魔力覚醒
階段を上がり、豪華な部屋に案内された。
広さは何十畳だろう、ちょっとわからない。8畳くらいなら感覚的にわかるけどこうも無駄に大きいとな……。
壁と天井の基調はやはり金。他の場所よりもさらに細かい装飾がほどこされている。奥に、真っ赤な天蓋付きのベッドがあった。ベッドもまた大きい。五人くらい横に並んで寝られそうだ。
オレは布団の上に降ろしてもらい、仰向けに寝転がった。
体の力を抜き、ゆっくりと腹式呼吸をはじめる。目を閉じて、軽く丹田あたりに力を入れた。
(我がこの気海丹田、総にこれ我が本来の面目、面目なんの鼻孔かある)
(我がこの気海丹田、総にこれ我が唯心の浄土、浄土何の荘厳かある)
(我がこの気海丹田、総にこれ我が己心の弥陀、弥陀何の法をか説く)
丹田に意識を集中しつつ、三節を頭の中で繰り返す。
……べつに宗教にかぶれているわけでも、頭がおかしくなったわけでもない。
これは「内観の法」という健康法だ。体に力を入れるだけではダメだったので、精神的な技法を試してみようと思ったのだ。
「姫様、お腹のあたりに強い魔力が集まっていますよ!」
五分ほど続けるうちに、ユルテが声をかけてきた。
おお、成功しちゃったよ! 正直、とりあえずやってみただけで、ここまでうまくいくとは思っていなかった。
「内観の法」は禅寺で覚えた、数少ない事柄の一つだ。
研修が終わったあとも家で寝る前によくやっていたのだ。これをやると、なんとなく体調が良くなる気がする。気のせいかもしれないけれども。
社長、本当にありがとう。和尚さんもありがとう。
世の中には、無駄なものなんてないんだね。
頭を振って、もう一度集中する。
今度は両手をお腹の上においてみた。
そして両手でボールをつかむイメージをしながら、調息と文言を繰り返す。
今度は数回繰り返すだけで、変化を感じた。
手のひらの間に何かがあるのがわかる。
──不意に世界が変わった。
目で見なくても、ユルテがいるのがわかる。それだけじゃない。集中するとこの近くに二つ、だれかの魔力があることも感じられたのだ。
イメージとしては熱……というより光、か?
気を抜くと消えてしまう反応だけど、集中するとさらにはっきりと感じられる。
……超能力を覚えた実感がわき、少し嬉しくなった。
「うまくいきましたね。じゃあ次はその魔力の使い方を教えましょうか」
「うむ。頼むのじゃ」
「まずは下級の元素魔法。魔力を地水火風の四種に変化させます」
ユルテはそういうと、手のひらの魔力を水に変えてみせた。
こぼれ落ちた水がバシャバシャと床にたれる。
「っておい、部屋が水浸しになるだろ!」
しかしオレの非難にも、ユルテは涼しい顔だ。
「よく見てください」
そう言って床を指差す。
今さっき、びしょ濡れだった絨毯がすっかり乾いていた。
「魔法は時間がたてば、もとの魔力に戻ってしまうんです。残るのは他に及ぼした影響だけ」
出したものが消える?
つまり水を出して飲んでも、その水分は体に補給されないわけか。
……うーん。不便なような、使い方によっては便利なような?
「さあ、今度は姫様がやってみてくださいな」
手のひらに魔力をためる。
それが水に変わることをイメージする。
──あっさりと、手のひらから水があふれだした。
オレは、魔法が使えた……!
感動で体が震える。
次に魔力が金塊になるイメージ。成功。
これ売れれば大金持ちなんだけどな。残念ながら、すぐに金塊は消えてなくなった。さらに火、風と試してみる。両方成功。思ったより簡単だった。
「なんと……。姫様は四元素すべて使えたんですね」
「どういうことじゃ?」
「普通は、得意魔法と不得意魔法があるんです。私は風と水しか使えません」
「へー。さすがは魔王の娘じゃな」
つぶやいてから、首をかしげた。
「なんで侍女のそなたが、わらわが四元素使えることを知らなかったのじゃ。もしかして本当はあんまり仲が良くなかったとか──」
「失礼な! 姫様は私のことが大好きですっ」
顔を真赤にして怒るユルテは、ちょっと可愛かった。
でもどうなんだろう。もしかして、ディニッサが逃げ出した原因は、ユルテの溺愛に疲れったってセンもあるのかな……?
「姫様は、面倒だから魔法を使わないんです。私が見たのは過去一度だけ。城の他の者たちも、その一回しか姫様の魔法を見ていないはずです」
「一回だけ……。せっかく魔法が使えるのにもったいない。魔法を使えば生活が便利に──いやそうか、何から何まで世話してもらうから必要ないんじゃな」
オレからすると羨ましい能力だが、生まれた時から自然に使えるならまた違うのだろう。空を飛ぶ鳥は、自分が飛べることに特別な感慨はもたないだろうから。
「その一回とは、どんな魔法を使ったんじゃ? 緊急事態だったんじゃろうが」
ユルテは過去を振り返るように目を閉じた。
懐かしそうに微笑む。
「それは死の魔法です。姫様は『皆殺し姫』と呼ばれているんですよ」
──ひどく物騒なことを、満面の笑顔で言われた。




