鉱山に潜む魔物
「クソ、なんか騙されたような気がするぜ……」
算数勝負で負けたネンズがぼやいている。
納得はしていないようだが、逆らう気配はない。方法はともかく、約束してしまったことを反故にはできない、といったところか。
算数ではなく喧嘩で組み伏せた方が、ネンズの好意を得られたのは間違いない。
実のところ、殴り合いでも勝てる自信はあったのだ。ヤツの得意魔法は聞いているし、それ用の対策もしてある。
ただ、戦闘となると侍女たちがどう動くかわからない。
一騎打ちに割り込んできかねないし、ネンズに敵対意識を持つようになるかもしれない。
それではダメだ。ネンズおよび鉱山都市を、友好的に手に入れてこそ意味があるのだ。
戦争を前にして組織の和が乱れるのなら、何もしないほうが良い。
それに今すぐ信頼が得られなくても問題ない。
しばらくいっしょに過ごしていれば、すぐに見なおしてもらえるはずだから。
これはなにも、自分が優れた人材だと自惚れているわけではない。
比較の対象が、引きこもりで贅沢三昧、なおかつ家来の大量殺戮までしたディニッサなのだ。これを下回ることなど、そうそうできることではない。
「そなたの気持ちもわかるのじゃ。だが、フェンリルを従えたことで、わらわの力はすでに証明されていよう」
「それはそうなんだけどな……」
やはり釈然としない様子だ。
自分の目で確認しないと納得できないタイプらしい。
……まあ、そうならそうでやりようはある。
「このあたりに魔物などはおらんのか? わらわは無駄な戦いをするより、みなの役にたつことに力を使いのじゃ」
ネンズを倒したところで、彼の心服が得られるだけでプラスアルファがない。
民を苦しめる魔物を征伐すれば、力が示せるだけじゃなく、みんなの好意も得られるだろう。
今回は侍女もフルメンバーだし、シロもいる。
たいていの魔物なら、問題なく討伐できるはずだ。
「そうか、そういう手があったか! 実はよ、鉱山に魔物が出て困ってんだ」
「ほほう。それは難儀じゃな。話してみよ。わらわが解決してやるのじゃ」
都合よく魔物がいるという知らせに、頬が緩みそうになる。
……最悪、自作自演で事件を作ろうかと考えていたので、非常にありがたい展開だ。
オレは努力して表情を保ちながら、ネンズの話に聞き入った。
* * * * *
数日前、テパエ山で新しい鉱脈が発見された。
けれどそこから毒ガスが流れ出たせいで、採掘が中断してしまった。
ネンズは部下の魔族に、毒をなんとかするように命令したらしい。
ブワーナンという名の部下は、命令通り魔法で毒を中和していった。だが、いっこうに毒は減らなかったのだ。
山の内部に毒ガスがたまっていることはある。
しかし次々にガスが噴き出してくるなら、何か発生源があるということになる。
そうして探ってみたところ、新鉱脈の奥で魔物を見つけたのだった。
魔物の名は、暗黒竜クルワッハ。
闇にひそみ鉱石を食らう、鉱夫の天敵らしい。その口から吐き出される息は、すべての生物に死を与えるという。
クルワッハという名前には、何か聞き覚えがある。けれどはっきりと思い出せない。
まあ、思い出せないということは、たいした敵ではないのだろう。
……暗黒竜クルワッハか。
ぶっそうなブレス攻撃をするようだし、シロたちのように従えるのは無理そうだ。
でも倒せれば、街の人達の信頼は勝ち取れる。鉱夫の天敵というのがすばらしい。
* * * * *
すでに夕方だったが、そのまま鉱山に向かうことにした。
最低限の基礎ができるまでは、あまり時間をムダにしたくない。内政、軍事、外交とやるべきことは果てしなく多いのだ。
出撃メンバーは、オレと侍女3人に、ネンズとブワーナン。あとはシロとヘルハウンドが7匹だ。オレと侍女たちはシロに乗って移動したが、ネンズは徒歩だった。
シロかヘルハウンドに乗るよう勧めたのだが、断られたのだ。
ノランたちもそうだったが、どうして魔物に乗りたがらないんだろう?
かわいいし、素直な連中なのに。出会ったばかりだが、オレはかなり気に入っている。
──目的の鉱山は、街から少し行ったところにあった。
坑道の入り口からはまだ距離があるというのに、あたりには悪臭がただよっている。
ヘドロのような、吐き気をもよおすひどい臭いだった。
「ひどい臭いじゃの。それにあの狭さでは、シロは入れそうもないのじゃ」
シロの代わりにヘルハウンドを連れて行こうか。
しかしヘルハウンドたちは、その場から一歩も前に進もうとしなかった。さすがにこの悪臭には耐え切れないらしい。
強く命令すれば、言うことを聞くと思う。けれど、そこまでしてヘルハウンドを連れて行くメリットはなさそうだ。この悪臭では、ヘルハウンドの嗅覚も役には立つまい。
「……シロ、ヘルハウンドたちを連れてこのあたりで狩りでもしておれ。ただし、決して人間や家畜は襲わないこと。よいな?」
(ワカッタ!)
オレの指示を受けたシロは、疾風のように去っていった。
犬系の魔物は、鼻が良いぶん悪臭に弱いのかもしれない。
……そのわりにはアイツら、オレの靴を大興奮で嗅ぎまわっていたのだが。
「……それじゃいくかの」
「姫様、悪いが俺は無理だ。ここに残って吉報を待つぜ」
ネンズに出鼻をくじかれた。
オレだって、行きたくないのを無理して頑張ったのに。
この野郎、自分だけ参加しないつもりか?
ネンズは、オレの非難の眼差しを物ともせず、淡々と野営の支度をしている。
元々はオレの力を示すためのイベントだ。ネンズが来なくても問題ない。
だが、このすさまじい異臭を前にすると、気分も変わってくるのだ。1人だけ苦しまない場所にいるかと思うと、かなりイラついてくる。
「そなた、臆したか?」
「そういうわけじゃねえって。毒ガスが蔓延しているって言ったろ? 風の魔法を使えないと、何もしないうちに死んじまうんだよ」
言われてようやく理解できた。
常に魔法で空気を作り出しておかないと、毒でやられてしまうのか。
……これは面倒だな。




