朝の食卓。
学校に行く準備を手短めに済ませて日課のラジオ体操を行い家を出る、
それが幼い頃から規律正しくあれと育てられてきたこの俺、高田忠司のいつもの朝の風景だ。
「おはよう、忠司君」
肩をポンと叩き陽気に挨拶してくる彼女の名は南千枝。
些細なきっかけから一年の頃仲良くなって以来、幼馴染の親友水野雄二を交えて学校帰りに、休みの日にと共に青春を謳歌する仲のいい友人だ。
「ん、おはよ」
「ちょっときいてよー忠司君!昨日ね……」
平和な日常変わらない登校風景、辺りざわりもない世間話、おそらく大多数の人が、全員が、万人が今この瞬間を変わらない毎日をおくっている事だろう。
誰が想像できるだろうか、常識的に考えて起こりえない未知との遭遇が待っている事を。
まるで冒涜的とも言える奇妙な日常が足音を立てずに忠司の背後に迫っている事を。
いつもと変わらないこの時を過ごしている俺は知らない、想像だにしない苦難が待っている事を。
「それじゃあ忠司君また」
「ん、ああそうだ。千枝今日放課後暇?
この間のリベンジ!あれから曲のレパートリー増やしたから、今度は負けないぜー?」
「またカラオケ勝負?無駄無駄、雄二君と束になっても私が勝つからね」
「いいや今日は勝つ」
「よしその勝負乗った!…と言いたいところだけど、今日の帰りは大くんと約束があるの、ごめんね」
「ああ、大くんね…、じゃあしょーがないな」
「この勝負はお預けなり、ニンニン!…じゃあまたね」
そういって可愛らしく戯けてみせた彼女は踵を返し自分の教室へと駆けていく。
はぁー大くんか…二年になってクラスがバラバラになったと思ったらこれだよ。
告白のチャンスはあったんだ!タダシ!なぜ告らなかった!…キサマがモタモタしているから他の男に取られるのだ!…なーんて茶番、頭ん中で繰り広げても後の祭りかぁ…。
その場で自問自答に陥りそうになるのをぐっと堪え、忠司も自分の教室へと向かう。
一目惚れだった、彼女を目にし電撃を浴びたような衝撃を受けたのを忠司は今でも覚えているし、これからもきっと忘れる事はないだろう。
特別かわいい訳ではない、容姿だけで言うならばクラスに最と可愛い子はいた、けれど千枝の事が好きになってしまった。
キレイな姿勢、撫でやかな黒髪、雰囲気、、声色、その全てが絶妙に調和した彼女に忠司は惚れた。
だが悲しきかな進級しクラス離れ離れになった矢先に千枝に彼氏ができた。
玉砕覚悟の突進を行うまでもなく、忠司の恋は静かに幕を下ろしたのだ。
始業を告げるチャイムまで時間がある。
教室内では雑談をする者、ふざけ合う一団、自主勉強を行う者と
2年A組の生徒達は思い思いに朝会までの時間を過ごす。
忠司も例に漏れずクラス内の友人への挨拶もそこそこに自分の机へと向かう。
「おーす、雄二」
「よう忠司!ちゃんと千枝の奴に挑戦状は叩きつけたか?」
「今日は大吾と帰るんだと。勝負はまた今度だとさ」
「ちぇーつまんねーの…あの二人が付き合いだしたのは4月だから~…今月で三ヶ月目かー」
「そうなるな、最初はどうなるかと思ったけども、上手く行っているようで安心したわ」
「んなことより夏休みだよ夏休み!野郎で遊ぶのも良いけどやっぱ彼女欲しいよー俺。
彼女作ろうぜ、人の心配している場合じゃあねぇって!」
彼女か…千枝に彼氏が出来るまでムダに毎日髪型をワックスでバッチリ決めていたりしていたが、
千枝に彼氏ができてからというもののバッチリ決める事は少なくなった。
とはいえ髪型を整える習慣がついてしまったので最低限はセットをしているのだが…
雄二は作ろうと思えば彼女なんてすぐにできるだろう、ザ・平均顔の俺とは違いその整った見た目に加え性格も申し分無しときている。
雄二本人は知らないだろうが一部の後輩には雄二ファンクラブなるものが存在するらしい。
ちきしょう、羨ましい。
そんな他愛もないバカ話を雄二と交わしているとキーンコーンカーンと始業を告げるチャイムが鳴る。
先程までの騒がしさが嘘のようにたち消え、教室に入ってきた担任の先生の言葉に耳を傾ける。
今日も一日が始まる。