決着 ~悪夢の終焉~&エピローグ
「やったのか?」
少年が倒れた"黒尽くめ"を遠巻きにして見る。
5分過ぎ、10分過ぎても起きないことで、彼の胸にだんだん生還できた喜びと友の仇を討てた達成感がこみ上げてきた。
「やったぞ! 俺は遂にやったんだ! アイツの仇を取ったんだぁ!! ……あ、あれ?」
諸手を挙げ喜びをあらわす少年だったが、体力がもう限界だったのだろうガクッとその場に膝を突いてでしまう。
「どうしたんだろ、足に力が入らないや。それに何か眠たくなってきたよ……。でもまぁいいか、アイツの仇は取ったんだし、ちょっとくらい寝ちゃってもいいよね……」
膝を突いたまま頭を垂れる少年、その耳に何かを引き摺るような音が入ってきた。
「え?」
音がする方へ顔を向けた少年は、みるみる絶望の色に染まっていく。
少年の視線の先には、倒れたはずの"黒尽くめ"が立っていた。しかも額に釘を刺したままで。
やがて"黒尽くめ"は少年の方を向いてニタリと笑い、何の痛痒も感じないのか額の釘を思いっきり引き抜く。
自分の額から引き抜いた釘を右手に迫る"黒尽くめ"の前に、少年は体力の限界と死の恐怖に囚われ動けなくなってしまっていた。
「ヌ・カ・ニ・ク・ギ~」
"黒尽くめ"は動けない少年の肩を掴み、あの嫌らしい笑みを深め右手を振り下ろす。
振り下ろされる右手に死を覚悟した少年は、自分の額に迫る釘をまるで他人事のように見ていた。
「"縛"!」
しかし釘が少年の額に突き刺さる寸前、"黒尽くめ"の背後から聞き覚えのある声が響き、奴がピタリと動きを止めた。
そしてとどめの言葉が響く。
「"滅"!」
声が響いた瞬間、"黒尽くめ"の胸辺りから黒い煤のようなものが猛烈な勢いで噴き出した。
奴は"縛"の方は解けたのか少年の肩から手を離し、彼の事など忘れたかのように懸命に胸を押さえる。
しかし胸を押さえても肩口や膝から煤が噴き出し、終いには全身の関節から噴き出してもはや"黒尽くめ"にそれを止める術はなかった。
『オオオオオオオオオオオオオオォ……』
それからものの1分も掛からず、悲鳴とも叫びともつかぬ声を響かせ"黒尽くめ"は消滅した。
凶器の五寸釘と被っていたソフト帽を残して。
「遅くなってすまねぇな、坊主。奴が作った結界を破ろうとしたら、思ったより時間が掛かっちまってよ……」
"黒尽くめ"がいた所から少し後に、手の甲に左手の中指と人差し指を添えて右掌を突き出している格好で男が立っていた。
「あ、おじさん、やっぱり、来て、くれたんだ……」
"黒尽くめ"が消滅した直後、男を見つけて微笑むも、さすがに精神も限界を超えたのか少年は前のめりに倒れる。
「おい、坊主!」
男は慌てて駆け出し、なんとか少年が地面とキスする寸前に抱きとめる事ができたが、彼は既に意識を失っていた。
「おい、坊主?! 坊主! まぁいいか、一晩で3回も死に掛けるなんて滅多にないだろうしな。ここは寝かしといてやるか。とはいうものの夏じゃないんだから、そのままって訳にはいかんなぁ。しゃあねぇ、家に送っていってやるか。……あ、しまった、こいつの住んでるところ聞いてねぇ……。 おい、起きろ、坊主! 寝てもいいが、お前ん家の住所だけでも教えろ! おい、起きろって! 坊主! ぉ~ぃ!………………………………………………」
いくら起こしても起きない少年に、怪異を葬った男は途方にくれていた。
少年が目を覚ました時、彼は病院のベッドで寝ていた。
彼が目を覚ましたと気付き、傍らにいた母親が声を掛ける。
「ああ、よかった。あんた3日も意識が戻らなくて、このまま目を覚まさなかったらどうしようかと思ったわよ……」
さすがに最後の方は泣き声になって少年に抱きつく母親、彼はそんな彼女の背を撫でつつ何故自分がここにいるのか聞いた。
「あの夜、あんたがなかなか帰って来なかったから心配になって、お父さんが見に行こうかって言ったときチャイムが鳴ってね。ドアを開けたら、通りがかりの者だって人があんたを抱えて立っていたのよ。で、何があったか聞いたら、公園を通りがかったらあんたが倒れてたっていうじゃない。お母さん、心臓が止まりそうになったわよ。そしたらその人、"命には別状はありません、ただ根をつめすぎただけでしょう。でも一応医者に見せた方がいいですよ"て言って、私達にあんたを渡すとそのままどこかへ行っちゃったのよ。お礼も言いたかったし、状況も聞きたかったんだけどねぇ。んで、それからすぐあんたをここに連れてきたってわけ」
それからしばらく母親は少年の世話をし、洗濯物などを持って"また後で来るわね"と言って帰っていった。
母親が帰った後、少年は思いに耽っていた。あの日のことは夢だったのかと。
あの日いつものように公園に行ったのは覚えている、しかしその後の記憶が全くなかった。
いや全く無いわけではないが、何が起こって何をしたのかというのが全く分からなくなっていて、ただ何となく大変な目に遭ったとしか覚えていないのだった。
もしかすると自分を連れ帰った人が言ったように、根を詰め過ぎただけなのかもしれない。
そんなことを考えながら、何気なくベッド脇にある棚に目を向ける。
そこには、あの日に着ていたジャンパーが置いてあった。
少年は何となくジャンパーを引き寄せ、ポケットに手を入れると何かが手に触れた。
取り出してみるとそれは幾重にも折られた紙片で、広げてみると何か書いてある。
「手紙? 誰だろ。こんなもの他人にもらった覚えも無いんだけど……」
少年は訝しげな顔をしつつも、暇つぶしにはいいかと手紙を読み始めた。
"よう坊主、この前はありがとうな。坊主のおかげで奴を倒すことができたよ。今後おそらく、坊主が生きている間くらいはこの町にあんなものは出ないだろうさ。そういう意味では、お前がこの町を救ったことになるのかもな。
さて、坊主がこれ読んでいる頃には俺は次の任地へ飛んでいるだろう、世の中平和に見えてても裏ではこんなことばっかりで年に何回家に帰られるやら。おかげで自室は埃が溜まる一方さ。
まぁ愚痴はさて置いて、何度も書くが本当にお前はよくやったよ。まさか本当に恐怖心を勇気に変えることができるとは思ってなかった。まぁ最後はアレだったけどな。
だが、それができるならこれからの人生、お前に何があっても乗り越えていけるだろうと俺は確信してる。俺と会うことはもう無いだろうが、お前の事は旅の空の下から応援してるよ。じゃあな"
「おじさん……」
手紙を読んだ少年は、あの日の出来事を全て思い出し、我知らず涙を流していた。
「あれ? さっき見たときは無かったのに」
少年が再度手紙を見ると最後の行からかなり間を開けて、数行ほど何かが書かれていた。
"お、もしかしてこれが見えているのか? そうか、そうか。
いや実は坊主の戦いぶりを見ててな、もしかしたらこっちの方面の才があるかもと思ってよ。ちょいと手紙に呪を仕掛けておいたんだ。
これを手に取るのが坊主で、且つ俺達から見た最低限の力も無いものには見つけられないようになっているというものだ。
つまるところある程度の力が無ければ、上の文を読むどころか手紙すら見つけられないってこった。
まぁ、白神符を使えた時点で、ある程度の力があることは分かっていたけどよ。
実はさらにもう一つ、この手紙に呪を掛けていてな、これを見つけるよりも強い力が無ければこの文が見られないというものだ。そこで相談なんだが、お前ウチの組織に来ないか? 無理にとは言わんが、ウチも組織の性質上慢性的な人手不足でな、才ある人材は常時募集中ってぇわけだ。もしその気になったら連絡先を書いておくから、そこへ言ってきてくれ。俺がみっちり仕込んでやるよ。こんどこそ、じゃあな"
「おじさんってば何言ってんだか、俺はあんな事は2度とごめんだよ……」
少年はそう呟きつつも"黒尽くめ"を前にバットを構えたときの顔をして、組織の本部があるであろう西の方を見ていた。
10年後。
どこかの町の人気の無い路地裏にて。
「おい坊主! 今から奴をそっちへ追い立てるから、先回りして逃げられないように結界を張ってくれ!」
「わかりました、おじさん!」
「何回言わすんだ、俺の事は師匠と呼べといつも言ってるだろうが!」
「それ言うなら、俺だってもう坊主って歳じゃないですよ~だ」
「わかった、わかった。この件をうまくこなせたら名前で呼んでやるよ、だからさっさと行ってこい!」
「はい! 行ってきます、おじさん!」
「だからそうじゃねぇだろっ!!」
この2人が後に、組織で最強の退魔師弟コンビと呼ばれることになるのだが、それは別の話である。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
もし、"ヌカニクギ"の由来に興味を持たれた方がおられましたら、活動報告に書いておりますのでそちらを見ていただければと思います。
もしこの作品に興味を持っていただけのであれば、よかったら感想や評価をよろしくお願いしますm(._.)m
2016/ 2/ 3 本文中に1文を追加。ただし筋そのものは全く変えておりません。
3/ 2 エピローグの手紙の後半を修正しました。
5/ 6 "黒尽くめ"から煤が出た辺りに文字を追加。奴を倒した後の"男"の台詞の一部を修正。エピローグの手紙を再修正しました。
11/10 5/6で修正した辺りをさらに修正。もちろん物語の本筋は一切いじっておりません。
12/ 2 少年のモノローグのシーンを一部修正。あと手紙の文面も修正しました。
2020/ 4/23 エピローグにおける手紙の行間の修正と手紙本文の後半の一部を変更。
2022/ 4/ 5 本文を一部修正。