フェンリル戦、決着
オレとフェンリルの戦いは、果てしなく続いていた。
オレは手刀、ヤツは左右の爪で、それぞれ殴りあう。
それは、防御を考えないノーガードの打ち合いに近かった。
回避は無理なのだ。なにせ攻撃が速すぎる。
もしもオレに武道のたしなみでもあったなら、先読みして敵の爪を避けられたかもしれない。だが素人のオレには、見てから反応することしかできなかった。
無理に避けようとしてバランスを崩すくらいなら、避けずに殴った方がいい。
オレは頭だけを守りながら、攻撃に集中することにした。
──この戦いでわかったことがある。
治療魔法は重ねがけが難しい。同じ場所を怪我すると、回復により多くの魔力を消費してしまうのだ。
これは予想なのだが、ケガを治すときには、それまでやった仮治療の分を、そっくりそのまま治療しなおす必要があるのだと思う。最初は1ですむものが、2になり3になり、最後には莫大な消費魔力になる。
フェンリルの右足の再生速度が遅いのは、すでにファロンたちが手傷を負わせていたからに違いない。だからオレは、フェンリルの右足を執拗に狙い続けた。
フェンリルの右足には、どんどんダメージが蓄積していっている。
このまま戦いが続けば、さらに魔力消費が激しくなるだろう。
対して、オレの方には長期戦での不利はない。
最初は通常の仮治療をしていたのだが、すぐに固定魔法を併用した完全治療に切り替えたからだ。
もちろん、完全治療の方が消費魔力は格段に大きい。
だが戦いが進むにつれ、その差は縮まり、いずれ仮治療より効率が良くなる。
「グォォォ!」
大口を開けたフェンリルの下顎を、手刀で切り裂いた。噛みつき攻撃は、爪より遅いため、なんとか対処できる。鋭い牙と衝突し右腕がボロボロになったが、これで良い。
あのバカでかい口で噛みつかれたら、丸呑みにされかねない。
腹の中から攻撃するという手もあるのかもしれないが、試したいとは思わない。
──そして、この戦いでわかったことがもう一つある。
それは、魔族の戦いの本質だ。
魔族の戦闘は、魔力の削り合いだ。
攻撃方法の差など飾りにすぎない。即死しないかぎり、魔力の限界まで再生し続けるのだから。
より少ない魔力消費で、相手に強い魔法を使わせるのが基本戦術となる。
その観点からすると、素手での攻撃というのは高効率のようだ。おそらく、魔法の槍より消費魔力が少なく、威力は大きい。
野蛮な殴り合いが、魔族の闘争のスタンダードなのではないか。
「魔法」という響きからすると優雅さにかけるが、効率を優先すれば最終的にそうなるだろう。
「ウォォフッ」
雄叫びを上げ、フェンリルが右足を振り下ろす。
オレは左に回り込みながら、カウンターでヤツの足を切り飛ばしてやった。
強大な魔物といえど、所詮は獣。動きが単純で、だんだん慣れてきた。
左にまた一歩──踏み出そうとしてつまづいた。
なんだ……!?
フェンリルの爪に切り裂かれながら、ようやく気づいた。
足元に岩を置かれたことに。
フェンリルは闘いつつも、隙をうかがっていたのだ。
そして左回りに旋回する、オレの癖を読み切った……!
自己強化ではないが、有効な魔法だと言わざるをえない。
小さい石ころを一瞬出すだけなら、消費魔力はごく少ない。そんなちょっとした魔力で、相手にクリーンヒットを与えられるなら、十分すぎる黒字になる。
オレは、攻撃される寸前に軽く飛び上がっていた。
支えの無くなった体は、フェンリルの爪に軽く吹き飛ばされる。
「ゲホッ」
よし。木にぶつかって血反吐をはくはめになったが、距離は取れた。
急いでケガの治療をして、フェンリルの攻撃に備える。
──しかし、ヤツは近寄って来なかった。
最初に村で会った時と同じく、迷うようにその場に立ち止まっている。
心なしか巨大な体が縮んだようで、自信なさげな雰囲気を漂わせていた。
……もしかして、魔力切れか?
こっちにも余裕はなさそうだが、先にむこうがガス欠になってくれたようだ。
オレはフェンリルに向かって走った。
フェンリルは反転して逃げ出す。
ここで逃がすわけにはいかない。
オレはフェンリルの背中に、ボロンランスを叩き込んだ。
敵の再生速度が目に見えて落ちている。
もう一撃。足に当たってフェンリルの動きを止めた。
トドメをさそうと近寄る。
「きゅ~ん」
いきなり、フェンリルが仰向けになった。
しっぽを丸めてきゃんきゃん鳴いている。
「……?」
「きゃんきゃん」
犬の場合、腹を見せるのは降参の合図だ。
柔らかい腹部をあえて晒すことで、抵抗の意志がないことを示しているのだ。
魔物も同じ習性を持っているのかわからない。だが見ている限りでは、フェンリルも服従のポーズをとっているように感じる。さっきまで「グオオ」とか言っていたくせに、やたら甲高い声で媚びまくっているのである。
「……もしかして、おまえ降伏する気か?」
「くーん」
どうしよう……?
無抵抗の相手を殺すのは、さすがに気が引ける。
慎重にフェンリルの腹に手をおいた。
すこしでも怪しい動きをしたら、容赦なく攻撃するつもりだった。
けれど、フェンリルは大人しくしている。
腹に触れたまま、精神操作魔法を使ってみた。
もしかしたら、意思の疎通ができるかもしれない。
「一つ聞く。そなたはここにくるまでに魔族を殺したか?」
(殺シテ、ナイ。強カッタ、カラ、途中デニゲタ)
うまく言葉が通じた。
そして嬉しいことに、ファロンたちは無事のようだ。
コイツを許してやってもいいような気分になる。
「そなた、今後わらわの指示に従うと誓えるかの?」
(オ前、スゴク強イ。ボス。従ウ)
「よし。ならば許そう。配下のヘルハウンドどもの戦いを止められるかの?」
オレの言葉を聞いたフェンリルは、仰向けのまま凄まじい咆哮を上げた。
「ウォォォオォオォォォォン!!」
魂を揺るがすような雄叫び。
……なのだが、ポーズがポーズだけにしまらない。
「立ち上がることを許す。わらわは疲れた。乗せて歩くがよい」
フェンリルは起き上がって頭をたれた。
オレはその背中に飛び乗る。なにはともあれこれで事件は解決だな。と──
意識が遠くなってきた。
まぶたが重く、目が閉じそうになった。
マズイ。前にも感じたことがある。これは魔力が枯渇する前兆だ。
(ボス、ドコ行ク?)
「ファロンという、魔族のところに、運ぶがよい。狐耳で尻尾が四本、ある女じゃ……」
なんとかそれだけ言うと、オレは意識を失った──




