魔法訓練
「本当は、妹の陽菜さんと入れ替わる予定だったんでしょうね」
オレの希望をあっさり打ち砕きながら、ユルテが言った。
話を聞いて、オレと同じ結論に達したらしい。まあ、陽菜の体が光っていたことを思えば、そう考えるのが自然だろう。
オレはアクシデントにより、このわけがわからない状況に追いこまれたのだ。
が、それはどうでもいい。陽菜が異世界に放り込まれることを思えば、身代わりになれて嬉しいくらいだ。
……ただ、ユルテの言葉が頭に残る。
『姫様なら、同意を求めたはず』
となると陽菜は──
オレのそばにいるより、どこかわからない世界に一人で送り込まれたほうがましだ、と思っていたことにならないか?
わりと仲良し兄妹だと思ってたんだけどなぁ。
ちょっと、というかかなりヘコむ……。
「そんな辛そう顔をなさらないでください。私まで悲しくなります」
ユルテが優しく抱き寄せながら、慰めてくれた。
……情けないが、ほんの少しだけ甘えることにした。
* * * * *
「この事態を解決できる者を、誰か知っておるかの?」
「申し訳ありません。これほどの魔法の使い手となると、そうはいないのです」
正体がバレてしまったために、気楽に質問できるようになった。
けれど、期待をこめたオレの質問に、芳しい答えは得られなかった。
「ならば、どうすればいいのじゃ?」
「そうですね。姫様がもう一度魔法をお使いになるのが、もっとも近道のように思います」
「いや無理だろ、じゃろ。魔法の使い方なんてわからないのじゃ」
「使い方がわからない?」
ユルテが心底不思議そうな顔になった。
しかし驚かれても、こっちが困る。
「むこうの世界には、魔法使いなどおらんのじゃ」
ためしに、右手を開いて『水が出る』と念じてみた。出ない。
風呂でユルテが使っていた魔法を真似してみたのだが、まるでうまくいかない。
「魔法のやり方を教えてほしいのじゃ。ちゃんと教わればイケるかもしれない」
「教えて、と言われましても……」
オレの言葉に、なぜかユルテは少し困った顔をした。
「魔法は、魔族が自然に使っている能力なのです。どう教えればよいのか……。こう、グッと力を入れて、パッとイメージする。……で、おわかりになりますか?」
おわかりにならない。オレは力なく首を振った。
困った。どうやら魔法とは、呼吸のようにごく当たり前にできる現象のようだ。
「わかりませんか……。ならば、私が実演してみましょう。それでなにかつかめるかもしれません」
そう言ってユルテは手のひらを上に向けた。
「今、魔力を手のひらを上に集めました。わかりますか?」
ユルテの手をじっと見つめる。なにも見えない。
「すまん。なにも見えないようじゃ」
「姫様、魔力は見るものではなく、感じるものです」
見るんじゃない、感じろ?
いや、そんな映画みたいなこと言われましても……。
ためしに目をつぶって意識を集中してみる──
ユルテからいい匂いがした。視覚を封じたことで、嗅覚が鋭敏になったらしい。
うん、ぜんぜんダメだ。
「無理ですか……。じゃあ、今度は姫様が魔力を出してみてください。こう、手のひらにガッと力を集めるカンジです」
「……。」
ちょっとジト目になったかもしれない。
この子、人に教える才能がまるでない。
オレの冷めた視線とうらはらに、ユルテはなぜか興奮したように翼をパタパタさせていた。そして力いっぱい抱きしめてくる。
「もー、なんですか、その可愛い目は! 初めてみました、そんな素敵な顔っ」
ジト目は大好評だった。
いいから、ちゃんと教えろよ!
ユルテを振り払って、魔力作成をためす。
右掌を上に向け、力を入れる。手をぷるぷると震わせながら、血管が浮き出るほど力を込めた。
「うぅぅぅぅ!」
「ふわぁっ!」
オレが頑張っていると、へんな声をあげつつ、ユルテがまた抱きついてきた。
なんなんだこの女は、いい加減にしろっ。
いくら絶世の美人といえど、真面目な行動を邪魔されるのは腹が立つ。
「もうっ、なんなんですか、可愛い仕草を連発したりして、なにをたくらんでいるんですか!?」
なにもたくらんでねえよ!
「離れよっ。それより、魔力は出ておったのか」
「いえ、まったく。どうしてなんでしょうね。姫様の体からは魔力を感じるのに」
ただ力を入れるだけじゃダメらしい。なにか違うアプローチが必要だ。
その時、ふと閃いた。
「ゆっくり横になれる場所はあるかの? 静かで邪魔が入らないとよいのじゃが」
今度はユルテがジト目になった。
「なにを勘違いなされたかしりませんが、私と姫様はそのような関係ではありません。静かなベッドルームで愛をはぐくもう、などと言われても困ります。」
「言ってねーよ! 勘違いしてるのはそっちだ。魔法に関してちょっと試したいことがあるだけだよっ」
魔法の実験している最中に、いきなりエロいこと考えるかよ。
「本当にそうなのですか?」
ユルテが疑惑の眼差しを向けてくる。
だけど行動はしてくれた。また抱え上げられる。
これ、移動は全部お姫様抱っこなのかなあ……。