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シスコンリーマン、魔王の娘になる  作者: 石田ゆうき
第3章 旧領へ。新たな統治
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街の景観

 街の大通りを歩く。

 護衛役のユルテとファロンの他に、文官ケネフェトと大商人ガーナンもいる。

 詳しい者を連れて、街の視察をおこなっているわけだ。


「ディニッサ様ー!」


 昨日までは遠巻きに眺めるだけだった人々が、声をかけてくれるようになった。

 オレも手をふって応える。大人から子供まで大人気だ。やはりフェンリルに乗っての行進は、インパクトが大きかったらしい。


「ディニッサさまぁ~」


 かわいらしい子供が駆け寄ってきた。オレは、頭を撫でてやろうと手を上げる。


「うわぁ~ん」


 しかし子供は、ユルテに睨みつけられ、涙目で逃げていってしまった。


 ……大人げない。

 護衛としては正しい対応なのかもしれないが、あんな子供まで追い払うこともないだろうに。


「街が汚いの……」


 泣きながら逃げていく少年を見ながら、オレはそうつぶやいていた。

 少年が走り去った路地も、この大通りも、とにかく汚いのだ。生き物の糞は放置してあるし、ゴミも散乱している。


「そうでしょうか?」

「昨日祭りのようになりましたからな。多少汚れているかもしれませんな」


 ケネフェトとガーナンの目には、それほど奇異にうつっていないようだ。

 それも仕方ない。これが彼らにとっての「普通」なのだろうから。だが、清潔な日本で暮らしていたオレからすると、耐え難いほどの汚さなのだ。


 ……まあ、どちらかと言えば、日本人の綺麗好きの方が異常なんだろうけど。

 憧れを抱いて中国に留学したものの、あまりの汚さに幻滅した、などという昔の記録もある。古くから日本は、ちょっと変わった国だったわけだ。


「そうじゃ。人を雇って街をキレイにさせるのじゃ」

「お金をかけて掃除をするのですか!?」


 ケネフェトが声をあげた。目を見開き、ずいぶんと驚いているようだった。

 他の者も似たようなありさまで、オレの意見に同意してくれそうな人はいなかった。


 ルオフィキシラル城は、いつも綺麗に掃除してある。だから、侍女たちならわかってくれるかと思ったのだが、そうでもなかった。むしろユルテなどは、そんなお金があるなら私の食費に回してください、と言いたげな様子だ。


 たしかに街をキレイにしても、それがすぐさま収益につながるわけではない。

 お金の無駄遣いだと思われても仕方がないのだろう。


 しかしオレだって、自分の感情だけで掃除を提案したわけではないのだ。

 オレの案には、ちゃんと利点もある。


 まず衛生状態がよくなれば、病気が減るだろう。

 病気が減れば、労働力が増えるわけで、税収の向上が見込める。


 街がキレイになれば人も集まる、かもしれない。

 こちらの人間は汚れた場所でも平気っぽいので、どこまで効果があるか不明。でも、汚いより綺麗な方が良いに決まっているし、無意味ではないはずだ。


 犯罪率も下がる、かもしれない。

 窓が割れていたり、ゴミが落ちていたりすると、治安に良くない影響を与える。

 それらの小さな綻びが合図になり、犯罪を誘発してしまうのだ。


 このような傾向は割れ窓理論として提唱され、実験や実践により、その確からしさが証明されている。こちらの世界の人間のメンタリティが不明のため、断言はできないが、おそらく効果があるだろう。


「──というわけで、掃除は大事なのじゃぞ!」


 掃除の利点を力説してみた。綺麗な環境を手に入れるため、オレも必死だ。

 しかしみんなの反応は芳しくない。


「そんな余分な事をするくらいなら、ディニッサ様の服にこそお金を費やすべきです。綺麗な服を着て威厳を保つのも、領主のつとめなのです!」


 ユルテが強硬に反対してくる。掃除がどうこうというより、オレの経費削減策が気に入らないという面の方がおおきそうだ。


 ただ、金の使いみちが、食費ではなく服飾費だった。ユルテを利己的な食いしん坊キャラだとみなしたことには、心のなかで謝罪する。でもユルテの論にはまったく同意できない。


 ……だって、威厳を保つって、今まで一度も城から出てなかったじゃないか。

 ただの口実で、じっさいはディニッサに可愛い服を着せたいだけという本心がすけて見えてる。


 しかし街の掃除に大金をかけることには、みんな反対のようだった。

 あまりにも、彼らの常識からかけ離れた行動なのだろう。


「そうじゃ! スラムの連中に掃除をやらせるのじゃ」

「スラムの貧民を徴発するのですか……?」


 口調からして、ケネフェトは反対のようだった。

 スラムの住人を無理に働かせたることで、問題おきることを心配しているのだろう。しかしオレの考えは、ケネフェトのそれとは違う。


「いや、そうではなくな。……ん~、そうじゃな。スラムにある教会で炊き出しをしよう。貧しいものに、最低限の食事を与えてやるのじゃ」


「今度は何を言い出すのです。貧民の食事代まで出すつもりですか!」


「スラムの民は喜ぶでしょうな。ですが商人としては、無駄な出費はさけたほうがよろしい、と忠告しておきますぞ」


 ユルテもガーナンも、オレの案には否定的だった。

 まあ無理もない。弱者への福祉なんて考えがない世界だ。


「あくまで、最低限の粗末な食事を出すだけじゃ。それほどの出費ではあるまい」

「ディニッサ様はお優しいのですね!」


 ケネフェトが感動で目をうるませていた。

 オレが、哀れみから食料の配給を決意した、と誤解したようだ。


 すまん、ケネフェト。これは優しさから出た考えじゃないんだ。

 あくまで治安維持と、労働力の確保のための方策にすぎない。


「それから炊き出しだけでなく、医者もおきたいの。病気やケガの治療を無償でおこなうのじゃ」


「そこまでスラムの貧民をひいきしては、他のものが妬みますぞ。第二区画の住人のほうがスラムの貧民よりはるかに多いことを忘れないほうがよろしい」


「わかっておる。スラムの民から金は取らんが、その分は働いて返してもらう。それがさっき言った街の掃除じゃ」


 街がキレイになれば、住民もこの政策を非難しないと思う。

 ……甘いかな?


「なるほど。金の代わりに労働ですか。粗末な食事で働かせるなら、それほど損でもないかもしれませんな。しかし、スラム民が従うかという問題がありますな」


「掃除をする者には、わずかな日給を払うのじゃ」


 本当なら、正当な報酬をわたしたい。

 だがそこまでしたら、一般市民の怒りをかうだろう。ようはバランスの問題だ。


「ふむ……。食事を与えられ、あまつさえ小銭まで手に入れられるなら、喜んで従う者も多いでしょうな」


 思った通り、はした金でも効果がありそうだ。

 捕まるリスクを追って犯罪に走るよりは、オレの元で労働に励むほうがまだしもマシな選択肢だろう……。

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