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シスコンリーマン、魔王の娘になる  作者: 石田ゆうき
第3章 旧領へ。新たな統治
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036 港町ヴァロッゾ

 デトナの話を聞いたあと、急いでみんなを集めた。

 ヴァロッゾの代官が逃げ出した、という情報にはみな驚愕していた。そしてすぐに実情を確かめる事が決定された。反対意見も出たものの、オレみずからヴァロッゾに行くことにした。


 移動にはルオフィキシラル家秘蔵の魔法船を使う。シロに頼まなかったのは、侍女だけではなく兵士たちも連れて行くからだ。もしもデトナの言うことが真実で代官が逃げ出しているなら、街が混乱状態になっているかもしれない。その場合、少数の魔族だけでは街を鎮めるのが難しいだろう。


 まあ、一度船の試運転をやっておきたかったのでちょうどいい。

 みんなを連れて、城の裏手にある船着場に向かう。着いてみると、そこにはド派手な金色の船があった。


 ……船まで金色かあ。おそらく船体にオリハルコンを使っているんだろうけど、これに乗って移動するのはちょっと恥ずかしい。


 魔法船は、街で見かける川船に比べてかなり大きい。川だけではなく、海での航海にも耐えられそうだ。長い船体の中央部には一本だけマストがたっていた。そのマストの前方には、半透明の小屋のようなものがある。


 みんなが船に乗り込んだのち、オレは侍女だけを連れて小屋に入る。小屋の中にはこの船の操縦席があるのだ。オレは中央の椅子に座って台座に手をかけた。この船はルオフィキシラル王家の者にしか動かせないらしい。


『ハロー。はじめてのご利用デスネ? まずはマスター登録をお願いしマス』


 台座に触ると、若い男の声が聞こえた。この魔法船は知性をもっていて、喋ることができる。話に聞いていたとおりだ。


「どうやったら登録ができるのじゃ」

『お名前をドウゾ』


「わらわは魔王トゥーヌルの娘、ディニッサ・ロニドゥ・ルオフィキシラルじゃ」

『了解。ディニッサ様は二代目マスターと認定されまシタ。資質チェックの結果、すべての機能がご利用になれマス』


「ならばさっそく動かしたいのじゃ。どうすればよいか教えてくれ」

『細かい制御はこちらでやりますので、外を見ながら進みたい方角を念じてくださるだけでけっこうデス』


 言われたとおり、城の堀を見て前に進むイメージをしてみた。小屋の中ではあるが、壁はすべて半透明なため視界は悪くない。きっとミスリルを加工して作られているのだろう。


「動いた」

「わ~。すごいねディニッサ様。ぜんぜん揺れないよー」


 船はすべるように動き出していた。音も静かだ。オールなどもなく、まだ帆も開かれていないというのに、どんな力で進んでいるのだろう。


『目的地があるのならば、告げていただければこちらであるていどの補正が可能デス。あくまで訪れたことのある場所ならば、デスガ』

「港町ヴァロッゾにいくつもりじゃ」


『了解。目的地設定しまシタ』


 話している間にも船は進み、川へと合流した。川で働く染物屋や、皮なめし、粉挽き水車に集まっている者、川を行き来する船頭たち。まわりにいる者たちが、一様に驚きの眼差しを向けてきた。


「なんだありゃ、すげえ……」「おお、ワシは前にみたことがあるぞ。その時はトゥーヌル様がのっておった!」「わぁ、キレイ……」


 太陽を浴びてキラキラと輝く魔法船が、ゆっくりと川をくだって行く。


「今この船はどうやって動いておるのじゃ?」

『ディニッサ様の魔力で、船のまわりの水流を操作することで進んでイマス』


「なるほどの。帆を開くのは、経験のない兵士でも可能か?」

『人の力は不要デス』


 その言葉と同時に、マストにたたまれていた帆が自動で開いていく。これは便利だ。おまけに魔力の消費量もたいしたことはなさそうだ。


『帆が開かれたので、風操作が効力を発揮できマス。強力な追い風を発生させることにより、高速航行が可能となりマス』

「よし。風操作を追加して速度をあげよ。最大船速じゃ!」


 未知の乗り物に出会ってワクワクしてきたオレは、元気いっぱいで魔法船に指示を出した。なんだか楽しくなってくる。


『了解』

 そして──

 

 突風が巻きおこり、甲板にいた兵士が吹き飛ばされた。驚きの表情を浮かべた男たちが木の葉のように舞い上がり川に落ちる。あたりに悲鳴と怒号が満ちた。


「と、止まれ!」

『了解』



 * * * * *



 考えなしに能力を発動したせいで大変なことになった。あれから、川に落ちた兵士の救助やケガの治療にだいぶ時間をとられてしまった。ノランには怒られるし兵士たちには野次られるし、散々だった。


 気分がよくなって調子に乗りすぎた。でもこの船も、喋れはするもののあんまり頭はよくないようだ。注意して使っていかないといけないだろう。


 最初の事故ののちは、スピードを抑えたため、とくに問題なくヴァロッゾに到着することができた。……ノランたちが文句を言わなければもっとトバしたのだが。


 そうやってたどり着いたヴァロッゾは、活気のある街だった。港はよく整備してあり、次から次へと船が出てくる。波止場には荷物の上げ下ろしをする人夫があふれていた。


 連絡もせずに入港したことで一悶着あるかと思ったが、デトナがうまく話をつけてくれた。胡散臭い言動のわりに、やることはちゃんとやるようだ。本当になにが狙いなのかよくわからない。


 代官屋敷までは、小さな船に分乗して向かった。驚いたことに、ヴァロッゾには街を移動するための水路まで作られているのだ。ルオフィキシラリアよりはるかに進んだ街という印象を受けた。


 街の中もやはり活気がある。商品を売り買いする声が、あちらこちらから聞こえた。ただ、すこし治安が悪いようにも見えた。水路をいく最中いくつか騒ぎをみかけたのだ。


 船のおかげで、あまり時間をかけずに目的地に到着できた。

 代官屋敷は、作られてから間もない美しい建物だった。石造りのその屋敷は、あまり派手すぎず、落ち着いた造りになっていた。


 デトナの案内で中に入ると、忙しげに多くの人間が動き回っている。荷物を運ぶ者、市民の話を聞いている者。代官屋敷では通常通りの政務が行われているように見える。


 代官が逃げ出したというのは、嘘だったのだろうか? そんな疑惑もわいたが、屋敷を調べていくうちに、トクラの失踪は事実だと認めざるを得なくなった。


 まず、屋敷にあるはずの金と資材がごっそり無くなっていた。さらに領地を管理するうえで必要な書類も多くが紛失していた。さらにトクラお気に入りの私物も、一切がなくなっていた。服や宝石などすべてだ。


 ……トクラが逃げ出したことはまあいい。よけいな手間をかけずに無血開城できたと考えることもできる。だが問題がいくつかある。


 まず金を持ち逃げされたのはかなり痛い。

 そしてそれ以上に、代官の執務室に置かれた書類がオレを動揺させていた。


 それは商人たちとの契約書だった。


 トクラは代官として船を何隻も買っていたのだ。しかも積み荷ごと。そしてその代金はまだ払われていない。急いで確認に行かせたところ、船はすべて出港ずみだった……。



 * * * * *



「トクラが勝手に買ったのですから、姫様が代金を払う必要はないでしょう?」

「……そうはいかぬ。トクラは領主ではなく代官じゃ。最終責任はわらわにある」


 この街を捨てるというならともかく、ここを支配するつもりなら金を払うしかない。金を払わないとなれば、商人たちからの評価は急落するだろう。今後の物資の買い付けにも支障をきたすことは間違いない。


「そうはいっても、トクラは税も納めていませんでしたし、姫様と無関係であることは明白でしょう?」


「いままで交流がなかったのは事実だとしても、今回の件と関わりがなかったことは証明できぬからの……」


 ユルテをはじめ、何人かがいまだ納得がいかないという顔だった。


「商人の立場から考えればわかることじゃ。今回と同じ手を使われるかも、と疑われることになるじゃろ。──たとえば、トクラの代わりにユルテを代官にする。ユルテが街で大量に買い付けし、逃亡。わらわはユルテが勝手にやったと言い張り、代金を払わない。しかし実はユルテはわらわの命令で動いており、物資は王都に、というわけじゃ」


「ディニッサ様、それすごいねー! いくらでも稼げるよ」

「いやいやいや、そうはならんと言っておるのじゃ。まず現金でしか取引しないようになるじゃろ。信用もガタ落ちじゃ」


 逆に言えば、これだけの契約を結べたトクラには絶大な信頼が寄せられていたということだ。その信頼も地に落ちるだろうが。


「それに今回は、契約相手もよくないのじゃ。これがたとえばトクラの子飼いの商人ならば、難癖つけてとぼけたり、最悪、罪をでっち上げて脅しあげたりする手もあった。しかし──」


「今回の契約者たちは、トクラとほとんど取引をしたことのない商人ばかりですねえ。ふふ。商売の規模も小さいところがほとんどです。契約を反故にされたら、潰れる店もけっこう出てきそうですねえ」


 商人を通してトクラに金が流れるようなシステムにでもなっていれば、対抗措置も考えるのだが、今回関わった商人たちはただの被害者だ。

 さすがに無実の人間に自殺でもされたら寝覚めが悪い。


 さらに契約された金額も絶妙なところだった。これよりもう少し高かったら、オレは評判のことなど気にせずに、契約を破棄しただろう。国の維持が不可能になるからだ。だが今回は、かなり厳しいもののなんとか払える程度の金額だ。


 これらすべてはトクラの計算どおりなんだろう。完全に手玉に取られた形だ。いまさら悔やんでも仕方がないが、まず最初に来るべき街はヴァロッゾだったのだ。


「しかしどうして……」

「それはディニッサ様が、徴税官を捕まえたからでしょうねえ」


 まだトクラに対してどんな態度も示していなかったのに、どうして彼はこんな行動に出たのだろう? 代官の地位を勝手に捨てるなんて、彼自身にだって大きな損害があるはずだ。そう思い、無意識に出ていたつぶやきにデトナが答えていた。


「徴税官……?」

「ほら、トクラはディニッサ様に税も払ってないし、悪どいこともしてるしで、徴税官みたいに厳罰をくらうと思ったんじゃないですかねえ」


 オレの行動が引き金になったということか。……けど、それにしては早すぎる。徴税官の裁判は昨日の午前中の出来事だ。まだ丸一日しかたってない。準備期間もないし、そもそも徴税官の情報をどうやって知ったんだ?


「そんなに不思議がることもないと思いますけどねえ。村に税の調査をするようになんて命令を出したら警戒するでしょう。口外しないように言いつけていたみたいですけど、所詮はただの司祭や村人ですからねえ。口がすべることもありますよ」


 オレの動きは最初から見張られていたのか……! リヴァナラフに指示を出したのが一週間前。その時から様子を見ていて、昨日の徴税官の件で協力するのが難しいとみて逃走したのか。


 ちっ、オレはそこまで清廉潔白ってわけじゃないんだけどなあ……。表向きはそういう演技をしてはいるけれども。せめて手紙でも送っておくべきだった。オレの気がまわらないせいで大損害をくらってしまった。金のことはもちろん、優秀な人材を逃げしてしまったのが痛い。


「姫様、これからどうする?」

「トクラが代官の任を放棄して逃亡したこと、トクラの情報を求めていること、次の代官がノランであること、以上を街のものたちに通告」


「……私は武官なのだが。街の管理などいたしかねる」


 ノランが即座に拒否した。まあ無茶な人事であることはたしかだ。軍事面を統括する者を領地経営にまわそうと言うのだから。しかしおそろしく人材が乏しいうちとしては、他に方法がないのだ。


「わらわとて、この大事な時期にそなたを軍から離したくない。しかし他に人がいないのじゃ」

「侍女たちは全員が貴族だと聞く。領地管理も可能だろう」


「そなたが説得できるのなら、それでもよいが」

「ユルテ殿──」


「お断りします」

「絶対イヤー」

「無理」


 こうなると思っていた。いまは夢でディニッサに会えるかも、という状況だ。一日でもオレから離れたくないはず。ノランもそうそうに説得を諦めたようだ。


「侍女は無理にしてもほかに誰かいるはずだ」

「いないじゃろ。代官に平民をすえるわけにはいかん以上」


 重要な地位に平民がつくことはまずない。無理に就任させれば反発は必至だ。

 しかしそうなると困ったことになる。配下に魔族が少なすぎるのだ。ケネフェトは首都から動かせない。侍女もダメ。ネンズとブワーナンも無理。


「ノラン、そなたが断ると、クナーかデトナが代官になるのじゃが」

「わかった、引き受けよう」


 オレが次の候補を挙げると、すぐにノランが了解してくれた。

 

 ……やっぱりノランも、クナーが代官に向いていないと思っているのか。これでクナーが武官以外には使えないのが確定しちゃったな。逆にデトナは、そつなくこなしそうだけど、大役をまかせるほど信用できない。


「デトナは副官として、ヴァロッゾのことをノランに教えよ」

「えー。僕、ディニッサ様のそばでお役にたちたいなあ。すごく早く移動できるしとっても便利ですよ。そうしませんか、そうしましょうよ?」


 そうニヤニヤするデトナを見ていて、ひとつ思いついたことがある。

 それはトクラがすばやく情報を入手できた理由だ。気づけば単純なことだった。連絡員に魔族を使っているだけだ。そしてその連絡員とは、このデトナだったのではないかと思われる。とくに証拠はないが……。


 この世界の旅人は一日30kmていどしか進めない。ルオフィシラリアからヴァロッゾまでは徒歩で3~4日、船でも1日かかる。けれど魔族なら1時間以内でたどり着けるのだ。配下に魔族が少なすぎてそういう発想が浮かばなかった……。


「……いや、武官のノランはこのような仕事に慣れていない。補佐する者が必要じゃ。ヴァロッゾの統治が安定したなら、そなたを王都に呼ぶことも考えるのじゃ」

「それじゃあしかたありませんねえ。こっちで頑張りますよ。で──」


 ニヤリと挑発するようにデトナが笑った。


「さっそく役目を果たしますけど、今日の資金繰りはどうしますか? お金を払ってやらないと、何人か商人の首が飛ぶかもしれませんねえ。放っておきますか。それとも適当な大商人でも捕まえて財産没収でもしちゃいましょうか? 僕、けっこういいネタ持っているんですよね」


「徴税官のようにするのか。悪事の証拠を掴んでいるのなら、それもよさそうだ」

「いや、ダメじゃ。徴税官の時とは状況が違う」


「どう違うんですか、姫様?」

「徴税官はたった一人で徴税作業を取り仕切っていた。同業者がいないため、他に波及する影響が少なかったのじゃ」


 たとえば徴税官が地域ごとに数百人いて、横のつながりでもあったなら、ああいう手はとらなかったかもしれない。どの徴税官が不正を働いているか、調べるだけでも手間だし効率が悪い。最終的にはなんらかの裁きをくだすにしろ後回しにしたはずだ。


「それにじゃ、かわりに税の徴収を任せられるあてもあった」

「何人か商人がいなくなったとしても、代わりはいくらでもいるのでは?」


「いきなり商人の財産没収などをやると、それがたとえちゃんとした不正の証があったとしても、他の商人に疑惑をいだかれかねないのじゃ。わらわが商人を締めあげて金を吐き出させようとしていると」


 徴税官の時は、没収した財産を村々に配ってしまった。だからカネ目当ての行動だと思う者はいないだろう。しかし今度は自分の懐に入れるわけだ。これは疑われる。


 しかもトクラ(あるいはデトナ)がそのことで騒ぎたて、商人たちを扇動しそうな気がする。ここが一番大きいとはいえ、港は東にも西にもあるのだ。商人たちに逃げられたら、ヴァロッゾを支配している意味がなくなってしまう。


 トクラもこれだけのことをしたのだ。完全にオレの敵にまわったとみていい。今後、その豊富な資金と情報網を使って、嫌がらせをしてくるだろう。オレがこの辺りを制覇でもしたら、自分の身が危なくなるのだから。


 すでにトクラはどこか遠くに逃げ去った、という可能性もあるが……。どうもそんな気がしない。ただ逃げるだけにしては、奪った資材が膨大すぎる。どこかに拠点を作ってオレを見張っている、と想定しておいたほうがいいだろう。


「この街の大商人から少しづつ金を集める、というのはどうじゃろう。不正の証拠をちらつかせつつ、これから先の協力も匂わせてな」


「難しいと思いますよ。すでにトクラが『ディニッサ様に献上するため』と言って相当額を搾り取っちゃいましたからねえ」


 クソ、そっちも手配済みかよ。本当にやりたい放題やっていきやがったな。

 

「……わらわが船で往復する。当座の資金は城から持ってくるのじゃ」


 結局こうするしかなくなってしまった。


 まずい、金が足りない。武具作成、兵士募集、砦建築、道の整備、街の清掃、シロの餌。金を派手に使いすぎた。もともとけっこうギリギリだったのに、この出費は予定外すぎる。


 なんでこんなことになってしまったんだ。

 ヴァロッゾを支配できれば大金が手に入るはずだったのに……。

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