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シスコンリーマン、魔王の娘になる  作者: 石田ゆうき
第3章 旧領へ。新たな統治
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暗黒竜クルワッハ

 入って早々にトラブルがあったが、あらためて坑道の探索を続ける。

 先ほどと違って、視界はバッチリだ。オレンジの狐火があたりを照らしてくれている。


 ブワーナンが先頭なのはさっきと同じだ。その右後ろにユルテ、左後ろにファロン。

 そして三人が描く三角形の中心には、フィアにおんぶされたオレがいた。


 ……しかし、異世界で初めてのダンジョン探索がおんぶか。

 かなり恥ずかしい。見物人がいないのが、せめてもの救いだろう……。



 * * * * *



 坑道はほとんどまっすぐで、単調な景色が続く。

 先に進むにつれ、湿気が増してきた。ひんやりとした空気だが、さわやかさはまったくない。悪臭ただよう坑道は、不快そのものだ。


 ──入り口からしばらく行ったところで、ブワーナンが足を止めた。


「いましたぞ! 100mほど先にクルワッハが一匹!」

「うん、なんかいるねー」


 ブワーナンに続いて、ファロンも声をあげる。

 オレの目には見えないが、何かがいるのはたしからしい。


「距離50mまで前進。ファロン、明かりをもう一つ出して先行させられるかの?」

「わかった。──狐火」


 ふたつ目の狐火が宙に生まれた。

 新たな狐火は、ブワーナンを追い越して飛んで行く。

 オレたちが50m歩く間に、狐火は敵の居場所まで到達していた。


 狐火の光が、大蛇を照らし出す。

 羊のような角が頭から生えていて、ひと目でただの蛇ではないとわかる。体は黒と灰色のまだら模様で、口からは緑色の息を吐きだしていた。


 ただし、それほど大きくはない。それに胴の太さのわりに長さが短く、全体的に不格好だった。暗黒竜などという偉そうな名前は、誇大広告だと思う。


「ファロン、ブワーナン、そなたらが使える魔法系統はなんじゃ?」


 遅ればせながら2人に尋ねた。

 本来なら洞窟に侵入する前に、全員の能力確認をしておくべきだったかもしれない。


「ファロンは風・火作成、操作系全種。それから召喚魔法が使えるよー」

「ワシは風と土と物体操作が使えますぞ!」


 ユルテが風と水。フィアが水。

 遠距離攻撃に向いてそうなのは、土を使えるオレとブワーナンぐらいかな。


「先に言っておくが、炎系魔法は使用禁止じゃ。この距離からの精神操作魔法で、あやつをなんとかできるものはおるかの?」


「無理です。他者への精神操作は、相手への接触が基本条件ですから」


 さすがにそう簡単にはいかないか。

 本物のディニッサなら可能かもしれないが、オレは精神操作は得意じゃない。シロとの会話くらいにしか使ったことがないし。


 精神支配が無理なら、物理的に叩くしか無い。

 とりあえずは、遠距離戦で様子をみようか。


「わらわが一撃くわえてみるのじゃ。ほかの者は戦闘待機。警戒をおこたるな。フィアへの空気供給はユルテが引き継げ」


 フィアから降りて、戦闘体勢に入る。


『オーラセカンド10分』


 最初に魔法で全身を強化する。

 シロ戦での失敗をふまえ、バランス感覚強化も追加したバージョン2だ。これで急に走りだそうが、宙返りしようがバランスを崩すことはない。


『ボロンカーバイド1秒!』


 ボロンカーバイドは、ホウ素と炭素が結合した物質だ。非常に硬く、熱や酸にも強い。

 その硬さは、戦車の複合装甲にも使用されているほどだ。作成時の消費魔力は跳ね上がるが、ボロンランスより強力な槍を作り出せる。


 クルワッハは一見鈍そうな魔物だが、じっさいどうかわからない。

 今はおとなしくしているが、攻撃したらどうなるか。2射目が撃てるからわからないのだから、魔力を気にせず強い攻撃を放った方が良いだろう。


 手にあらわれた巨大な投げ槍を、大きく振りかぶる。

 炭化ホウ素は軽いため、まったく負担にはならない。むしろ魔族の体には軽すぎて、投げづらいくらいだ。


 槍を力いっぱい投げた。

 空気を切り裂く音とともに、槍がクルワッハに吸い込まれる。直撃。しかし槍は蛇に突き刺さらず、すべって坑道にぶち当たった。横壁に穴があき、岩が崩れる。


 炭化ホウ素の槍が通用しない……!?

 おそらく今の攻撃は、戦車の装甲でさえやすやすと貫けるほどの威力があったはずだ。

 避けられるならともかく、防がれるのは予想していなかった。


 攻撃を受けたクルワッハは、猛然とこちらに向かってくる。

 体をくねらせ、地を這いながら、アッという間にオレたちのそばに到達した。


「接近戦用意! ユルテとフィアは下がるのじゃ」


 命令しながらも前に出て、クルワッハを待ち構える。

 近くで見ると、角があるだけのふつうの蛇のようだ。手足はなく羽などもない。


 オレが動く前に、ファロンが左から飛び出した。

 鋭い爪でクルワッハを引き裂く。かなりの速度で当たったそれは、しかし敵にダメージを与えられなかった。爪の先がすべって、ファロンの体勢が崩れる。


 バランスを崩したファロンに、クルワッハが噛み付こうとした。

 オレは、クルワッハの頭部にローキックを放つ。クルワッハの体がすこしズレて、ファロンへの攻撃は阻止できた。


 けれど、オレの蹴りもやつには効かなかった。

 蛇鱗を包むヌルっとした体液が、こちらの物理攻撃をそらしているらしい。


 後ろに回ったブワーナンが、クルワッハの尻尾を掴もうとした。

 しかし手が滑ってコケる。


 刺し、切り、叩き、掴み、そのすべてが防がれてしまった。

 やっかいな敵だ。通常の物理攻撃は通用しそうもない。


「ディニッサ様、なぐっても意味ないよー。火使わせて!」


 ファロンが、クルワッハの噛みつきをステップでかわした。反撃はできない。

 ユルテが真空波を放ち、ブワーナンが大岩を作り出し押しつぶそうとした。

 ……だがそれらの攻撃はウロコですべってしまい、目立った効果はない。


 物理ダメ、土ダメ、風ダメ。

 できれば使いたくなかったが、炎系魔法を使うしかないようだ。


「ファロン、火を使ってよい。ただし最小火力で様子をみるのじゃ」

「おっけー」


 ファロンの手に、小さな火があらわれた。


 ──瞬間、ボンっという音がして、あたりに爆風が巻き起こった。

 恐れていた通り、クルワッハの毒ガスは可燃性だったのだ……!

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