諜報部隊
「フィア、面接はそなたからはじめるのじゃ」
集まった就職希望者を全員雇うわけではない。兵士としての適性があるか、面接と簡単なテストをおこなうことになっている。本来は、武官であるノランとクナーに頼むべき仕事だが、あえてフィアを指名した。
魔族の戦闘力を聞いたオレは、予定を変更したのだ。
平民には治安維持を任せようと考えていたのだが、それでは足りない。
せめて敵との格差を縮めるため、役に立ってもらう必要がある。
とはいえ、もちろん戦場に連れ出すわけではない。
戦争を有利に進めるための、情報収集をやってもらうつもりだ。あわよくば、戦争事態を回避できるような、情報操作までできるのではという期待もある。
思うに、この手の作業は平民でも可能だし、平民の方が優れている場面も多いはずだ。なぜなら、魔族はお互いを魔力感知で見抜いてしまうからだ。敵地への偵察には、たぶん魔族は向いていない。
「なっ!? 兵士の選定は、私たち武官に任せるはずですわ」
「……私?」
オレの発言に、クナーの目尻が吊り上がる。フィアは意外そうに目を丸くしていた。ノランも口には出さないものの、眉をひそめている。
「魔族が来なかったのだから、違う手段で戦力を増強する必要がある。そのためにフィアには、新しい部隊を率いてもらうつもりじゃ」
「新しい、部隊……。私は、何をする?」
「フィアの部隊の役目は、情報操作じゃ」
この世界では、諜報機関を作るという思想はあまりない。
情報が伝わるのは遅く、不正確だ。さすがに商人たちは、独自の情報網をもっているらしいけど……。
つまり、諜報機関を作って情報収集に励めば、多少なりとも敵より有利に物事を進められるはずなのだ。
「情報……? なんですのそれ。意味がわかりませんわ」
「まず、各地の情報を集め、分析するのじゃ」
「……なんの意味がありますの? そんなこと戦争には関係ありませんわ」
「関係あるじゃろ。例えば、あらかじめ敵の得意な魔法系統がわかっていれば、対策もたてられよう」
「……なるほど。それはたしかにそのとおりかもしれませんわ。相性の良い敵と戦うようにすれば、有利になりそうですの」
じっさいのところ、オレの求めている情報収集はこれではないのだが、とりあえずクナーが納得してくれたから良しとする。
「それから宣伝じゃな。わらわには有利な噂を、敵には不利な噂を流す」
「……今度はどんな意味がありますの? 噂で人は殺せませんわ」
むしろ噂で人は殺せると思うのだが、説明が面倒そうだ。
また、わかりやすい利点だけ提示しよう。
「ディニッサは魔族の部下を求めていて希望者は厚く遇する、と噂を流せば、魔族
が来てくれる可能性が増えるとは思わんか?」
「それは……。そう、かもしれませんわ。領地を与えて貴族として取り立てる、などと知らせれば、やって来る魔族もいると思いますの」
「平民でもこうやって仕事をさせれば、戦争を有利に運ぶ手助けになるのじゃ。わかってくれたかの?」
フィアとノランとクナーは、一応納得してくれたようだ。
さらに細かい話は、今日の選別が終わってからあらためてすればいい。
──ただ、ユルテとファロンは、ちゃんと話を聞いてくれたのかあやしい。
ユルテがオレの右頬、ファロンはオレの左頬をつまんでムニムニしだしたのだ。
真面目な話をしているというのに嘆かわしい……。
「ら、らりおしゅるんしゃ!」
けれどよく見ると、二人の目はかなり怖かった。
ただ話が理解できなかっただけ、とはとても思えない形相だ。
……フィアの自慢気な表情とあいまって、二人の気持ちがわかった。
ようは、フィアにだけ仕事を割り振ったから嫉妬しているのだろう。
だがオレがフィアを選んだ理由も考えて欲しいものだ。
3人とも組織管理能力は未知数だが、性格的にフィア以外を選ぶ気にはとてもなれない。
「1つ質問がある。トゥーヌル様は、商人や各地の領主から情報をえていた。わざわざ独自の部隊を作るほどの価値があるのだろうか?」
「ある。今はわらわを信じて従ってほしい」
オレは胸を張って断言した。
こういう場合、自信ありげに言い切るのがポイントだ。
が、実のところ、かかる出費にみあうだけの成果があるのかわからない。
でもどの国でも情報機関には金かけてるし、大企業の宣伝部門はすごいし、たぶん大きな意味があるはずだ……。
「姫様が、フェンリルを飼いならした、とみんなに知らせる」
「うむ。民衆も魔族もわらわを見直すじゃろう」
オレの説明を聞いて、早くもフィアは自分がすべき仕事を割り出したようだ。
昨日のオレの行動をふまえた良い案だった。フェンリル退治の宣伝は、ぜひやってもらいたい事の1つだ。
「知らせたあと、みんなの反応を調べて報告」
「うむ。情報収集も大事じゃ。フィアはよくわかっておるの」
「姫様に文句を言っていたり、他の者を煽っているものがいたら調べる」
「ほう。そこに気づいたか。なかなか気がまわるの」
「代官たちが姫様に税を納めずに、好き勝手な事をしているという噂を広める」
「うむ。代官たちはなんとかしなければならんからの。悪くないのじゃ」
「そして、スキをついて殺す」
「うむうむ。……いやっ、それは違う! 殺しちゃダメじゃ」
本来的にはそういう活動もするんだろうが、フィアたちに暗殺をやらせるつもりはない。そもそも魔族の暗殺はかなり困難だろうし。
「ということでフィアが最初に集まった人の──」
「頭がいい者、人付き合いがうまい者、読み書きが出来る者の中で信頼できそうな者を選ぶ?」
「そうじゃ」
フィアは自分の役目をほぼ把握してくれたようだ。
やはりフィアに諜報部隊を任せて正解だった。
「われらに残るのは、愚かで、協調性がなく、文字が読めず、信頼に値しない者たちになるのかな」
「皮肉を言わんでくれ。フィアとの相性もあるし、必ずしもそうはならんじゃろ」
ノランも言葉ほどは不満を持っていないようだ。
情報部隊の価値を、おぼろげにしろわかってくれたのかもしれない。
「姫様、魔術の研究、どうする?」
「あー……」
言われてようやく思い出した。
元の世界に帰るために、魔術の研究を頼んでいたんだった。
……でも今は、あの時とは目標が変わってしまったからな。
それでも、研究はしておいたほうがいいか。戦争で役に立つ可能性もある。
「魔術研究する組織もつくるのじゃ。魔術に造詣が深いものがいたら雇ってよい。そちらもフィアに任せる。ああ、フィアはわらわと一緒に行動してもらうことも多くなる。ゆえに、なるべく早く有能な副官を見つけて欲しい」
効率だけでいえば、諜報部隊は武官のだれかに任せる方がいい。
ただ諜報隊は、仕事が仕事だけに絶対に信頼できるヤツにしか預けたくない。
そしていまのところ、決して裏切らないと思えるのは侍女の三人だけだ。
「兵はどのていど雇うおつもりか?」
「とりあえず諜報部隊100、一般兵500を上限に。訓練が終わったら、追加で募集するつもりじゃ」
「承った。精鋭に鍛え上げてみせよう」
ノランが胸に手を当てて答えた。
やる気満々だ。なんだか、すごいスパルタ教育をしそうな気がする。
兵士たちにはかわいそうだが、時間もないしがんばってもらおう。
「フィアは隊員の選別を開始せよ。ユルテとファロンはフィアの手伝いじゃ。ノラン、武官と、手が開いている兵士をすべて裏庭に集めるのじゃ」




