032 伝説の鍛冶屋
テパエのはずれに古びた工房がある。庭は草ぼうぼうで、手入れをした様子もない。家を囲う木の柵も腐りかかっているようなありさまだ。
「こんなところに、伝説の鍛冶屋がいるんですか? この工房はまるで流行っていないようですけど」
「気に入った仕事しかしない偏屈な野郎なんだよ。腕はたしかだ」
──オレは戦争に向けて戦力を増強するために、鍛冶屋を探していた。ただしふつうの鍛冶屋ではダメだ。オリハルコンなどの魔法金属は、魔族の職人にしか鍛造できないからだ。それを知ったネンズが、この街一番の鍛冶屋の所に案内してくれたというわけだ。
暗黒竜クルワッハを退治したことで、ネンズと街の住人から大きな信頼を得ることが出来た。汚物のような臭いに苦しめられながらの長時間労働だったが、やった価値はあったということだ。
ユルテとネンズの言い合いが続く中、工房の扉が開かれ人が出てきた。
工房から出てきたその人物には、6本もの腕があった。まるで阿修羅のようだ。ただしあまり迫力はない。背が低く、顔立ちも子供のようだった。目当ての職人の子供だろうか?
「おう、ゴニンヴのジジイ、珍しいじゃねえか。こんな朝早くから起きてやがるなんて明日はドラゴンが降るぜ」
「うるせえよクソガキが。お前らが外で騒いでるから目が覚めちまったんだよ!」
ゴニンヴと呼ばれた少年?がネンズと言い合いをはじめた。言葉は荒いが、二人の間には親しげな空気があふれている。彼こそが目的の鍛冶屋だったようだ。
「それでどうしたよ小僧。こんなべっぴんさんばっかり4人も連れて来やがって。俺様に嫁の紹介でもしにきたか? だったら大歓迎だぞ。4人のうち誰でもいい。なんなら全員でもかまわんぜ」
ゴニンヴはオレたちを見回しながらニヤニヤしていた。全員の顔を見て、それからユルテとファロンの胸で視線が止まる。わかりやすくエロ親父だな。少年のような外見と中身はまったく違うようだ。
ユルテがオレを後ろに隠し、ファロンがゴニンヴを威嚇した。たしかに4人って言ったけど、気を使ってオレも含めただけだろう。そんなにロリコンばっかりいるわけがない。そもそも嫁発言も冗談っぽいしな。
「オレでさえ独りモンなのに、ジジイなんぞに嫁の世話をするかよ。今回は鍛冶の依頼さ。こっちのディニッサ様が頼みたいことがあるらしいんでな」
「ああ、トゥーヌル様の……。それにしてもお前が付き添いかよ。何があった?」
* * * * *
工房と一体化した家の中で簡単な説明をした。オレがちゃんと領主として活動をはじめた事、フェンリルを飼いならした事、ネンズと勝負して配下にした事。
そして話がクルワッハ退治に及ぶと、ゴニンヴが目を輝かせた。
「ミスリル鉱床でクルワッハか! じゃあアレがあるな!?」
「ああ、ここにあるぜ。ジジイ、腕がなるだろ?」
ネンズが袋をテーブルの上に置いた。中にある「アレ」とはミスリルの塊だ。ブワーナンがクルワッハのウンコから小躍りしながら掘り出した例のブツ。
ゴニンヴは袋から取り出したミスリルの塊を、一つ一つ愛おしそうになでた。侍女たちがジトッとした目でゴニンヴを見る。好感度がマイナスに突入してそうだ。
「それ、クルワッハの糞じゃろ。汚くないかの」
「かぁ~、女子供にはこれの素晴らしさがわからんのか。ミスリルだぞ、幻の銀だぞ。これのためならウンコの山だって掘り進めてやるさ」
女でも子供でもないけど、理解不能です。もともとオレはあんまりなにかに執着したことないからなあ。この手の職人気質はよくわからない。
「で、姫様よ。これでなにを作ればいいんだい?」
「わらわの武器を頼む。形は──」
ミスリルにはいくつかの素晴らしい特徴がある。
ひとつ、魔法伝導。通常、魔法は自分の体から発動するが、ミスリルは体の一部のように扱えるのだ。
ふたつ、色彩変化。ミスリルはかなりの幅で色を変えられる。透き通るような半透明にまで加工可能だ。
そして魔法金属の共通特徴として、高い硬度と靭性を備える。
これらの性質をいかして銃器を作ることにした。といっても構造は単純だ。ただの長い筒の中にライフリングを刻む。基本はこれだけだ。
火薬は魔法で代用。弾も魔法で作り出せる。このおかげで面倒な構造は一切省いて作成可能なのだ。ダイヤモンドランスとどっちか魔力効率がいいかは実験してみないとわからないが、仮に消費魔力が大きくても使いみちはあるだろう。
* * * * *
「それが武器なのか? わけがわからねえ。だけど、おもしろいかもな。完成したあとでどんなふうに使うか楽しみにしてるぜ。……ただ殴るだけ、とかだったらさすがに怒るからな」
その後、侍女や配下の魔族たちの武器と防具も依頼してから工房をあとにした。材料の心配はない。9年間の税の代わりとして、鉱山から採掘されるオリハルコンとミスリルは、オレが優先して使えるように話をつけてあるのだ。
* * * * *
帰りは船旅だ。理由は二つ。
一つはシロがオレたちを乗せてくれなかったため。洞窟から出たオレたちは何度も水浴びをし、高い香水まで使ったのだが、まだ臭いがとれていないらしい。シロもヘルハウンドたちもオレが近づくのを嫌がった。
もう一つは大人数での帰還になったためだ。
コボルトとドワーフ200人づつとネンズが同行している。
コボルトたちは優秀な鉱夫であり、また道路や橋の整備に長けた者も多い。その中でも特に土木工事に詳しい者たちを集めてきた。ドワーフたちも鍛冶だけではなく、建築にも力を発揮できる。いずれもいま必要な人材だ。
テパエの労働力が減ってしまったが、それは犯罪者を馬車馬のように働かせることで補う予定だ。新しく代官になったブワーナンによく言いつけておいたのでうまくやってくれるだろう。ちなみにネンズは代官を降ろされたにもかかわらず、不満は述べなかった。むしろ喜んでいたのはなぜだろう?
* * * * *
「本気か姫様。アンタ頭がおかしいぜ」
帰りの船の上でネンズたちにこれからの方針を語った。そうするとネンズが呆れたようにそう言ったのだ。
オレがネンズに下した命令はこうだ。「9年前の戦争で奪われたゲノレの街の鼻先に砦を作れ」いわゆる陣城である。本来なら街を包囲するようにいくつもの砦を作り、出入りを封鎖するのだが、今回は正面に一つ作るだけだ。
そもそもこっちの世界の戦争は、開けた場所での野戦がほとんどだ。当然籠城などもありえないので、物資の搬入を邪魔するメリットもほぼない。むしろ関係ない平民に恨まれるだけだろう。
「すぐ戦争になっちまうんじゃねえか?」
「それはないはずじゃ。こちらから攻撃を仕掛けるわけではないからの」
「姫様、敵の領土に砦を建てるのは、戦争開始の宣言だととられても仕方ないのではありませんか?」
「敵の領土ではない。東の魔王とは講和しておらぬし、国境も決まっておらん。ゲノレから後ろは敵地と認めるとしても、それ以外は関係ない。敵が文句をつけてきたらそう言って追い返せ」
ネンズと侍女たちが呆れた顔をした。たしかに詭弁かもしれないが、ちゃんと契約をかわしていないのが悪い。むしろゲノレの街以外の村々はすべてこちらのものだと言い張ってもいいくらいだ。
「そんなこと言ったら、怒って攻めてこないかなー?」
「おそらく大丈夫じゃ。むろんこれをやるのが9年前ならどうかわからぬ。しかしあとたった二ヶ月だけとなれば、ヤツらも我慢するであろうよ」
砦というものが戦争で有効と思われていれば、また別の結論に達するだろう。しかしこっちでの砦や城壁は、動物や魔物、そして犯罪者に対する備えであり、魔族同士の戦闘で役に立つとは思われていない。せいぜい無いよりはまし、ていどだ。
「それでも襲ってきたらどうする気だ? 鉱夫たちを戦わせるつもりかよ」
「わらわの調べでは、そこまで短気な相手とは思わんが。……万が一そういう事態になったら、物資をすべて捨て逃げてよい。むしろ戦うのは禁止じゃ」
「なるほど。それならいいぜ。部下の安全を最優先でやらせてもらう」
「うむ。重要なのは優秀な人材じゃ。金と物は補充もできようが、なかなか人はそうはいかんからの」
なぜかその場が静まり返った。ネンズと、ドワーフやコボルトたちの視線がオレに集まる。なんだ? べつにおかしなことを言ったつもりはなかったんだけどな。
「くっくっく。本当にイカれてやがるな」
「なんじゃ?」
沈黙のあと一呼吸おいて、ネンズが含み笑いをはじめた。
その瞳にはひどく愉快そうな色が浮かんでいる。
「親方が失礼をしてすみませんな。けれども姫様を侮辱しているわけではないのですじゃ。親方は姫様の言葉に感動しておるのですじゃ」
「ネンズ様は頭よくないっスから、うまく言葉にできないだけっス」
ドワーフとコボルトがネンズをフォローした。
彼ら二人の顔もなにやら嬉しげだった。
「優秀な人材、かよ。トゥーヌル様だって、ただの平民をそんなに評価してくれなかったぜ」
「いや、どう考えても貴重な人材じゃろ、ドワーフもコボルトも」
「そうかね? 魔族にとっちゃ平民なんざ、どれも同じ、いくらでも替えがきく存在なんだぜ」
そうなのか? そこまでひどい関係だという印象は受けなかったんだが。魔族が平民を虐げている場面もみた記憶はない。
だけどよく考えると、魔族が自分の部下以外の平民と会話しているのはほとんどみたことがないな。侍女たちが平民に話しかけたことって、あったかな……?
「ほかの魔族は知らぬ。わらわにとっては大事な人間じゃ。一人たりとも死なせたくはない。……ああ、言い忘れていたが、逃げきれぬとなれば降伏も許す」
オレの言葉に、船にいる全員が驚いたようだった。
「正気かよ。自分の役に立たなくても生きていろって言うのか」
「まあ襲われるとしたら、わらわの作戦ミスじゃしな」
「降伏したら敵のために働くかもしれんぜ?」
「それも仕方ないじゃろ。戦に勝って取り戻すしかあるまい」
ネンズが会心の笑みを浮かべた。
「ククッ、最高だ。なんの疑いもなくそう言える魔族は他にはいないだろうぜ。これも城に引きこもってたせいかね。もしそうなら運命に感謝したいな」
「姫様ってこういう方だったんスね。もっと早く会いたかったッス」
「そうだな。オレもそう思う。……なあ姫様、いまオレがどんだけ喜んでいるか、姫様にゃわからないだろうぜ」
そう言うとネンズは真剣な顔になり、姿勢を正した。
「これが酔っ払ったオレが見てる夢じゃないのならば。──オレは、アンタのために生きることをここに誓う。オレの命もこいつらの命も好きに使ってくれてかまわないぜ」
「え? あ、ああ。そなたたちの忠誠、ありがたく受けよう」
算数勝負で不承不承したがった時はもちろん、クルワッハを退治したあとでさえ、れほどの信頼は得られなかった。なにがネンズの琴線に触れたのか判然としないが、彼の全面的な協力を得られるようになったようだ。
「いやいやいや、オレらの命まで勝手にしないで欲しいッス」
「なんだ文句あんのかよ。お前らよく見ろよこの美貌を。大人になったらどんだけ美人になるかわからんぜ? 必死に仕えれば、嫁になってもらえるかもしれんぞ」
「マジッスか!?」
「ないです。姫様は私のものです。おさわり禁止ですから、近づかないで下さい」
ネンズの冗談を真に受けたユルテが、オレを自分のそばに引き寄せた。
白い翼でオレの体を覆って彼らから隠す。
「くくく、面倒くせえ番人がいやがるな。だけど障害があったほうが恋は燃えるらしいぞ?」
「……つーか、姫様が大人になる前に、オレら寿命で死んでますからね」
「そうじゃの。それに物事には釣り合いというものが大事じゃ」
「ネンズ様、いくらネンズ様でもね、俺らの命までかけるのはやりすぎッスよ。だから──」
さきほどのネンズと同じように、二人が居住まいを正した。
そうして深々と頭を下げる。
「俺は俺の意志で姫様に忠誠を誓うッス」
「ワシも同じく。きっと仲間たちも喜んで姫様にお仕えするはずですじゃ」
「……そうか。そなたたちが後悔せぬよう全力を尽くそう」
「言っておきますけど、しおらしい態度をみせたところで、姫様はあげませんからね?」
オレを抱きしめたままユルテが船べりまで下がった。相変わらずの過保護だ。
そしてそれを見たネンズが、なぜか腕まくりをして近づいてきた。
「そこまで言われるとなんか燃えてくるな。この俺が婿候補として立候補するか」
「え~。姫様、ネンズ様の嫁になるくらいなら、俺のほうがマシっスよ!?」
「そういうことならワシも! 老いらくの恋というのも乙なものですじゃ」
「なっ、な、な……!」
ネンズが突っかかったせいで、ユルテが大荒れになった。その余波で船が揺れ、何人かが川に落ちた。けれども落ちたものを含め、みな笑顔だった。
オレも大学のサークルを思い出してすこし楽しくなった。
もしかしたら、こっちに来て笑ったの、はじめてかもしれないな……。




