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シスコンリーマン、魔王の娘になる  作者: 石田ゆうき
第4章 国境の外へ。戦いのはじまり
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039 領主たち

 馬のような生き物二体が、朝の草原を走っていた。

 しかしただの馬ではない。本来なら馬の首があるべき場所には、人間の上半身が乗っているのだ。彼らはケンタウロスを起源に持つ魔族だった。


 一人は、ゲノレの街一帯を支配する領主アッフェリ。もう一人は、アッフェリの弟のガパニ。彼らは毎朝走って体を鍛えているのだ。また訓練というだけでなく、街の周辺の見回りという意味もあった。


「チッ」

「どうした弟よ」


「見てくれ、あの砦を。ゲノレの鼻先に砦を建てるなどと、われらを侮るにもほどがある! 兄者、オレに許可をくれ。そうすれば今日中にでも、あの目障りなしろものを叩き潰してみせる」


 アッフェリは西に目を向けた。ゲノレの先、わずか1kmほどの場所に丸太で組まれた建物がある。砦と呼ぶには粗末な作りだ。けれど今も建物のまわりでドワーフたちが忙しそうに働いている。時間を与えれば、頑丈な防御施設になるかもしれない。


 しかしアッフェリには、砦を攻撃するつもりはまったくなかった。

 もしも砦が道をさえぎる位置にあったなら排除も考えただろうが、それは街道からすこし北にそれた場所にあった。攻撃をしてくるわけでもなく、関所として通行料をとるわけでもない。つまり実害はいっさいなかったのだ。


「あとひと月ほどで戦なのだ。あせることはあるまい。それともおまえは、敵が砦にこもると戦いに負けるとでも思っているのか」

「まさか! あんな掘っ立て小屋、オレの蹄で踏みにじってくれる」


「そうだろう。ならばその怒りは貯めこんで、戦場で解き放て」

「……兄者がそう言うなら我慢しよう」


 アッフェリは弟ほど砦の建設に憤っていなかった。むしろ相手に哀れみさえ覚えていた。砦などと言うものは、平民相手の場合にのみ有効なのだ。魔族の戦いに持ち出すような代物ではない。


 ……たしかに効果がまったくないというわけではない。施設にこもることで、ほんの僅かに魔力消費を抑えることはできるだろう。しかし砦の建設にかかる費用を考えればバカバカしいほどに些細な違いだ。


 ろくに戦いを知らぬ、温室育ちの小娘が考えそうなことだ。アッフェリはそう思う。彼はディニッサとの戦争に関しては、なにも心配していなかった。戦力からみても勝つことはわかりきっている。彼の王国を築くための通過点にすぎなかった。


「ところで兄者、ディニッサの侍女たちを見たことがあるか?」

「いや、ないな。どうした急に」


「へへ。砦に来てたのはたまたま見かけたんだ。3人ともえらい上玉だったぜ? 戦が終わったらオレにくれよ」

「二人以上生け捕りにできたなら、な。おまえに一人くれてやる」


 残りが誰のものになるかは言うまでもない。アッフェリは自分の血がたぎるのを感じた。ディニッサとの戦いは、退屈なものになるに違いないが、豪華な商品がつくとなればやる気も出るというものだ。


「よっしゃ! やりすぎて殺しちまわないように気をつけなきゃな」

「……そうだな。ディニッサも生け捕りにするか」


「……。兄者よ、ディニッサはまだ子供だぞ。さすがに使えんだろう」

「大人になるまで飼えばいい。いずれ使いみちが出てくるだろう」


 ディニッサは血筋だけは一流だ。外交に利用する手もあるし、なんなら自分の子を生ませてもいい。……そう、たしかディニッサは類まれな美貌の持ち主だと言っている者がいた。噂が真実なら、やはりオレのものにするか。アッフェリはそう考えて、低く笑った。



 * * * * *



 ヴァロッゾから海沿いに南東に向かうと、ラーという町にたどりつく。漁業が主な収入源のさほど豊かではない町だ。またラーからさらに海沿いに進むとルーという町につく。町の規模も特産品もほぼラーと同じような町だ。


 ラーとルーは昔から交流が盛んで仲が良かった。それぞれの町を支配する魔族の先祖が兄妹であったという理由からだ。──そして今、両町の支配者はラーの領主館で頭をかかえていた。


「どうする、フィビーニ」

「トキーユ、貴様も少しは自分で考えろ」


 フィビーニと呼ばれた女がラーの領主で、トキーユという男がルーの領主だ。二人とも細身で褐色の肌をもつ美形だった。彼らは、ダークエルフを起源に持つ魔族である。ただ彼らは珍しいことに、ダークエルフ以外の血がまったく混じっていない純血種であった。


「中立っていうのは、無理かな?」

「無理ではないだろうが、戦いのあと厳しい立場おかれるぞ」


 彼らを悩ませているのは、三通の手紙だった。

 一つはゲノレの領主アッフェリから。きたるべきルオフィキシラル領への侵攻に協力しろと言ってきたのだ。断るならば先にこちらを攻めることもありうる、と脅しもかけてきている。


 二つ目はディニッサから。友好を深めるために、ぜひ会いたいと書いてある。城に来るなら歓迎するし、それが嫌なら自らがこちらの領地に出向いてもよいとのことだ。


 魔王トゥーヌルが生きていたころは、二人は彼の配下だった。わずかながらも税を納めていたし、9年前の戦にも参戦していた。どちらかと言えば、感情的にはアッフェリより、ディニッサにつきたい気持ちはあった。


 ただいくつかの条件が彼らをためらわせていた。まずトゥーヌルが死んだあとのディニッサの行動。これは言うまでもなく最悪だった。だからこそ二人はディニッサとの関係を断って独立貴族になったのだ。


 そして三通目の手紙が、二人の気持ちをかき乱しているのだ。それは元ヴァロッゾの領主トクラからのものである。その手紙にはディニッサの行動についての詳細な情報が書かれていた。


 曰く、フェンリルを手なづけた。大々的に兵を募集している。ゲノレの正面に砦を建てている。鉱山を抑え魔法武器を作成している。いずれもディニッサの好戦的性格をあらわしており、ゲノレが落ちたなら次はラーとルーが狙われるであろう……。


 その情報がでたらめでないことは、港を訪れる商人たちからある程度の確認はとれていた。ならば自領を守るためには、アッフェリと手を組むべきか。しかしアッフェリもまったく信用ができない。ルオフィキシラル領を手に入れたら、近隣の領地に攻めこむ可能性が極めて高い。


 しかし、これほど好戦的な領主を周囲に抱えてしまった以上、どちらかにつくしかないというのが二人の結論になった。彼らには二つの勢力の狭間で、ゆうゆうと独立を保てるほどの力はないのだ。


「戦力的にはアッフェリのほうが圧倒的に有利だよね。やっぱりこっちについたほうが無難かな?」


「勝つだけならそうであろうが。あまりよい待遇は期待できないだろう。その点、ディニッサ様のほうなら、対等の同盟相手として扱ってくれるかもしれんぞ」


 二人が協力すれば、アッフェリとディニッサの戦力差はかなり縮まる。勝ち目は十分にあるように思われた。であるならば、ディニッサとの会談をすればいいのだが……。


「トキーユ、貴様がルオフィキシラル城までいってこい。ディニッサ様の人柄を確かめるのだ。もし信用できるならば、同盟を結ぼうではないか」


「なっ、自分が嫌なことを人にまかせるな! トクラの手紙を見ただろう。『皆殺し姫』だぞ? なにが気に障って殺されるかわからないじゃないか。城中の人間を一度に殺しつくすような怪物に会いに行くのは、僕はいやだ」


「ならば貴様の部下を送ってもよいぞ」

「……おまえな、わかってて言ってるだろう。ディニッサの得意魔法はおそらく精神操作だ。使者に細工でもされたらどうするつもりだよ」


「そうだな。よく考えたら、貴様を送っても同じことだったな。……となると、私の町に迎えないといけないのか。それは嫌だな」


 トクラの手紙によると、ディニッサがいくところ不幸が巻き起こっている。テパエはすべてをディニッサに奪われ、代官のネンズは無役に落とされた。ヴァロッゾのトクラはほうほうの体で逃げ出した。クノ・ヴェニスロは莫大な金を要求されたという。


「……もう少し様子をみるか」

「……そうだね」


 二人は迷ったあげく保留を選んだ。

 トクラからの手紙がなければ、すくなくともディニッサに会おうとはしただろうが。危険な情報を知ってしまった以上、彼女に近づきたくなかったのだ……。



 * * * * *



 ヴァロッゾの南の海には、人の住まない小島が多数ある。

 トクラは代官時代から、街の運営費を流用していくつもの島に隠れ家を作っていた。いまトクラは、その中でもヴァロッゾに一番近い島にいた。


「トクラ様ぁ、もうちょっと人増やしませんか? 掃除とか大変なんですけどぉ」

「バカねえ。大勢に知られたら隠れ家にならないじゃない。アンタ、頭スカスカなんだから、よけいなこと考えないで黙って手を動かしてなさい」


 透明な羽をもった美しい魔族が、トクラの言葉に落ち込んだ様子を見せた。トクラはそんなメイドの事は無視して、各地から寄せられた手紙を読んでいた。だいたいにおいて彼の想定どおりに進んでいるようだった。


「トクラ様ぁ、なんでこんな中途半端なことしてるんですか?」

「なにがよ。っていうかアンタ、なんで椅子に座ってんの。シメるわよ」


「いやぁ、ちょっと一服しようかなぁと。で、話の続きなんですけど、トクラ様って、敵にはもっとエゲツナイ最低な策を使いますよねぇ? それなのにディニッサ様への対応は、ちょっと甘くないですか」


 妖精メイドは、トクラの叱責を無視してお茶まで飲みだした。トクラは諦めたようにため息をつくと、手紙を放り出してティーカップに手を伸ばした。


「アンタ、バカのわりに鋭いわね」

「えっ、もしかして、いま褒められてます!?」

「褒めてないわよ。あんま調子にのってると犯すわよ」


 妖精メイドは小さい悲鳴をあげて、椅子から飛び上がった。そして素早くトクラから距離をとる。トクラは女性用の服を愛用している男だが、同性愛者ではないのだ。


「……あんまりやりすぎると、関係修復できなくなるでしょうが」

「えっ、もう無理でしょう、あれだけのことしておいて。トクラ様アタマ大丈夫ですかぁ?」


「この小娘、ホントに犯すわよ! ……ディニッサは、いまだにデトナを処分してないわ。ただ魔力が強いだけの単純なヤツじゃない」


「それなら、ごめんなさいして、ヴァロッゾの代官にでも戻して貰えばいいじゃないですか。なんでそうしないんですかぁ?」


「アタシはべつに領主とか代官に興味ないの。まあその才能はあるから、誰かに頼まれたらやってあげてもいいとは思ってるけど」


「じゃ、ディニッサ様がこの島にきて頭を下げたら、代官に戻るんですかぁ!?」


「……アンタ、ディニッサにこの場所教えようとしてるわね。よけいなことしたらぶっ殺すわよ」


 メイド妖精はこの島での暮らしが退屈なのだろう。けれどトクラには、現時点でディニッサの下につく気はなかった。まず最低限、トクラの嫌がらせををはねのけるくらいの実力は示してもらわないと、力を貸す気にもならない。


 さて、どうかしら。トクラは考える。ディニッサの父のトゥーヌルには、トクラの仕掛けた罠を食い破る力があった。そして、そのことを知りながらトクラに代官を任せる度量も。


「──トクラ様ぁ、そういえば手紙に嫌なことでも書いてあったんですかぁ?」

「アンタ、意外によく見てるわね。……ジヌーロがなんかおかしいのよ」


「あのぉ、ジヌーロって誰でしたっけ?」


「このバカ。人じゃなくて街の名前よ。ヴァロッゾの西、クノ・ヴェニスロの南の港町よ。ディニッサとザテナフの仲が上手くいっているから、どっちかの下につくと思ってたのに、どうも違うのよ」


 そう言うと、トクラは目をつぶって自分の思考に入り込んだ。これ以上の会話は不可能とみたメイド妖精は、食器を集めて部屋から出て行った。


──一人きりになった部屋でトクラはつぶやいた。


「……気に入らないわね」

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