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シスコンリーマン、魔王の娘になる  作者: 石田ゆうき
第2章 お城の外へ。常識を知る
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戦いの後

 ぴちゃぴちゃ。

 頬に何かが当たっている。湿っていて、微妙になまぐさい臭いも漂ってくる。


 目をあけると、小さい狐がいた。

 葛の葉が、オレの頬を舐めていたのだ。


 オレはいったい──

 ハッとして体を見下ろす。

 服がボロボロだし、血まみれだ。けれど、ケガはない。


 ついさっきまで戦っていた、魔物の前で気絶してしまったのだ。

 喰われてしまっていても、おかしくなかった。だがフェンリルは、意外に義理堅い生き物だったようだ。


「ディニッサ様、体はへーき?」


 首をひねると、ファロンの不安そうな顔が見えた。


「大丈夫じゃ。心配をかけてすまなかったの」

「ビックリしたよー! 葛の葉に聞いてきてみたら、血まみれなんだもん」


「葛の葉が、ファロンを呼んでくれたのか。助かったのじゃ」


 撫でると、葛の葉が嬉しそうに鳴いた。


「もうっ、危ないことしちゃ、めーだよ?」

「うむ。これからは、もうちょっと考えて行動するのじゃ」


 今回はたまたまうまくいったが、戦いに負けて死んでいたって不思議じゃなかった。この世界は日本ほど安全じゃない。もっと慎重に行動しないと、すぐに命を失うことになるだろう。


 ふと足元を見た。血にまみれたゴワゴワとした長い毛がある。

 なんといままでの会話は、フェンリルの背中の上でなされていたのだ。


「ウォ~ン」「ウォ~」


 森から吠え声が聞こえた。その鳴き声は、だんだんと大きくなってくる。

 黒く大きな犬が、何匹か飛び出してきた。


 真っ赤な目にするどいキバ。子牛ほどの大きさがあり、いかにも獰猛そうだ。

 そういえば、フェンリルにヘルハウンドを止めろと命令していた。フェンリルの咆哮を聞いて、ヘルハウンドたちがここに集まってきたのか。


「ディニッサ様、じっとしてて。ファロンが倒してくる」

「いや、戦う必要はない。そやつらは、フェンリルの手下なのじゃ」


「? そういえば、フェンリルがおとなしいのはどうして? 魔法ー?」

「いや──」


 事情を説明しようとして、やめた。

 ヘルハウンドの後ろから、ノランたちが姿をあらわしたからだ。


 ヘルハウンドが、フェンリルの後ろに回りこんだ。ノランたちの攻撃を受けたのだろう。その体は、血で赤黒いまだら模様になっていた。ヘルハウンドたちは、フェンリルの影に隠れるようにして震えている。


「ノラン、もうよい! フェンリルは降伏したのじゃ」


 ノランたちが小走りで近づいてきた。

 兵士はおらず、魔族が4人だけ。みな服がボロボロで戦いの激しさを思わせる。


「フェンリルを降したと? 信じられん……!」


 ノランがうめくようにつぶやいた。

 他の3人の魔族も、まるで夢でも見ているかのような面持ちだった。


「わらわの力ではない。そなたらが弱らせてくれたおかげじゃ」


 これは謙遜ではない。

 そもそもさっきの戦い自体、本来はフェンリルの勝ちだった。オレが勝てたのは、フェンリルよりオレが無知だったからにすぎない。


 フェンリルが降参した時点で、すでにオレの魔力はカラに近かった。

 けれどフェンリルには、まだわずかに余力があったのだ。あのまま戦い続けていたら、オレは気絶し負けていただろう。


 つまりオレは、ガソリンメーターが0の位置をさしているのに、アクセルを踏みっぱなしにしていたわけだ。それを見てこっちが余裕だと勘違いしたフェンリルが、給油ランプが点灯した時点でビビって降りた。


 どの程度の魔法を使うと魔力切れになるかを把握していない、オレの未熟さが幸いしたわけだ。


 なんともまあ、初戦闘からギリギリだったものだ……。


「まったくなにを考えていますの!」


 クナーの叱責で我にかえった。彼女はオレに近寄り、指を突きつける。

 その姿を見て、ホッとした。彼女が突き出してきたのは、左手だったのだ。

 ちゃんと腕が再生できている。


「フェンリルが来たら逃げると約束したはずですわ。それがそんなにボロボロになって。領主としての自覚がたりませんわ! 第一、私は──」


 しかし安心したせいで顔が緩んだのか、よけいクナーの怒りに火を注ぐ結果となった。早口で次々に文句が飛んでくる。


「……それは、そなたが勝手に言っていたことじゃろ。わらわは逃げることに同意しておらぬのだから、その約束は無効じゃ」


 オレの返事にクナーが目を釣り上げた。

 にんじんみたいな赤毛が逆立っている。


「まったく、ああ言えばこう言う! 本当に度し難いお姫様ですわっ」


 そういってクナーが背を向けた。

 顔も見たくないほど怒らせてしまったか。彼女はオレを守ろうとしてくれていたわけだし、少しもうしわけなく思った。


 背を向けた彼女が、小さくつぶやいた。


「……ですけど、貴女のおかげで命拾いいたしましたわ。不本意ですけれど、お礼はいっておきますの」


 パチパチパチ。

 彼女のセリフを聞いたオレは、自然と拍手していた。なにせ完璧だ。完璧なツンデレ具合だ。芸術的とさえ言っていい。不可解そうな顔で振り返ったクナーに言ってやった。


「美事。まことに美事なツンデレじゃ」

「ツンデレ……?」


 残念ながらこの世界には、ツンデレに相当する言葉がなかったらしい。

 うまく翻訳がおこなわれず、クナーをますます不思議がらせてしまう。


「……姫よ、貴方こそ見事だ。フェンリルを手懐けられる者がいようとはな」


 ノランが、歩み寄りながらオレを褒め称える。

 だが途中で怖い顔に変わった。ノランは歯を食いしばり、怒りに震えている。


「だが! それゆえに問いたい。なぜっ、なぜそれほどの力を持ちながら、今まで何もしなかったのか」


 今度はノランに糾弾された。

 その顔はひどく真剣で、さきほどのクナーのように、簡単にすまされそうにはなかった……。

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