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シスコンリーマン、魔王の娘になる  作者: 石田ゆうき
第4章 国境の外へ。戦いのはじまり
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050 姫の不在3

 ルオフィキシラル城の会議室で、フィアは緊張した面持ちをしていた。いま会議室には、この国を代表する人物が集っている。


 諜報と研究機関の長を兼任し、ディニッサ不在中の代理をまかされたフィア。

 内務大臣である、白い角を持った魔族ケネフェト。

 ディニッサを神と崇めるルオフィキシラル教団の総大司教リヴァナラフ。

 元武官のトップで、現在は港町ヴァロッゾの長官である三つ目のノラン。そのノランから武官の長の地位を引き継いだクナーミーニヴ。

 元鉱山都市テパエの代官で、今は建設関係の仕事をこなしているコボルト系の魔族ネンズ。ネンズの次にテパエの代官をまかされたドワーフ系魔族のブワーナン。

 以上の7名が、広い部屋で会議が始まるのを待っていた。


「もう、あの姫様はいつまで私たちを待たせるつもりですの」


 クナーミーニヴが文句を言いはじめたが、それほど深刻な様子ではない。しかしもうそろそろ話をしなくては、とフィアは思った。


 副官たちとのやり取りもあり、少なくとも幹部メンバ-には事情のすべてを打ち明けようとフィアは決意していた。ユルテとファロンに去られたため、ディニッサの不在を隠しきるのが難しすぎるという理由もある。


 しかしこれは、一つ間違えればその場で国が崩壊しかけない危険な賭けともいえる。ディニッサの不在を悪用する者が現れない保証はない。それゆえにフィアは、なかなか言い出すことができずにいたのだ。けれどいつまでもこのままみんなを待たせておくわけにもいかない。

 フィアは立ち上がって話をはじめた。



 * * * * *



「なんということでしょう……」


 リヴァナラフが不安げに天を仰いだ。一番素直に感情を表現をしたのは、この場でただ一人の平民である彼だったが、他の者が平静であったかというとそんなことはなかった。


 ディニッサがさらわれたことと、彼女がすぐには国に戻れないということを聞いて、皆一様に暗い顔になってしまった。


「……なあ、フィアさんよ。本当は姫様が国造りに飽きちまって、どっかに逃げたってことはねえよなあ。もしそうだったら、とてもじゃないが許すことはできねえぜ?」


「そんなことはありません! ディニッサ様はお優しい方です。ボクたちを見捨ててどこかに行くようなことはなさいません」


 ネンズが情報の信ぴょう性疑ったが、フィアが答える前に激高したケネフェトがネンズに反論した。


 これも姫様の交流活動の成果だろうか、とフィアは思った。内政全般をつかさどるケネフェトはディニッサと会う機会も多い。そのためか、ディニッサに対する信頼は深いものがあるようだ。


 じっさいのところ、ケネフェトの応援はありがたいものだった。フィアは正直に真実を話したのだが、それを証明できるような証拠はなにも持ち合わせていないのだ。あとは発言者のフィアと、対象たるディニッサへの信頼度のみが重要になる。


「ネンズ様──」

「様、じゃねえだろ?」


「ああ、そうでしたな。ネンズ殿、あなたの疑いは杞憂だと思いますぞ」

「どうしてそう言い切れるんだ?」


「それはフィア殿が城に残っておられるからですな。もしもディニッサ様が領地を捨てて旅立ったとしたら、フィア殿もついていくとは思いませんかな?」


「……そうか。そう言われりゃそうだな。疑ったりしてすまなかった」


 ブワーナンの推測を聞いてネンズは大人しく矛を収めた。立ち上がってフィアに頭を下げる。


「それに、もしもこれが嘘だとしたら、かなりバカバカしい話だといえるだろう。自分が魔王の娘だなどと、疑われかねん情報をわざわざ漏らす必要はない」


 ノランの言葉を聞いて、幾人かが首を縦に振った。フィアが見たところ、彼女の話はみんなに受け入れてもらえたようだ。まずは第一歩を踏み出すことができた。


「これから、どう、するか、決めたい。他の人にも、知らせる……?」

「そりゃマズイだろ。あの姫様は人気あっからなあ。オレの配下のコボルトやドワーフたちが落ち込むぜ」


 即座にネンズがフィアの提案を否定した。


「悔しいですけど、兵士にも慕われていますわ」

「ディニッサ様がいらっしゃらないと知られれば、信者たちの動揺がおさえられないかと……。ディニッサ様が二度と戻らないというならばともかく、民を不安にさせる必要はないかと愚考いたします」


 発言しなかった者も、情報の開示には否定的な様子だった。

 みんなが自分と同じ意見だとわかり、フィアは安心した。


「下っ端に隠すのはいいとして、だ。もっと急ぎの問題があるだろ」

「急ぎの、問題……?」


「トレッケたちだよ」


 ネンズの言葉に反応したのは、フィアだけだった。

 トレッケはつい数日前にディニッサに雇われた魔族だ。他の街の代官であるノランやブワーナンは、まだその存在自体を知らされていない。


「トレッケというのは、4日前に来た傭兵ですの。配下に魔族が18人もいる大所帯で、東の魔王との抗争に敗れてこの領地に流れ着いたようですわね」


 説明を受けた出席者たちの中で、ことの重大さに気づいたのはノラン1人だけのようだった。彼は舌打ちをして渋面を浮かべた。フィアとノランにしか話が通じていないと悟ったのだろう。ネンズが溜息をついた。


「おいおい、この国は大丈夫なのかよ……。てめえらも責任ある地位に付いているんだから、ちっとは自分の頭で考える努力をしやがれ。いつでも姫様が指示してくれるわけじゃねえんだぜ?」


「すみません。僕には良くわからないのですが、トレッケがどう問題なんです?」


 ケネフェトが華奢な手を上げて疑問を口にした。


「トレッケの戦力は、オレらの戦力を上回っている。これはわかるよな?」

「魔族が19名なら……たしかにそうかもしれませんね」


「なら話は簡単じゃねえか。奴らがこの国を乗っ取ろうとしたらヤベえだろうが」

「それはあとあとの問題ではありませんの? まだ東の魔王の盟約も切れていませんし、いきなり実力行使をするとは思えませんわ」


「クナー、魔王の宣言の意味を良く考えろ。あれはどうしてまわりの領地からの攻撃を抑制する効果があるのだ?」

「あ……!」


 ここまでノランに言われて、ようやくクナーミーニヴにも理解ができたようだった。同時にケネフェトとリヴァナラフの顔が青くなった。


 魔王の宣言の意味は単純だ。ルオフィキシラル領に攻撃を加えれば、東の魔王の敵となる。それが恐ろしいから、今まで誰にも手出しをされなかったのだ。


 しかしトレッケの場合はどうか。彼はすでに東の魔王の敵だ。盟約を破ったとしてもなんのデメリットもない。東の魔王と対峙するためのかっこうの根拠地だと、ルオフィキシラル領を奪おうとするかもしれない。


「どう、すればいい……?」


 一同言葉がなかった。

 しかしフィアは、ネンズの沈黙は他の者とはやや違うように感じた。心なしか口元が緩んでいるようにも見える。


「ネンズ、どう、思う?」

「まあ、一つは先手必勝だな。少人数ずつ呼び出してブチ殺す」


「反対です! そんな卑劣な手段をディニッサ様が喜ばれるわけがありません」


 フィアは首をかしげた。いまの『姫様』も元の姫様も、必要があれば卑怯な手を使うことをためらうとは思えなかったのだ。しかしネンズの意見に賛成したわけでもなかった。


 魔族を逃さずに殺すなどということはひどく難しい。失敗すればトレッケ一族の反撃を受けるに違いなく、相手の出方もわからないうちの策としては危険度が高過ぎるように思えた。


「だったら姫様の不在をうまく誤魔化すしかねえよな。けど相手は魔族だ。誤魔化すったって簡単にはいかねえだろ。さてどうする。なあ、ノラン? どうすりゃいいかねえ?」


 ネンズは、にやにやしながらノランに語りかけた。ノランは目をそらす。


「……私に聞かれても即座には答えかねるな」

「ほう、そうかい。オレは姫様の代わりを用意するのがいいと思うんだよなあ」


 フィアはネンズの意見を検討してみた。トレッケたちに情報を隠す場合、数日なら問題ない。しかし期間が伸びるにつれ真実が露見する可能性が高まってしまうだろう。


 その時に問題なのは、相手が真実を悟ったことをこちらが察知できないだろうということだ。トレッケが反逆を決意した場合、不意をうたれる危険性がある。それならば、準備を整えた上で最初から事実を告げたほうがまだましなくらいだ。


 とはいえ、姫様の代わりをたてるというネンズの意見は、馬鹿げたもののように思われた。誰があんなに可愛らしい姫様の代理ができるだろう? 姫様に似た人間などいるはずがない。


「……代わりといっても難しかろう。姫と似た魔族などそうそう見つかるまい」

「おいおいおい、ノランさんよ、いい加減とぼけるのはやめようや」


「あ!」


急に大声を上げたクナーミーニヴに、みんなの視線が集まった。その中でもノランの眼差しは、余計な事を口にするな、と言いたげな厳しいものだった。


「まあ、同じ三つ目族だし知ってるわな。ちなみに、アンタはどうなんだ?」

「……わたくしは『種族』が限界ですわ」


 二人のやり取りを聞いて、その場にいるもののほとんどが、ネンズの意図を悟ったようだった。苦虫を噛み潰したようなノランと、まだ理解できていないリヴァナラフ以外の表情が明るくなる。


「あの、なんの話をしていらっしゃるか私には理解できていないのですが……」


「ああ、アンタにはわからねえか。つまり、魔族の中にはさ、変身魔法を使えるヤツもいるんだよ。クナーは種族だけしか変えられないみたいだが、そこにいらっしゅるノランさんは、なんと一度見た相手なら完全に模倣できるという素晴らしい魔法を使えるのさ」


「おお、なるほど、そういうことでしたか! ならばノラン様がディニッ──」

「断る!!」


 ノランは机を叩いて立ち上がった。


「年端もいかぬ幼女の真似をするなど、そんな恥知らずなことが出来るものか! 誇りある男なら誰でも私と同じ事を言うはずだ!」


 フィアは小首をかしげた。カイは向こうの世界では成人男性らしいが、ディニッサとして暮らすことにまるで抵抗を持っていないようだったのだ。入れ替わった当初こそ戸惑っていたが、すぐに本物のディニッサと見紛うばかりの甘えっぷりを発揮するようになっていた。


 フィアがくだらないことを考えている間も話し合いは続いていた。

 ざっとみたところ、ノラン以外の全員が替え玉作戦に賛成しているようだ。クナーミーニヴはノランに遠慮して声をあげていないが、ノランの味方をしていないことがその心理を証明してしまっている。


「いいか、私の魔法では服は再現できぬのだ。それがどういうことか、わからぬとは言わせんぞ!」

「いいじゃねえか。幼女用の服を着るくらいたいしたことじゃねーだろうよ」


「ふざけるなっ、ならば貴様が着てみろ!」

「おお、やってやろうじゃねーか。今すぐ着て来てやるよ!」


 フィアはネンズを殴り飛ばした。ネンズが椅子から転がり落ちる。


「姫様の、服が、穢れる……!」

「……俺は、毛むくじゃらだけど、ちゃんと風呂には入ってるんだぜ……」


 ネンズは殴り飛ばされたことより、服が汚れると言われたことにショックを受けたようだった。しょぼんとした顔になっている。そのネンズに追い打ちをかけるように、ノランが指を突きつけた。


「ネンズ、貴様が幼女の服を好む変態だということは了解した。だが貴様の変態趣味に私を巻き込むな!」


「好んでねーよ! 人の事だから適当に言ってるわけじゃねえ、ってのを証明しようとしただけだッ。別に服じゃなくてもかまわねえ、お前の負担に釣り合うだけの事を言ってみろよ。俺はなんでもやってやるさ」


 ネンズの真剣な様子に、少しノランが身を引いた。


「貴様、なにを考えている……?」

「つまりさ、俺らはなんで今話し合ってるんだよ」


「それはディニッサ様が戻れぬという危機に──」

「そういう意味じゃねえよ。俺らが、その危機について話し合うことができてる理由を考えろっつってんだ」


「それは……」

「フィアが正直に全部打ち明けてくれたからだろうが。てめえはその信頼を裏切るのか」


 ノランはネンズから目をそらした。


「……ならば、部下に打ち明けないことを選んだ貴様は、部下を信頼していないということか?」

「ああ、信頼してないね」


 きっぱりと言い切ったネンズに、ノランが驚いた顔を向けた。まわりの者もネンズを見つめる。ネンズが部下を大切にしていることは周知の事実だったのだ。


「姫様がいないからって、裏切るようなヤツはオレの部下にはいねえ。けど落ち込むヤツは多いだろうし、仕事が手に付かないヤツも出てくるだろうよ。信じて頼るには性根だけじゃ足りねえさ。全部を飲み込む器が必要だ。それで──」


 ネンズは立ち上がるとノランの脇に歩み寄った。


「それで、てめえの器はどうなんだ、ノラン」

「……。」


 沈黙を続けるノランに、クナーミーニヴが語りかけた。


「ノラン様。ノラン様は『なぜそれほどの力を持ちながら、今まで何もしなかったのか』とおっしゃっていました。お忘れですの?」


「……そう、だったな。そう姫をなじった私が、できることをやらぬのは恥ずべきことだな」


 ノランは、その眼差しに決意を込めて立ち上がった。ネンズと軽くこぶしを打ち合わせる。


「私は全力をもって幼女に扮しよう。あえて幼女用の服を着ることも厭いはせぬ」

「その意気だぜ、ノラン!」


(なに、これ……)


 フィアは呆然としていた。彼女が口をはさむ暇もなく事態は進展してしまった。ノランとネンズはいい笑顔を浮かべて肩を叩き合っている。しかしその話し合っている内容は、幼女に変装するということである。


 じつのところフィアは、ノランがディニッサ役をやるという案にひどい不快感を覚えていた。できるなら即座に却下したいところだ。しかし乗り気なのはネンズとノランだけではない。会議に参加している全員が賛同しているようだった。


 妙なテンションになった彼らは、楽しげにトレッケとの会談の計画をすすめている。中には下着までしっかり着るべきだ、などという意見までありフィアを苛つかせた。ノランがわりとやる気になっているのも腹が立つ。


(姫様の服には指一本触れさせない)


 会議が終わったら、すぐに変装用の服を買ってこよう。

 フィアは、そう心に誓った。

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