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春を待つ人たちに誰かが語った物語

作者: remono

 寒いね。帰らない? そう呟いて目の前の友達はその場に座り込んでしまいました。僕は空を見上げます。ちらちらと白い雪が舞い降りあたりは灰色に染まっています。僕は小さくため息をつきました。もう冬の日が続いてどれくらいになるでしょうか。いつもならとっくに春になっている頃なのに。冬はいつまでも終わることがないように続いています。

「うん、もう帰ろう」

 その言葉に友達も立ち上がり、僕たちは村の中心にある小屋に帰りました。冬の間子供達はここ一カ所に集められているのです。そこは僕たちが帰るともう、ぎゅうぎゅう詰めの満席でした。

「おお、寒かったろう。さあさ、暖かいスープをお飲み」

 長老の一人のおばあさんが早速暖かいスープを勧めてくれます。僕は雪を落としながらおばあさんに尋ねました。

「ねえおばあさん。この冬はいつまで続くの?」

 おばあさんは困ったよな顔をしましたが、やがて安心させるように言いました。

「そうねえ。いつまでかしら。でもきっと春は来る。来るんだよ」

「どうして。そんなことがわかるの」

「それはね……昔と違って季節がきちんと巡るようになったからさ」

「昔と違って?」

「昔はね。季節はもっとめちゃくちゃだったのさ。春の後に秋が来たり、冬の後に秋が来たりとね」

「そうなの?」

 僕の言葉におばあさんはうなずきます。

「ああ、本当さ。だけど今はみんな季節の姫にはそれぞれ帰る場所があるのさ。特に冬の姫にはね」

「帰る場所?」

 僕が尋ねるとおばあさんはうなずきます。

「そうさ、大事な、帰る場所がね」

 僕はスープを受け取って床に座ります。お話が始まる。それを感じて他の子供達も話を聞きたがって集まってきます。おばあさんは集まってきた子供達を見つめると静かに語り始めました。それはこんな物語でした。


 北以外の三方をそれぞれ大きな国に挟まれた小さな王国がありました。そこは永遠を生きる四人の美しい姫が季節を(つかさど)る国でした。春、夏、秋、冬。姫君は思い思いに城に入り、そこでお過ごしになることで王国にそれぞれの季節をもたらします。

 しかし代々の天文長官が作る(こよみ)こそありましたが、いつまで、誰が、季節を司るお城に入るとは決まっていなかったので、王国の季節はめちゃくちゃでした。それで王国の国民はいつも苦労していたのでした。今年もほら、(こよみ)にうるさい当代の天文長官が大臣と問答をしています。


「冬の姫はまだ城からお出にならないのか?」

 雪のような眉をした大臣相手に天文長官はいらだっていました。二人が話しているのは宮殿から城へと続く大きな橋の上。大臣配下の近衛兵の手できれいに雪が除かれたそこに今も空からたくさんの雪がちらちらと舞っています。もう半年、いや九ヶ月、この国では雪が降り続けているのです。

「もう春の姫だけではなく夏の姫も控えにお越しなのだぞ!」

「はて、そう言われても、困りましたなぁ」

 本当に困っているのか大臣はおどけたように言い、それが天文長官の勘にますます障ります。

「秋の姫も避暑地よりすでに出立したとの報告も受けておる。もっとも夏が来ないせいで避暑どころではないそうだが」

「さようですか。しかし夏の来ない避暑地はさぞお寒かろう。秋の姫君はなぜ避暑地などに?」

「それがきまりだからに決まっておろう!」

 大臣の言葉につんざくような怒号を上げて天文長官は怒鳴りました。それにつられて遠くで積もった雪がドサリと落ちます。それでも大臣は気にした様子もありません。天文長官に言います。

「やれやれ、決まりとはまことにやっかいですな」

「そうだ! 決まり事なのだ! 本来の季節の巡りもそうだ! 冬の次は春が来て、夏、秋と巡る。そうしてまた冬がくる! それが国の正しい季節の巡りなのだ! 早急に冬の姫には城の外に出てもらわなくては」

「そんなにせかされましても。冬の姫君はここから出たくないとおっしゃっております。それに……」

「それに?」

「長官の持っている暦の上ではもう秋が迫っております。春、夏どちらの姫君を城にお迎えすれば良いか」

「~~~~~~!!」

 天文長官が怒りのあまり言葉に詰まり、それを知りながらさらに雪のような眉を上げて大臣は言葉を続けます。

「それとももうすぐ来られるという秋の姫君をお待ちになられますかな?」

「もう良い!」

 天文長官は大臣を一喝するときびすを返して控えの宮殿へと戻っていきます。それを見送ると大臣もため息をつき、ゆっくりと背中を向けると季節を司る城へと戻ります。その大臣の肩には彼なりの疲労の色が見えるのでした。


「大臣め、話にならん!」

 控えの宮殿に戻った天文長官が机をドシンと叩くとそばで様子を窺っていた春の姫も夏の姫もびっくりしたように顔を見合わせました。天文長官は椅子に座りしばらく考え込んでいましたが、やがて思い切って春と夏の姫に向かって言葉を発します。

「このままでは国民に示しがつかぬ。窮乏の報告はあちこちから届いておるのだ。中には冬の姫を討ち果たそうという計画まであるという。まったく、いかがなものか」

「私達の妹を討ち果たすなど、めっそうもない」

「それにそうしたらこの国に冬が来なくなってしまいます。ええ、二度と」

 そばにいた優しい春の姫と健やかな夏の姫が口々にいいました。天文長官もうなずきます。

「さよう、冬もある程度の期間は来なければならない。けれどそれは適度な場合だ! 今回の冬の姫のわがままにはさすがについてはおられない! こっちは国民の命がかかっているのだ!」

「さようですか……でも……」

「それはわかっておりますが……」

 二人ともしどろもどろに言います。そうです、春の姫も夏の姫もいままでまともに暦を守ったことなどないのでした。

「しかしこんなに長く冬の姫が季節の城に居座るとはこれまでにないことだ」

「さようでございますわね」

「よもや、あなた方は冬の姫がこんなに長くお城にとどまっていられるのかご存じなのではありませんか?」

「それは……」

 口ごもる姫君に向かって天文長官は身を乗り出します。

「ご存じなのですね! でしたら速やかに冬の姫を季節の城から追い出していただきたい!」

 天文長官の剣幕に春の姫と夏の姫は口ごもります。

「お待ちください。せめて、せめて私たちの妹の秋の姫が来るまで待ちましょう」

「そうですわ。それに私たち四人がそろうなんてことめったにないこと。姉妹四人で話し合う場所が欲しいのですわ」

「しかし……」

「どうか、どうか、お願いいたします」

「もう少し、もう少しの間だ。長官にも国民にも苦労をかけるがこらえてくれ」

「うむむ……」

 春の姫と夏の姫の必死の懇願に天文長官は言葉を飲み込みます。そうして恨み深げに季節を司る城の方を見上げるのでした。


 一方こちらは季節を司る王国のお城の中。冬の大臣はつらそうに玉座にお座りになる冬の姫に呼びかけます。

「姫」

「……」

「姫!」

 返事がないので鋭く言うと冬の姫は横目で大臣を見ました。姫にはそれが今の精一杯だったのです。

「なにかしら、大臣?」

「今日も天文長官にどやされましたわい」

「そう、つらい思いをさせるわね」

 冬の姫のねぎらいの言葉に大臣は頭を垂れ、言いました。

「本当につらい思いをしているのは姫君自身でございます」

「……。ねえ大臣、最後の姉様はいつこちらへつくのかしら」

「秋の姫君ならば、たしか、天文長官が言っておりましたな。もうすぐこちらへ来るでしょう」

 大臣の言葉に冬の姫は弱々しく頷きます。

「ありがとう、お願い大臣、それまでなんとか私をこの城にとどめておいてちょうだい」

「承知しております。姫のよろしいままに」

「ああ、少し疲れたわ」

「長くこの城にとどまっておりますからな。この城は姫達の力を奪います。ですがもうすぐ終わるでしょう」

「そうね。もうすぐ終わる。きっと全てが」

 そうして冬の姫は玉座に深く座り直すのでした。


 穏やかな秋の姫君が控えの間に到着なされました。

「これで季節の姫が一揃いということかしら?」

 春の姫が言いました。

「ではさっそく妹と話し合いの場所をつくろう」

 夏の姫が言いました。

「これで解決になれば良いのですけれど」

 到着したばかりの秋の姫は不安そうにいました。

「解決しなくては困る」

 天文長官は難しい顔をして言いました。そうして天文長官と大臣との間で話がまとまり、季節のお城で姫君様の会合がお城の中で始まりました。


 すっかりやつれてしまった冬の姫を見て三人の姉君は口々に言いました。

「まあ、私のかわいい妹、すっかりやつれてしまって」

「私は平気です。春の姉様」

「しかし長く玉座に座るのは実につらいことだっただろう。妹よ」

「いいえ、夏の姉様、苦労なといとわいません」

「ごめんなさいね。私があんなことを言わなければ」

「いいのです、秋の姉様。すべては過ぎたことです」

「姫、差し障りなければ教えてたいただきたいのですが、あんなこととは?」

 天文長官が言うと秋の姫君は少し迷っていた様子ですが、やがて覚悟を決めたようにうなずくと言いました。

「はい、実は私、秋の姫はその実りをもたらす力のために東の隣国の王子から求婚されたのです」

「それはまことですか!」

 天文長官はびっくりして言いました。

「はい、けれどそうしたらこの国に実りの秋はなくなってしまいます。しかし隣国の要求は強く、私を雪が溶けるまでに渡さないなら、この国を攻め立てると」

 秋の姫の言葉にまわりがどよめきます。

「私は季節変わりの時にこの冬の姫――この妹と相談いたしました。ならば妹はこの国を雪で閉ざそうと言いました。この国に春さえ来なければ隣国は攻めてこられないと」

「そうしてこの国は冬と雪に閉ざされたのか……おっしゃっていただければ」

「言ってどうなるものでもありません。それに、私はこの国を争いに巻き込みたくなかった」

 冬の姫は弱々しく言いました。

「しかし季節の巡りと実りがなくてはこの国で暮らす国民が納得しますまい。そんなときのために我が国には近衛兵もおります。命令があれば敵を迎撃いたしましょう」

 天文長官は言いますが脇から大臣が待ったをかけました。

「待った、天文長官、わしからも話が」

「なんですか大臣、話とは」

 話の腰を折られて不機嫌になった天文長官が大臣をにらみます。当然のとこながら大臣は気にした様子もなく言いました。

「実は春の姫君も夏の姫君もそれぞれ西、南と、別の隣国の王子達にそれぞれの力を見込まれて求婚されているのじゃ。雪が溶けて春が来れば我々はいっぺんに三つの国と争いごとをしなくてはなりませぬ」

「なんですと!」

「さすが近衛兵が強くても三つの国にいっぺんに攻め立てられればこの国は持ちませぬじゃろう」

 それにそんなに我々は強くないわい、と言いたげに大臣は天文長官に言いました。天文長官もさすがに三つの国を相手にする無謀さは持ち合わせておらず、言葉を詰まらせます。

「むむむ、ではどうすることもできないのか!」

 その言葉に冬の姫が弱々しくうなずきます。

「はい、それに、私、冬の姫だけがこの国に残っていても同じことなのです。姉たちがいなくなれば、この国には延々と冬が続く、そんな寒々しい国になってしまいます」

「さよう、言うなればこの国は八方ふさがりなのですじゃ」

 大臣のあきらめたような言葉に天文長官は叫びました。

「ですが、こうして滅びを迎えることが得策とは思えません!」

「案はあります」

 天文長官の言葉に息も絶え絶えになりながら、冬の姫が言いました。

「姉様たちは隣国に嫁げば良いのです。そうして私だけが消えればいい」

「この国に季節はなくなりますが、そうすれば、誰一人死ななくてすみます」

 冬の姫の言葉をその他の季節の姫が引き継ぎました。

「今日は、お見送りの日なのです。だから私たちは集まったのです」

「妹を失うのは悲しいですが、これも王国のためを思えばこそ」

「私たちも王国のために心を殺して他国へ嫁ぎましょう」

 それぞれの季節の姫君は心痛な表情で冬の姫を見つめます。それをみて冬の姫は弱々しく、しかしどこか満足そうにうなずかれました。

「姉様がた、お見送りをありがとう。今日は顔を拝見できて本当に良かった……」

 感慨深げな冬の姫の言葉に今度は天文長官が口を挟みました。

「待った待った! 冬の姫、誰一人犠牲とならないとはまちがいだ。冬の姫、そして冬という大事な季節を王国は失ってしまう」

「ですが、この国の北には寂れた大地以外は何もない。冬の姫をもらってくれる国などないのですじゃ」

 大臣の言葉に天文長官は遮るように叫びます。

「いやあります! 私が冬の姫の夫となりましょう!」

「なんと天文長官。本気か?」

 大臣が言うと天文長官が自分の考えをとうとうと述べ始めます。

「はい、そうして私たちは北の国境を越えて誰一人住むもののない大地に赴きましょう。そこで私はずっと冬の姫と過ごしましょう。もとより寒い地に赴けば冬の姫も力を取り戻しになられるでしょう。隣国に嫁ぐ姫君達も季節の番をする三ヶ月の間だけは王国に戻してもらうように交渉いたしましょう。そうすればきっと王国にとって全てがうまくいくでしょう」

「たしかにそれができれば妙案じゃが……、姫君方、いかがいたしましょうか」

 大臣が天文長官の提案について季節の姫君に尋ねました。

「四人がいっぺんに結婚するなんて素晴らしいことですわ!」

「それに三ヶ月だけこの城に戻るというのもすてきよ!」

「ああ、もしもしれがうまくいくのならたいへん結構なことです」

 春夏秋の姫君が口々に安堵の言葉をおっしゃります。けれど冬の姫の言葉は冷たいままでした。

「姉様方、そこに、その結婚に愛がないというのにですか?」

 そしてこう続けました。

「私は、打算まみれの結婚や交渉ならばいっそ消えてしまった方がまし!」

 冬の姫君の言葉に他の季節の姫君は口々に彼女をなだめます。

「ああ、愛しい妹よ。そんなさみしいこと言わないで。生きていればきっと幸せなこともあるわ」

「そうだぞ、何より生きていなくてはまず国民(くにたみ)に迷惑がかかることも忘れるな」

「それにきっと天文長官さんとあなたはお似合いのカップルになりますわ」

「いいえ、私は冬の姫。だれからも愛されない! この天文長官も私が好きなのではなく、季節を守りたいがための口先だけの言葉! そんな言葉に私は惑わされない!」

 姉たちの言葉に顔を背ける冬の姫に天文長官は近づき礼をして言いました。

「冬の姫はさとい方。この結婚に愛がないことは承知ずみ。たしかに私は天文長官。季節を守るのがその役目。それは冬の姫の言うとおり」

「……」

 無言でたたずむ冬の姫に、天文長官は一歩、踏み出します。

「ですが、一生をかけて私はあなたを愛しましょう。愛するように努力いたしましょう」

「……」

 天文長官はさらに一歩前に出ます。

「どうか、私の求婚をお受けくださいませ。冬の姫!」

「……」

「どうか!」

 そうして天文長官は礼をして動かなくなりました。それからどれくらいたったことでしょう。

「……ふぅ」

 そんなため息が冬の姫の口から漏れました。天文長官の熱意に冬の姫の根気もようやく折れたのです。

「……私が生きていて良いことなど何もないと思うのですけれど。あなたがそういうならしかたがありませんね」

 その言葉に周りからわぁと安堵の歓声が上がり、そうして春夏秋の姫は隣国の王子と、冬の姫は天文長官と結婚することになりました。


 それからは四人の姫がいっぺんに結婚なさるというので王国は四季がいっぺんに来たような大騒ぎでした。事実四季はいっぺんに来たのです。姫君は代わる代わるお城に入り、雪はずんずん溶け夏が来て作物はぐんぐん育ち、実りの秋にはいつもと変わらないくらいの収穫を王国は得ることができたのです。交渉もうまくいきました。姫君は三ヶ月の間だけ王国のお城に帰って職務を果たすことをを許されました。王子達もお会いしてみたらそれぞれ姫君のお気に召すような立派な方々で、春夏秋のそれぞれの姫君はこの結婚を密かに喜ぶようになりました。

 何から何までうまくいっているように見えましたが、心寂しいのは王子ではなくただの天文長官と結婚する冬の姫でした。けれども喜ぶ三人の姉を前にすると自分の気持ちを前に出すことなどできなくて、冬の姫は大変つらいと思うようになっていました。

「やはり私など消えてしまえば良いのかもしれません」

 その言葉に不器用な天文長官は頭を下げて機嫌を直すように言うばかりでした。

 結婚式も寂しいものでした。ほかの姫君には隣国の贅を尽くした料理や品物が並ぶのに冬の姫と天文長官の夫妻の前には何も置かれませんでした。たぶん内心国民は長い冬をもたらした冬の姫のことを恨んでいたのです。一人だけお祝いの言葉も品物も少ない中で冬の姫は必死につらさに耐えておりました。

「品物やお礼が幸せを約束するわけではないよ」

 天文長官はいまや妻となった冬の姫に言いますが冬の姫は虚ろににうなずくだけでした。


 結婚式が終わりました。みなそれぞれの国へ向かいます。春の姫は西へ。夏の姫は南へ。秋の姫は東へ向かうところでしたが、季節の番がまだあるので王国にとどまりになられました。そして冬の姫は北へ。他の姫君は大勢の従者に(かしづ)かれているのに、冬の姫には従者も行く先に住む人もなく、ただ夫となった天文長官だけをおそばにつれて旅立ちました。

「気ままで良いじゃないか」

 天文長官は笑って言いますが、冬の姫にはこれはやはりつらいことでした。

「ああ、なにもかもつらいつらい、つらくて惨めで仕方ない! いっそのこと、この夫を殺してしまおうか。そうしてこの国を本当に冬だけの国にしてしまおうか」

 冬の姫は心の中で思いました。

「姉様方もあっさり王子達と恋に落ちて、ずるい。そうして私にあてがわれたのは惨めな天文長官、こんな男と私が恋に落ちるはずがない」

 しかしそんな思いは表に出すことなく、姫は結婚してからも、一年のうち三ヶ月の間だけお役目を果たし、そうして季節の番が終わると天文長官が一人待つ北へ一人で帰って行くのでした。


 やがて季節の姫達にはそれぞれかわいらしい子供達が生まれました。けれど冬の姫と天文長官の間にだけは子供が生まれることがありませんでした。


 季節の姫君は年をとることはありませんでしたが、天文長官は違いました。やがて老いて死んでいきます。老いていく自分の夫を見ながら冬の姫は実は心の中でほっとしていました。

「やっとこのつまらない男から、解放されるわ」

 けれど解放されてからどうするか、冬の姫は何も考えていないのでした。


 やがて天文長官は死にました。そうして北の大地に、冬の姫は一人で取り残されました。

天文長官が納まった氷の棺の前で、冬の姫は恨み深げに言いました。

「一生かけて愛し続けるとおっしゃったのに。結局あなたは嘘つきだったのですね」

 返事はもちろんありません。それでも冬の姫は孤独に季節の仕事を果たし、孤独に生きていきました。


 ながいながい年月がたちました。いつしか冬の姫が語る言葉が変わっていました。

「ねえ、どうしてあなたは私と二人きりで平気だったのかしら」

「私が仕事をしている三ヶ月の間、あなたはひとりぼっちで何を思っていたのかしら」

「どうして何も言ってくださらないのですか」

「どうして私たちはもっと話をしなかったのですか」

 そんなことを言いながら季節の仕事のないときはずっと氷の棺の前で、冬の姫は過ごします。そうして恨み言を言い続け、物言わぬ天文長官はそれを聞き続けます。


 もうずっとずっとそうしています。人が生きるよりも、それはずっと長く。そうして他の季節の姫達が、その役割を忘れ、季節の城にくるのをおそろかにしても、冬の姫だけは毎年かっきりやってきて、そうして毎年北へ帰るのです。


 だって、冬の姫には北の国に、いつまでも待っている愛しい人がいるのですから。


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