皆殺し姫
「み、『皆殺し姫』ってどういうことじゃ……?」
オレは震える声でたずねた。
なんかこいつら、聞けば聞くほどヤバイ情報が飛び出してくるんですけど!
「トゥーヌル様が殺されたあと──」
「ま、まて、父親はだれかに殺されたのか!?」
はい、危険情報いっちょ入りましたッ!
「ええ。9年前、東の魔王との戦いで戦死されました」
戦死か。物騒だな。この世界はあんまり平和じゃないのか?
「さえぎって悪かった。話を続けるのじゃ」
「はい。トゥーヌル様が亡くなられたという連絡を受けて、城の者達が動揺しまして。ほとんどの者が姫様には仕えない、と反旗を翻したのです」
「ほとんど反逆って、人望なさすぎじゃろ……」
「それは姫様が部屋に引きこもっていて、使用人たちと面識がなかったからです。姫様と親しくする機会さえあれば、みな喜んで姫様にお仕えしたことでしょう!」
引きこもりな時点で、もうダメダメっぽいけどな。
今までの姫様情報で、家来になりたい要素ゼロだぜ。
しいて言えば、見た目と声がかわいいって事くらいか?
「……それで、叛かれたから皆殺しにした?」
「いえ、お優しく寛大な姫様は、謀反人どもをお許しになられました。『わらわに仕えるを是とせぬ者は、隨意に立ち去るがよい。そのさい、城の備品を所持することを許す』と」
さすがに、いきなり殺すほど見境なくはないのか。
城の備品は退職金みたいなものか? たしかに寛大かもしれないが……。
「ということは反逆者たちが、城の物品だけであきたらず、『わらわ』の命まで狙ったとか?」
「それも違います。ゴミどもが城の美術品などを漁っている間、姫様と私たち侍女は玉座の間で待機していました。そうすると──」
ユルテが憎々しげに顔を歪めながら話を続ける。
「玉座の間に入ってきたクズどもが、メイドをよこせと姫様に言い寄ったのです」
「物欲が満たされたら性欲というわけか? わりとどうしようもない奴らじゃの」
「姫様は『妻に迎えたいという事かの?』と問いかけました。下衆どもは、奴らにふさわしい下劣な返事をしました。そしてついに奴らが私に手を出そうとした時、姫様がひとこと言いました。『死ね』と」
その時の情景を思い出しているのだろう、ユルテが目を輝かせた。
「それが姫様の魔法です。城にいた者はすべて死に絶えました。玉座の間にいた姫様と私たち以外の全員が」
「え!?」
いや、ちょっと、っていうか、かなりおかしくない?
玉座の間に来た賊を殺した。これは、まあいいとしよう。
でも城で金目の物を漁っていただけの奴らも、巻き添えでやられたの?
頭おかしくないですか?
そりゃ、皆殺し姫って言われるよ!
オレの暗澹たる心境を無視して、ユルテはドヤ顔をしていた。
「その時、姫様の深い愛を感じたのです! あれだけ面倒くさがり屋の姫様が、私たちを守るために力を振るってくださったと」
「その、効果範囲が広すぎじゃないか。そんなに怒っておったのかの?」
「怒りというより、いちいち相手するのが面倒になったんだと思います。でも問題ないでしょう。姫様を裏切った者達なんですから。それに、あまり欲をかかなかった者達はすでに財宝を持って城から出ていましたよ」
……どう考えてもやり過ぎだよなあ。
けど、今からオレが騒いだところでなにが変わるわけでもない、か。
「……魔法の指導を続けてくれるかの」
「わかりました。次は中級、操作魔法三種です。肉体、精神、物体をそれぞれ操る魔法です。良く見ていてくださいね」
ユルテの手のひらの上に水が出現した。
今度は下にこぼれず、球形になって浮かんでいる。さらに、だんだん形が変わって棒状になった。その水の棒が飛んでいった。壁にぶつかって水が飛び散る。
なるほど。だいたいわかった。操作魔法で何かを動かしたり、変化させたりするわけだ。元素魔法が下級なことにも納得がいった。あれはただ何かを作り出すだけの魔法なんだ。
ゲームのような攻撃魔法を再現するとしたら、操作魔法が必要不可欠。
じゃないと、たとえば火の玉を作っても、自分が火傷してしまうだろう。
「『わらわ』が使った死の魔法は、肉体操作じゃろうか?」
「愚か者どもはみな自殺していましたから、精神操作ですね」
サラッと言ったが、ひどい殺し方だな。想像したくない。
ディニッサは精神魔法が得意なのかな。魂を入れ替えたのも精神操作だろうし。
まあいい。とりあえず、物体操作魔法から練習してみよう。
魔力を水にかえ、球体が宙に浮くイメージを思い浮かべる。成功。手のひらの上でフワフワしている。そのままドアに向かって動くイメージ。
……残念ながら、動く前に水球が消えてしまった。
「ユルテ、どうやったら元素魔法を長持ちさせられるんじゃ?」
「長く残れーって、最初に思うだけですよ?」
なんかアバウトだな、魔法。
一分持続しろ、そう念じながら水球を作り出した。ドアの方に飛ばす。
成功。水球はドアにあたって、ポヨンとはねた。
「水球が遠くにいくほど、操るのが難しくなる気がするんじゃが?」
「それはそうですよ。離れた所に魔力を飛ばしているわけですから。今みたいに真っ直ぐ飛ばすだけなら、手元にあるときに、最後まで飛ぶイメージをしたほうが楽ですよ」
「なるほどの。物体操作はだいたいわかったのじゃ。肉体操作は物体操作とどう違うのじゃ? 物が生き物になるだけかの?」
「用途がだいぶ違いますね。おもに自分の体を強化したり治療するのに使います。他人にも使えますが、相手が抵抗すると効果が弱まりますので」
「……ん?」
「どうしました、姫様?」
ユルテの話を聞いていて、疑問がわいた。
「ユルテはわらわを、肉体操作魔法で治療したのじゃろ」
「ええ。姫様は気を失っていましたし、敵対的な魔法でもないので簡単でしたよ」
「さっき、時間がたてば魔法は消えるって言ったじゃろ? 治癒はどうなる?」
「もちろん効果が消えます。姫様の場合、骨が折れ、内蔵がグチャグチャになります。一日分くらいの魔力を込めましたから、明日には効果が切れるでしょうね」
おいぃぃぃっ、涼しい顔でのたまってんじゃねえぞ!
明日になったら、また肺が潰れて死ぬじゃねえかっ。
「大丈夫ですよ。完治するまでずっと魔法をかけていればいいだけですから。あの程度の怪我なら一週間もあれば十分でしょう」
あの程度って、普通の人間なら致命傷なんですが。
魔族は体の頑丈さも回復力も、人間とはケタ違いみたいだ。
しかしこの世界の回復魔法は、症状を抑えるだけか。風邪薬みたいなものだな。
魔法でごまかしている間に、自然治癒力でもとに戻す、と。微妙に不便だ。
「そうだ。明日からは姫様が自分で治療しましょう。命がけとなれば、いい魔法の練習になりますよ」
ユルテは名案を思いついた、とばかりに両手を合わせてニコリと笑った。
自分のイカレタ行動に対する罪悪感などは、微塵も無いらしい。
これがこっちの世界の標準的な人格だったらやだなぁ……。
「精神操作は簡単に他人にかかるんじゃろうか?」
「いえ、精神操作も自分にかけるのが基本ですよ。楽しい気分にしたり、気を落ち着けたり。相手が嫌がる魔法は難易度が高くなります」
精神魔法は他人には効きづらい。魔法は使用者から離れるほど弱くなる。
以上のことから、ディニッサの力の凄まじさがわかる。
範囲が広く距離も遠く、さらに相手が抵抗したであろう「皆殺し」。
果てしなく遠い異世界で、さらに相手の抵抗がある「入れ替え」。
自分で魔法使えるようになったからこそ、よくわかる。
どちらもとんでもない魔法だぞ……。