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シスコンリーマン、魔王の娘になる  作者: 石田ゆうき
第2章 お城の外へ。常識を知る
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フェンリル戦、決着

 オレとフェンリルの戦いは、果てしなく続いていた。

 オレは手刀、ヤツは左右の爪で、それぞれ殴りあう。

 それは、防御を考えないノーガードの打ち合いに近かった。


 回避は無理なのだ。なにせ攻撃が速すぎる。

 もしもオレに武道のたしなみでもあったなら、先読みして敵の爪を避けられたかもしれない。だが素人のオレには、見てから反応することしかできなかった。


 無理に避けようとしてバランスを崩すくらいなら、避けずに殴った方がいい。

 オレは頭だけを守りながら、攻撃に集中することにした。


 ──この戦いでわかったことがある。

 治療魔法は重ねがけが難しい。同じ場所を怪我すると、回復により多くの魔力を消費してしまうのだ。


 これは予想なのだが、ケガを治すときには、それまでやった仮治療の分を、そっくりそのまま治療しなおす必要があるのだと思う。最初は1ですむものが、2になり3になり、最後には莫大な消費魔力になる。


 フェンリルの右足の再生速度が遅いのは、すでにファロンたちが手傷を負わせていたからに違いない。だからオレは、フェンリルの右足を執拗に狙い続けた。


 フェンリルの右足には、どんどんダメージが蓄積していっている。

 このまま戦いが続けば、さらに魔力消費が激しくなるだろう。


 対して、オレの方には長期戦での不利はない。

 最初は通常の仮治療をしていたのだが、すぐに固定魔法を併用した完全治療に切り替えたからだ。


 もちろん、完全治療の方が消費魔力は格段に大きい。

 だが戦いが進むにつれ、その差は縮まり、いずれ仮治療より効率が良くなる。


「グォォォ!」


 大口を開けたフェンリルの下顎を、手刀で切り裂いた。噛みつき攻撃は、爪より遅いため、なんとか対処できる。鋭い牙と衝突し右腕がボロボロになったが、これで良い。


 あのバカでかい口で噛みつかれたら、丸呑みにされかねない。

 腹の中から攻撃するという手もあるのかもしれないが、試したいとは思わない。


 ──そして、この戦いでわかったことがもう一つある。

 それは、魔族の戦いの本質だ。


 魔族の戦闘は、魔力の削り合いだ。

 攻撃方法の差など飾りにすぎない。即死しないかぎり、魔力の限界まで再生し続けるのだから。


 より少ない魔力消費で、相手に強い魔法を使わせるのが基本戦術となる。

 その観点からすると、素手での攻撃というのは高効率のようだ。おそらく、魔法の槍より消費魔力が少なく、威力は大きい。


 野蛮な殴り合いが、魔族の闘争のスタンダードなのではないか。

 「魔法」という響きからすると優雅さにかけるが、効率を優先すれば最終的にそうなるだろう。


「ウォォフッ」


 雄叫びを上げ、フェンリルが右足を振り下ろす。

 オレは左に回り込みながら、カウンターでヤツの足を切り飛ばしてやった。

 強大な魔物といえど、所詮は獣。動きが単純で、だんだん慣れてきた。


 左にまた一歩──踏み出そうとしてつまづいた。

 なんだ……!?


 フェンリルの爪に切り裂かれながら、ようやく気づいた。

 足元に岩を置かれたことに。


 フェンリルは闘いつつも、隙をうかがっていたのだ。

 そして左回りに旋回する、オレの癖を読み切った……!


 自己強化ではないが、有効な魔法だと言わざるをえない。

 小さい石ころを一瞬出すだけなら、消費魔力はごく少ない。そんなちょっとした魔力で、相手にクリーンヒットを与えられるなら、十分すぎる黒字になる。


 オレは、攻撃される寸前に軽く飛び上がっていた。

 支えの無くなった体は、フェンリルの爪に軽く吹き飛ばされる。


「ゲホッ」


 よし。木にぶつかって血反吐をはくはめになったが、距離は取れた。

 急いでケガの治療をして、フェンリルの攻撃に備える。


 ──しかし、ヤツは近寄って来なかった。

 最初に村で会った時と同じく、迷うようにその場に立ち止まっている。


 心なしか巨大な体が縮んだようで、自信なさげな雰囲気を漂わせていた。


 ……もしかして、魔力切れか?

 こっちにも余裕はなさそうだが、先にむこうがガス欠になってくれたようだ。


 オレはフェンリルに向かって走った。

 フェンリルは反転して逃げ出す。


 ここで逃がすわけにはいかない。

 オレはフェンリルの背中に、ボロンランスを叩き込んだ。


 敵の再生速度が目に見えて落ちている。

 もう一撃。足に当たってフェンリルの動きを止めた。


 トドメをさそうと近寄る。


「きゅ~ん」


 いきなり、フェンリルが仰向けになった。

 しっぽを丸めてきゃんきゃん鳴いている。


「……?」

「きゃんきゃん」


 犬の場合、腹を見せるのは降参の合図だ。

 柔らかい腹部をあえて晒すことで、抵抗の意志がないことを示しているのだ。


 魔物も同じ習性を持っているのかわからない。だが見ている限りでは、フェンリルも服従のポーズをとっているように感じる。さっきまで「グオオ」とか言っていたくせに、やたら甲高い声で媚びまくっているのである。


「……もしかして、おまえ降伏する気か?」

「くーん」


 どうしよう……?

 無抵抗の相手を殺すのは、さすがに気が引ける。


 慎重にフェンリルの腹に手をおいた。

 すこしでも怪しい動きをしたら、容赦なく攻撃するつもりだった。

 けれど、フェンリルは大人しくしている。


 腹に触れたまま、精神操作魔法を使ってみた。

 もしかしたら、意思の疎通ができるかもしれない。

 

「一つ聞く。そなたはここにくるまでに魔族を殺したか?」


(殺シテ、ナイ。強カッタ、カラ、途中デニゲタ)


 うまく言葉が通じた。

 そして嬉しいことに、ファロンたちは無事のようだ。

 コイツを許してやってもいいような気分になる。


「そなた、今後わらわの指示に従うと誓えるかの?」


(オ前、スゴク強イ。ボス。従ウ)


「よし。ならば許そう。配下のヘルハウンドどもの戦いを止められるかの?」


 オレの言葉を聞いたフェンリルは、仰向けのまま凄まじい咆哮を上げた。


「ウォォォオォオォォォォン!!」


 魂を揺るがすような雄叫び。

 ……なのだが、ポーズがポーズだけにしまらない。


「立ち上がることを許す。わらわは疲れた。乗せて歩くがよい」


 フェンリルは起き上がって頭をたれた。

 オレはその背中に飛び乗る。なにはともあれこれで事件は解決だな。と──


 意識が遠くなってきた。

 まぶたが重く、目が閉じそうになった。

 マズイ。前にも感じたことがある。これは魔力が枯渇する前兆だ。


(ボス、ドコ行ク?)


「ファロンという、魔族のところに、運ぶがよい。狐耳で尻尾が四本、ある女じゃ……」


 なんとかそれだけ言うと、オレは意識を失った──

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