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シスコンリーマン、魔王の娘になる  作者: 石田ゆうき
第3章 旧領へ。新たな統治
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西の代官

 ルオフィキシラル城の西に、クノ・ヴェニスロと呼ばれる街がある。

 平野のただ中にある街で、5つの街道が合流する交通の要衝でもある。


 街の周囲には良く耕された畑が広がっている。さらには牧畜も盛んであり、クノ・ヴェニスロだけでなく周辺の地域へも、その豊富な食料を供給していた。



 * * * * *



 ザテナフ・ルフ・カルマユールは、いつものように書類に目を通していた。

 彼、ザテナフこそが、クノ・ヴェニスロの代官だ。


 ふつうの代官は、ネンズのように昼間から呑んだくれたりはしない。

 なにしろ、やるべき仕事は山のようにあるのだ。各部署からの陳情や、結果報告書を読むだけでも一仕事である。


 ザテナフは、常人の2倍のペースで書類を片付けていた。

 2倍というのは、言葉通りの意味だ。なぜなら、ザテナフは2つずつ同時に書類を処理していっているのだ。


 それが可能な理由は単純だった。ザテナフは「牛」と「羊」、二つの頭をもっているのである。彼はミノタウロスを起源とする魔族だが、他にも複数の種族の血が混じっているのだ。


 ──その日、ちょっとした事件が起きた。

 血相を変えた側近が、ノックもせずに執務室に飛び込んできたのだ。

 ザテナフの記憶には、かつてない出来事だった。


「ザテナフ様!」

「そんなにあせって、どうしました。まずは水でも飲んで落ち着きなさい」


 ザテナフは、あせる側近をなだめる。

 彼としては、興奮した男の言葉など聞きたくなかったのだ。報告は事実だけ知らせればいいのであって、余計な脚色でもされたら困る。


「ザテナフ様、ディニッサが──」


「待ちなさい。いつ、その名を呼び捨てることを許しましたか。礼節をわきまえて行動しなさいと言っているはずですよ」


「こ、これは申し訳ありません。あまりの驚きについ……」


 言い訳する側近をみて、この男がいつも心の中では呼び捨てにしているのだな、とザテナフは思った。


(困ったことです。想いは必ず形にあらわれるというのに)


 口に出して困るような事は、心の中であっても言うべきではない。

 それがザテナフの信条だった。この部下のように口がすべることもあるし、心に思った言葉自体が自分の行動に影響することもある。


 ふだんから口うるさく言っているザテナフだが、さすがにこの場で訓示することはしなかった。側近のうろたえぶりを見れば、緊急事態であることははっきりしている。


「ディニッサ様が、フェンリルを生け捕りにしたとの連絡が!」

「フェンリル、ですか……」


 それならば、側近が泡を食っているのもうなずける。

 ザテナフにしても、魔狼フェンリルの力はおそろしい。もしも彼の愛するクノ・ヴェニスロにあらわれていたなら、対応に苦慮していただろう。


「しかし、うまく退治できたのであれば、喜ばしいことではありませんか」


「喜ばしいものですか! ディニッサ、様がフェンリルを連れて襲ってきたらどうするのです」


 実はザテナフも、その危険性については真っ先に考えていた。

 彼の羊の頭は臆病で、常に危険を想定して行動する。


 彼がそのことに言及しなかったのは、側近と話し合う意義を認めなかったためだった。側近は各部署の調整と連絡には有能だが、外交にも軍事にもうとい。


「なるほど、あなたの意見はわかりました。すこし考えますので、しばらくだれも執務室に近づけないように」



 * * * * *



 側近を追い出して一人になると、ザテナフは二つの頭で沈思した。


 知らせは真実でしょうか?


 実力的には可能性がある。しかし性格的には、ありえぬほどおかしい。虚報であった場合、民がディニッサを強く待ち望んでいるということだろう。


 情報が間違いならば、対応は様子を見てからでも間に合いそうですね。


 だが真実であった場合、相手の行動は予測不能となる。

 すでにありえない行動をとっているのだからな。


 そうですね。私たちは反逆者として、処断されるかもしれません。

 ディニッサ様には、その権利があるのですから。


 やむを得なかった。

 一年目は戦費で民が疲弊していた。二年目は疫病が領内に蔓延した。


 ただの言い訳ですよ。クノ・ヴェニスロが持ち直して、余裕がある今でさえ税を納めていないのですから。


 ……然り。民の血税で服や宝石を買わせるのは、いかにも惜しい。


 攻撃された時どうするかですね。戦うか金を出すか、私の命を差し出すか。


 いま検討するのは無為だ。

 相手の人格がわからねば、大きなあやまちを犯すだろう。


 ではルオフィキシラリアの人員を増やして、ディニッサ様の情報を集めましょうか。彼女の行動原理が、一般魔族と違っていると良いのですが……。


 甘い期待は禁物だ。我らのような魔族こそが異端なのだからな。

 トゥーヌル様が特別だったのだ。その娘が親と同じ思想を持つ理由も無い。


 ……その点で、多少の後悔はありますね。まだお若いディニッサ様になら、平民についての話も聞いていただけたかもしれません。


 繰り言だ。われらは未来の世界より、目先の民の幸福を選んだのだ。

 われらの器量では、せいぜい今ある現実に対応する事しかできまいよ。


 ……そうですね。

 お金の用意をしておきましょうか。お金で解決するなら、それが最善かもしれません。


 同時に兵の準備もな。

 どうせ布告が切れれば、荒事になる。どちらにせよ戦力増強は無駄にはならん。


「誤報であればよいのですが、それはないでしょうね……」


 ザテナフの経験では、事態が良い方面に転がったことはめったにない。

 大概は不幸がおこって、彼が苦労することになる。そして、今回も彼の予想は当たることになるのだった。

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