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シスコンリーマン、魔王の娘になる  作者: 石田ゆうき
第3章 旧領へ。新たな統治
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兵士の待遇

 兵士用宿舎の裏庭は、なかなか立派なものだった。

 かなりの広さで、よく手入れされた花壇や野菜畑がある。隊員にエルフが多いためだろう。また訪れたくなるような光景だった。


 その裏庭に、屈強な兵士たちが並んでいる。

 引きこもり領主のかわりに、ノランと領地を守ってきただけあって、みな自信に満ちた不敵な面持ちだった。


「そなたたちの給金を改めようとわらわは考えておる」


 いきなり、整列した兵士たちにそう告げた。

 魔族たちはあらわな態度をしめさなかったが、兵士たちにはあきらかな動揺が見てとれた。


(給料減らされるのか……?)(ディニッサ様も倹約を始めたらしいからな……)

(ホントか?)(ああ、宝石商がぼやいてるってガーナンのオヤジから聞いた)


 聴力強化でこっそり聞くと、えらく悲観的な意見ばかりだった。

 給料の改定=賃金カットだと、疑いもなく信じているらしい。


 ちなみに兵士の月給は金貨6枚、日本円にして6万円ていどだ。

 衣食住すべてがこっちもちなので、生活に苦労することはない。けれど命の危険があるにしては、安すぎる報酬だろう。


「兵の給金は月に金貨20枚。指揮官の給金は、現在の倍に変更するのじゃ」


 あたりがざわついた。

 何が起きたのか信じられない、というようにキョロキョロしている者までいる。

 武官たちも声は上げなかったものの、その面には驚きがあふれていた。


「あ、あの、ディニッサ様、月に金貨20枚って聞こえたんですけど、聞き間違えですよね?」


 兵士の一人がおずおずと手をあげた。

 兵たちが黙ってオレを見つめる。月給20万円は、彼らにとって夢のような高待遇に聞こえるらしい。


 ……日本だったら、月20万で怪物と戦えっていわれても、参加するやつはあんまりいなさそうだけど。


「間違いではない。金貨20枚じゃ」


 そこまで言って、ようやく兵士たちの顔がほころぶ。

 あたりに歓声が満ちた。歴戦の強者らしくなく、はしゃいでいる者もいて微笑ましい。


 手取りとはいえ、20万でこんなに喜んでくれるのか。

 これで兵士の好意を勝ち取れるなら、安い買い物だ。


 給料にまわす資金も問題ない。

 なにせ、兵士全員の月給合計より、オレが着ている服の方が高いのだ!


 今までの浪費を抑えれば、すぐにこのていどの金は浮いてくる。

 というか、夕食1食で金貨2000枚も使っていたのだから、この国のひどさがわかる。


「そなたたちに感謝を。よくぞ9年間、わらわの代わりに領地を守ってくれた」


 言葉を止めて兵士たちを見回す。

 みな口を閉じて、真剣な面持ちでオレを見つめている。その様子を確認して、またしゃべりだした。


「そなたたちには自覚を持ってほしい。自らがただの兵士ではないのだと。そなたらこそが、わらわとわらわの国を守る特別な存在なのだと。増えた報酬はその証にすぎん」


 ふたたび歓声があがる。それは、さっきよりもさらに大きいものだった。

 金はもちろんだろうけど、自分たちの仕事を認めてもらった、という喜びもあるはずだ。ただ働いているだけっていうのも虚しいからな……。


「……本当にオレらが、そんな大層なモノなんですか?」


「むろんじゃ。顔をあげよ、胸を張れ。そなたが歩んできた道を、守ってきたものを、心から誇れ。そなたたちはそれだけの事をしてきたのだから」


 これは士気高揚を狙った甘言じゃなく、オレの本心だ。

 ディニッサが引きこもって贅沢三昧していたというのに、よくぞ黙々と働いてくれたものだ。しかもバイト代にも劣る安月給で。


「ディ、ディニッサ様! ひとつお願いがあるんですが!」

「なんじゃ? 意見があるなら、なんでも言うがよい」


「えと、オレの幼なじみのヤツが、その、この前の戦いで──」

「……シロとの戦いで亡くなったか?」


 兵士が無言でうなずいた。


 ──この世界のシステムとしては、殉職したからといって特別な手当はない。

 上司の判断で、いくらかの金が渡されることはあるらしいが、法で定められたものではない。


 また、障害がのこった場合の補償などもなく、安心して働ける環境とはいいがたい。……まあ、古い時代の労働環境など、たいがいそんなものだったのだろうが。


 手当を厚くすることによる出費と、兵士たちのやる気の向上、どちらが大きくなるのかはわからない。もしかしたら、安い賃金でどんどん使い捨てにしたほうが効率が良いのかもしれない。


 けれどオレの領地では、ちゃんとした保証をしようと思う。

 やはり下っ端として会社勤めをしていただけに、労働者に感情移入してしまうのだ。ルオフィキシラル領政府をブラック企業にはしたくない。


「殉職した者の家族には一時金を与えるのじゃ。また子供がいるならば、成人するまで給料を払う。年老いて貧しい親がいるならその面倒もみよう。細かい金額はケネフェトと話し合って決める。それでどうじゃ?」


「あ、ありがとうございます! これであいつも浮かばれますっ」


 兵士が深々と頭を下げた。

 ノランたち魔族は、意外そうな表情を浮かべている。だが、反対というほどではないようだ。


「すごいな、こんなのドコの領地でも聞いたことない!」

「姫様、これで俺らも安心して死ねるってもんですよ」


「愚か者。わらわを破産させるつもりか?」


 兵士たちの間に、低い笑い声がおこった。


 この国の治安はあまりよくない。

 街道に盗賊が出ることも珍しくないのだ。


 また魔力をもたないワイバーンやヒドラのような「動物」退治も彼ら兵士の役目だ。いくら魔族同士の戦争には駆り出されないとはいえ、死者が出るのはまぬがれない危険な仕事だ。


 それでも──


「簡単に死ぬなよ。年老いるまで務め上げたなら、そののちは死ぬまで働かなくてよいようわらわが面倒をみる。どうせわらわに金を使わせるなら、死ぬよりもそうやって使わせるがよい」


「大丈夫ですか姫様、俺らほとんどがエルフなんで500年くらい生きますよ?」

「心配するな。そのぶん退役するまでこき使ってやるのじゃ」


 ふたたび笑い声があたりに満ちた。

 兵士たちだけでなく、ノランたちも満足そうにオレを見ている。


「わらわが『あの老いぼれども早くくたばらんか』と歯ぎしりするのを楽しみに、せいぜい長生きしてみるがよいぞ!」

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