消極的自殺志向者の場合
二十歳の誕生日。生きてその日を迎えてしまったのなら愛煙家になることを決めていた。
それは世の流行に逆行している行動だし、僕の育ちからも喫煙者になるのはあまり好ましくないことは分かっていた。
しかし、そんなこと、僕にとっては些細なことだった。
なぜなら、僕は消極的自殺志向を持つからだ。
消極的自殺志向。
その言葉について考える前に、思い出す必要のある言葉がある。
積極的自殺志向。僕が定めたその言葉の定義についてだ。
簡単に表現してしまうならば、年間約三万人のことだ。しっかりと遺書をしたためて、他殺や事故死など、他の死因であるとは疑いようのない形で逝く。もっとも、遺書という要素を除外した場合、更に多くの人が積極的自殺者として計上されることだろう。
さて、積極的自殺志向とはどういうものかの定義ができた。
ならば、消極的自殺志向とは?
その言葉は、常に自然死と誤認されるような自殺方法を考えているような人間を指す。積極的に死を選択するわけではないのだ。
例えば、ごく僅かな量の服毒。だが、体から検出されず、痛みが少ないのが望ましい。そんな薬がお近くの薬局、ドラッグストアで売っていて欲しいと思っている。
例えば、飛び出し。しかし、電車にダイブはもっての外だ。賠償額がとんでもないことになるし、グロい死体を公開して喜ぶような趣味はない。無人で走る、後腐れのない車両はどこかにないものか……。
病気になる、こんなのもありだと思う。僕は法律を無下にするような考えを持っているわけではないので、二十歳の誕生日にタバコを購入。タバコに含まれるニコチンという致死性のある毒を微量ながらも吸収する感覚。喫煙行動はそれに加えて咽頭、肺など、各種がんリスクの向上が伴う。喫煙と同時に解禁されたアルコール類も過剰に摂取すればリスクは向上し、なおのことよい。
その他、各種不摂生。食事は三食摂っているようにみせて、そのカロリー、実に千四百キロカロリー。そんなことでは成人男性が全く動かなくても、自らの命をキープしているだけで自身のエネルギー出納はマイナスとなる。そうすることで、少しずつ弱っていき、ある日、水溶液が飽和するように崩壊を迎える。そんな望みを秘めている。以前に太ることを考えたが、僕はかなり食が細く、それは無理だった。
自転車で無灯火、イヤホンして、かつ携帯電話を注視することは自殺行為だが、そういうのは、ただの馬鹿者がすることで僕の志向とは完全に別件の扱いになる。
やはり、分り易すぎる自殺は世間体が悪い。理想は、痛みがあまり無く、どこにも誰にも迷惑もかけずに消えること。
現状の基本的行動理念は健康を害する行動を積極的に選択していくこと。
このような志向を胸に秘めることになったキッカケはなんだろうか、と、たまに考えることがある。それは恐らく、無数にあったのだろうと思う。
推薦入学試験の面接官が僕の回答の三分の一くらいで背もたれを全力活用し始めた時。
貧乏揺すりをしているタレントを即座に見つけるような観方でテレビを観ていることに気がついた時。
新聞で就職率という言葉を見た時。浪人生活中の身としては、それ以降の経済関連の記事全てが僕を糾弾しているようにすら思えてくる。
自身では最高だと思えるジョークは他人の苦笑いしか生むことしかできない。
公道を走っている無数の意思たちを全く信用ができず、自動車の運転ができないと悟った時。それでも一応、普通自動車免許は取得できている。しかし、この辺りの自動車免許の所持者の割合をみると、そのうち二十パーセントが高齢者なのだそうだ。高齢者とそのすべてを一括りにするのはいかがなものかと思うが、幼い頃に車に轢かれてからというもの、もみじマークのドライバーは信用出来ない。
様々な時に自分はどうかしている、ずれていると気がつく。そういうポイントに気がつくと、同時に消えない小さな傷が胸の中のどこかについている。痛くはないが癒えない、忘れてしまうけどなくならない傷だ。
思考は常に後ろ向きなのだけれど、結局死ねばオーケーと考えているから、意外と普段はヘラヘラと振舞っていられる。
身近な人間への態度として、推奨されるのはクズの演技。
僕が死んだ時に、ゴミが消えてくれてよかったと思ってもらえるように。
数日の間、膝を抱えて、バラエティ番組をクスリともせずに睨みつけているだけで、家族の態度は判りやすく変わった。まあ、今にしてみれば、これはやりすぎだったとも思える。
でも、神様、勘違いしないで欲しい。
別に僕は他人の不幸を望んでいるわけではないし、世界を呪ってなどいない。それどころか、世界に生きる人たちには絶えず幸せでいてほしい。世に訴えかけたいことなんて一つもないし、どうしても我を通したいことなんて、唯の一つも思いつかない。
長く生きたい人は精一杯健康を選びとっていけばいい。そういう人とは違い、僕がそういう志向を持てなかっただけだ。
ただ、健康番組の特集全てを信用している人は不幸だと思う。絶対にそのすべてを二十四時間三食では活用しきれない。ありえないことだが、万が一にも活用していたら、その人の栄養素摂取量は過剰としか考えられない。カルシウムだってビタミンだって取り過ぎたら体調を崩す。
僕は自室のベランダから、県道を挟んで向かいにそびえ立つ病院を眺めながらタバコを燻らせていた。
病院の花壇の前では小学生くらいの少年がはしゃいでいた。
いつもながら、無駄に生命力が満ちている病院だと思う。おそらく、長期入院患者様が少ないためだとは思うが、勤務しているわけではないので定かではない。まあ、でも、ひどく暗い志向の思考をしている僕とは大違いということは分かる。
病院の庭にある花壇から、エントランス、旧病棟へと、左から順に視線を移していく。
そのまま旧病棟をぼけっと眺めていると、視界の端で敷地を闊歩する、修の姿を捉えた。
彼には十年が経った今でも、いや、今だからこそ思うことがあった。
何故、僕は救われてしまったのかと。修は僕を救ってしまったのかと。
そのせいで二名の運命は大きく変質してしまった。
だから、近々僕は修の一方的な行為を邪魔しようと考えている。人には選択肢が与えられるべきなんだ。
修は入院さんと呼ばれ、病院の皆から可愛がられている。なので、僕が直接的に彼を糾弾しても勝ち目はない。それに、そんなことをしても意味もない。
彼は人間の言葉を解するような気もする。だから、過去に祖父が命名した修という人間のような名前が似合っているように思えた。
僕の名前は藤沢拓海。
社会的な立場は浪人生。
血統的には修の飼い主の孫にあたる。……いや、名家でもブランド犬でもないんだから血統って変だよな。
修の為に用意しておいた物が入った買い物袋を手首に引っ掛けて、自室を後にする。
玄関から外に出ると少し風が吹いていることが分かった。もうすぐ九月のカレンダーもめくられて、少し前まで心地良かった風も肌荒れの原因に変わりつつあることを知る。
S市藤沢病院は自宅から県道を横断した先にある。県道といっても車通りがたいして多いわけでもないので、信号や歩道橋などがなくとも簡単に渡ることができる。
順調にいけば、僕はこの藤沢病院の三代目医院長に成るらしい。
僕は問いたい、何をもって『順調』というのか。
現在、僕は浪人生だ。とりあえず、そのことが順調でないことは分かる。では僕が医師に成ることは順調なのか? 誰にとって? 僕の脳はいつもこの世から消え去りたいと考えているのに。
まあ今はいい。まずは僕をこの世に留まるキッカケをくれた、『恩人』に会おう。勿論、修は犬であり『人』ではないのだが。
修の住処は病院の敷地の中で僕の実家から一番近い場所に位置する閉鎖病棟の一室にあった。閉鎖病棟といっても、別に戦慄すべき事件が起こって閉鎖されているわけではないので安心して欲しい。この場所が市で唯一の入院施設を備えた病院だろうが地域拠点病院だろうが何だろうが、人口の減少による過疎には勝てなかったという単純な理由である。皮肉にも、この点だけは僕にとって順調といえることかもしれなかった。経営難の病院の跡取りが、自殺。マスコミ様に映えるだろうと思う。
時刻は十時過ぎ。予約患者様、外来患者様の来院による人の出入りは既に落ち着いていた。もっとも、診察室の忙しさは未だにピークの真っ只中なのだろうが、今の僕には関係のないことだった。
閉鎖病棟の前に立ち、修が出入口として使っている窓を開いて、サッシに手を掛ける。買い物袋を落とさないように気を付けながら、上腕で体をリフトし、部屋の中に侵入する。
修は窓の開いたタイミングで短く吠えた。それは警告の意味だろうと思う。けれど、僕の顔を確認すると、すぐにすました表情に切り替わった。それは彼の普段の表情だった。
「ハロー、修。元気かい?」
修は僕が侵入したときよりも高い音で長く吠えた。元気、ということみたいだ。
「今日は君にプレゼントがあるんだ」
僕は、そう前置きをして買い物袋からリード紐と犬用の翻訳機を取り出した。
リード紐が視界に入ると、修は僕に警告するように短く吠えた。
僕なりに翻訳すると『俺は縛られないぜ』といったところだろうか。
そんな態度の彼に対して、僕は言い訳を開始する。
「いやいや、これで修を何処かに繋ぎとめようというわけじゃないんだよ。今日は僕とお散歩に行こうよ。君、首輪はついているけれど、紐がついていないだろう? 人間と散歩するのに、紐無しだと、あまり良いとは言えないよね?」
やけに饒舌な僕の言葉に、修は低く唸った。
たぶん、僕の意見に納得がいかないらしい。
まあ、それもそうだ。今まで修は勝手に出歩き、勝手に患者様を連れて帰ってきていたのだろうから。なのにリード紐を付けるなんて、今更もいいところだ。
「僕やうちの家族、それに病院のスタッフさん達は、君がとても賢いことは知っているよ。ああ、あと、君が病院に引っ張ってきた人たちもね。でもほら、そのことを街行く人は知らないだろうし、お願いだよ」
僕は修に近づく。
彼は首を傾げた。僕にはその仕草が、リード紐の許可と共に、ため息のようなものだと感じられた。『最悪だが、仕方ない、付き合ってやる』といったところだろうか?
「おー、すまないねぇ。付けさせてもらうよ」
首輪の紐を取り付ける部分は少々ガタがきていた。はて、うちの家族で修の散歩を積極的にしている人って、いただろうか?
リード紐を取り付けるタイミングで、用意しておいた犬用翻訳機も一緒に首輪に取り付ける。最近、新たに発売された犬用翻訳機は一昔前にイグノーベル賞を受賞した時よりも、かなり精度が高いという触れ込みだった。こいつを使うことで修とのコミュニケーションがより円滑になればいいと考えていた。
「――これで、よっし。修、吠えてみて」
修が吠える。
首元の翻訳機の表示を確認する。
『不快』
翻訳機によると、修は少し怒っているようだ。
確かに、彼がリード紐を付けられるようなことを好まない性格であることは数年間の付き合いで分かっていた。
「まあまあ、今日は我慢してよ」
修は吠えなかった。それでは翻訳機も反応の仕様がない。とりあえずは『容認』ということでよいのだろうか。それとも『無言』という反抗だろうか。
ひとまず、容認ということにしておこうと思った。
では早速、お散歩にでかけよう。
僕は一旦、修を持ち上げて、サッシに置く。
「はい、外に出て」
彼は華麗に窓から地面に着地した。
続いて、僕もサッシに手を掛ける。その際、リード紐を手から放してしまった。しかし、修は走りだすこともなく、僕が窓の縁からアスファルトに着地する様子をジッと見ていた。
「君が賢いことの証明のつもりかもしれないし、そのことはわざわざ証明されずとも重々承知しているけど、リード紐は外さないからね」
『不快』
彼は鼻を鳴らして、一つ吠えた。




