第一話 開幕
戦闘描写難しい(白目)
『ありがとうありがとう、赤の13。いい死にっぷりだったぜ! 欲を言うなら、後1分耐えてくれたら俺の予想的中で晩飯が豪華になったのに! まったく使えない豚野郎だ! HAHAHA!
さあて次の試合は赤の14! これが今日最後の新人戦だー! なんだが、んー、こいつ大丈夫なの? 情報じゃチビだしヒョロイしどうなのこいつ?
まあいいや。えーと、とりあえず一番人気は5分。妥当じゃね、こいつ弱そうだし。逃げ回りゃそれぐらいで逝けるだろって感じかな。ちなみに、オレは1分に賭けた! つーわけで、ソッコーでブッ殺されろよ赤の14!』
あまり外道過ぎて、いっそ潔さすら感じる実況に耳を傾けながら、明かりに照らされた暗い通路から歩き出る。
そこは円形の闘技場だった。それを上から眺められるように階段状になった観客席がずらりと囲っている。まるで、ローマのコロッセオだ。
1歩踏み出せば、歓声が沸き起こる。
もちろん、応援じゃあない。
早く死ね、派手に死ね、5分は持たせろ、俺は10分に賭けたんだ。
つまり、早く死に様を楽しませろ、とそういうやつだ。
ちらりと後ろを見れば、入ってきた通路は鉄柵の扉で閉じられている。
後方に逃げ場はなし。観客席に逃げようにも、そこは今立っている場所よりも4メートルは高い。よしんば、壁をよじ登ったとしても観客に叩き落とされるのがオチだろう。
つまり、勝つしかないのだ。
『さーて、赤の14のお相手はっと、
えーと、ゴブリン! ゴブリン3匹が赤の14のお相手だ!
戦いの“た”の字も知らなさそうなヒョロチビが一体どう立ち向かうのか!
さあ、みんな楽しませてもらおうぜ!』
実況に応えるかのように向かい側にある鉄格子が開く。
そこから出てきたのは、3匹の異形だった。
小柄で背丈は130cm程度だ。ただ可愛げなどはまったくない。痩せ細った体、薄汚れた緑色の肌、醜い顔、ボロ布を身につけ、妙に長い手は棍棒を握っている。
そして、嗜虐的な色をみせるように愉しげに嗤っているのだ。
「ハッ、嬲るのは自分達だ、ってか。いい度胸だよブッ潰す」
強気なセリフを吐き捨ててはみたものの、たいしてこちらの装備だってそんなに変わりはしない。武器は棍棒で、防具はない。しいて言うなら、身に纏う貫頭衣と首に付けられた奴隷の首輪ぐらいだ。一番硬そうなものが首輪な時点でお察しである。まるで気休めにもなりゃしない。
残るのは、クソ親父に叩き込まれた技術と鍛えた己の肉体、そして負けたくないという意志のみだ。
大きく息を吸い、ゆっくりと吐き出す。
体が震える。だが、怯えや恐怖じゃない。
武者震いだ。そして、あんな畜生風情に嘗められているということに対しての怒りだ。それらを燃料に心を燃やしていく。
すでに向こうはプレッシャーをかけるかのようにジワジワと距離を詰めてくる。
棍棒を握り直し、一歩踏みしめる。
問題ない。いつも通り体は過不足なく動く。
ならば、慌てる必要もない。心も落ち着いている。焦らずじっくり戦いを進めていける。
右側を前に半身になって左手で棍棒を構え、やつらと同じようにゆっくりと距離を詰めていく。
『おっと、ガタガタ震えるか半狂乱になって突撃するかと思ったが、予想を外した静かな開幕だ!
おいちょっとこれじゃ1分無理じゃねえかクソ!』
距離20。3匹がこっちを囲むように左右に広がり始める。ここで飛び込めは囲まれて袋叩きだ。1匹を相手にしようとする間にもう1匹に襲われるだろう。もっと距離を詰めないといけない。
距離15。まだ遠い。少なくとも、最初の攻防で1匹は削らなければならない。そのためには、この距離は遠すぎる。
距離10。もう少し。数で負けている以上、戦いの流れは強引にでも引っ張りこまなければならない。まだ仕掛けるタイミングには届かない。
距離8。あと1歩。そこで勝負を仕掛ける。棍棒を握る手に力が入る。
互いに1歩分距離を詰めるが、まだ棍棒の間合いには1歩分届かない。
だから、ここで仕掛ける。
大きく振りかぶり、
正面にゴブリンの頭目掛けて全力で棍棒を投げつけた。
『ここで棍棒を投げたー! これは試合も投げちまったかー!?』
回転しながら迫る棍棒に、ゴブリンが目を見開いて動きが一瞬硬直する。それでも、必死に両腕で顔面を守ることには成功していた。頭を庇った腕に阻まれて、棍棒は頭には当たらない。棍棒が当たった腕に痛みはあるだろうが倒すには至らなかった。
だが、十分だ。正面にいたこいつは腕が邪魔でこちらが見えていない。左右のゴブリンが追い付くまで少しだけ時間がある。棍棒を投げると同時に走り出していれば、目の前には隙だらけのマヌケが1匹いるのみで邪魔は入らない。
ようやくこちらに気づくがもう遅い。左手で頭まで持ち上げられた右手を棍棒ごと掴み、走る勢いそのままにみぞおちに膝を叩き込む。
グゲッと汚いうめき声を上げて小さな体が浮かび上がる。
まだ手を放さない。もう少し役に立ってもらわなければならないのだ。
強く左手を引いてやればゴブリンの体がこちらに引っ張られ、こちらの体もほんの僅かに引き寄せられる。そうしてできた動きの流れに逆らわず、むしろ自分から乗りながら掴んだゴブリンと自分の体の位置をクルリと入れ替える。
そうすれば、ようやくこちらに追い付き棍棒を振り下ろそうとするゴブリンどもとの間に、即席の肉の壁が出来上がる。
棍棒が肉壁の右腕と首筋に振り下ろされ、堅いモノをへし折る音が鳴り響く。この身を守り肉壁はその使命を全うしたのだ。
君の勇姿は忘れない、今だけは。
『こいつは巧い! まさかまさかのゴブリン同士での相討ちだー!
武器をぶん投げたときは、こいつ死んだ、とかマジで思ったが、見かけによらずこのヒョロチビ結構やるぞー!』
「サンキュー肉壁ぇぇ!」
その感謝の言葉とともに、右側のゴブリンに向かって肉壁を押し付けるように蹴り飛ばす。役目を終えればこんなものはただのデッドウェイトだ。早々に捨てるに限る。もちろん、肉壁に手放させなかった棍棒を奪い取るのも忘れない。
ゴブリンが肉壁にのし掛かられるように転がっている。肉壁を押し退けて立ち上がるまでまた時間を稼ぐことができる。
残りの1匹に目をやれば、仲間を殴らせた怒りで頭に血が上ったのか大した狙いもつけずに棍棒を振り回してくる。
大振りで狙いも甘い。適当に捌いて嗤ってみせれば、さらに頭にきたのかさらに大きく振りかぶる。
どこかに当たればいいとでもいうように、横凪ぎに振り抜いてくる。避けにくい攻撃だ。横凪ぎ故に左右にはかわしにくい。ゴブリンの背が低いためしゃがんで避けることも難しい。
だから跳んだ。ゴブリンの肩に右手を載せて、そこを基点に逆立ちするように体が跳ね上がる。天地が逆になり、頭の上にゴブリンの頭がくる。
そこにあるのは、ブッ叩いてくださいと言わんばかりに無防備な後頭部だ。
「オッラァァ!」
だから、容赦なくブッ叩く。全身でバランスを取りながら左手の棍棒を打ち下ろせば、そこにはゴブリンの後頭部。鈍い音とともに芯を打ち抜いた手応えが返ってくる。
背中を丸め足から落ちる。全身で着地の衝撃を分散させほとんど音もなく着地に成功する。
ドサリと背後でゴブリンが倒れ伏す。
動きはない。手応えを信じるなら最低でも意識はもぎ取ったはずだ。
『なんとー! なんとゴブリンを飛び越えたと思えば、頭に一発叩き込んでいたぞ! まるで曲芸だ! ただのヒョロチビかと思えばやるじゃないか赤の14!』
チビチビうるさい。これでも日本人の平均身長はちゃんとあるんだよ。連呼すんな。煩わしい。
残り1匹に目を向ければ、ようやく肉壁を押し退けて立ち上がったところだった。
こちらに向けて棍棒を構える。つまり、まだ戦うということだ。武器を捨てないということは、そういうことなのだ。
ガタガタ震えているが、まだ諦めてはいない。恐怖も怯えもあるが、未だに目は死んでいないのだ。
諦めの悪いやつは嫌いじゃない。むしろ、好ましいとすら思う。
まあ、だからといって加減はしないが。
「さて、ラストひとつだ」
油断はしない。足掻こうとするものは怖い。気を抜けば足下を掬われることだってあり得るのだ。
故に確実に潰す。
棍棒でいつでも殴れるように警戒しながら近づいていく。
ゴブリンは逃げない。逃げ場がないことはこいつも理解しているのだ。待ち受けるように、棍棒をじっと構えている。
じっくり距離を詰める。
そして、間合いに入り棍棒を打ち込もうとした瞬間、ゴブリンが動く。
「アッギャァ!」
雄叫びとともに投げられた棍棒が飛翔する。
狙いは頭部。ご丁寧に回転までかかっているため、首を捻るだけではかわせない。
故に、棍棒で弾く。突っ込んできているゴブリンの邪魔になるように足元へ弾き落とす。
弾かれた棍棒に驚き、ゴブリンの動きが一瞬鈍る。棍棒を無理にかわそうと体勢が崩れていく。そして、体勢を立て直した頃には、
その時間でこちらも棍棒を構え直している。
「ギギグァ」
「危ねぇな。でも、これで終わりだ」
悔しげに呻くゴブリンに棍棒を振り下ろす。
ゴブリンは避けようとも防ごうともせず打ち据えられ、バタリと大地に沈んだ。
その瞬間、一気に歓声が沸き上がる。戦いを讃える声、賭けに負けて罵倒する声、様々な歓声に闘技場が包まれていく。
『決まったぁぁ! 勝ったのは、なんと赤の14!
負けが濃厚と思われたが、終わってみれば圧勝だー!
まさかのヒョロチビがゴブリンを叩き潰したぞ!
こいつはこれからが楽しくなってきた!
これからも楽しませてくれよ、赤の14!』
実況が試合終了を告げている。つまり終わったということなのだろう。
ガチャンと音がして、入ってきた鉄格子が開いている。どうやら、本当にこれで終わりらしい。
振り返り、倒れ伏すゴブリン達にチラリと視線をやる。
今回は上手くやれたが、あそこに倒れていたのは自分自身だったかもしれないのだ。
そう考えてしまうと、戦いで暖まった体をの芯が一気に冷やされた感覚になる。
勝つしかない。この都市から出るためには勝つしかない。その実感が心に刻まれていく。
頭を振って、熱の籠った息を吐き出す。下手な考えを叩き出すように大きく息を吐く。
いつまでもここにいても仕方ないと歩きだす。もう振り返らなかった。
鉄柵の扉を通り、暗い通路を歩き、自分に割り当てられた薄暗い牢屋へとたどり着く。中には2人の人間がいる。同じ牢屋を割り当てられた者達だ。すでに1人は戻ってこなかった。
自分の寝床へと倒れ込む。固い床に藁を敷きその上に布を1枚重ねた雑な作りで、寝心地も最悪な代物だ。それでも、寝転がればスッと瞼が重くなる。
どうやら自分が思っている以上に疲れが溜まっているらしい。
当然といえば当然だ。クソな親父との組手は何度もやってきたが、実戦は初めてだった。その緊張で肉体以上に精神に負担がかかっていたらしい。
休める時にはきちんと休む。その教えを守るために、意識を包みこんでいく睡魔に身を任せる。
目を閉じれば、瞬く間に眠りに落ちていく。
夢を見た。
クソな親父と喧嘩している夢だった。
もう2度と叶わないクソみたいな夢だった。
とりあえず、鈍器振り回す系主人公。
そして、ゴブリンにも手を抜かず身体能力で押し潰す系主人公。
ふむ、これはいったい誰得主人公なんだろうね?