復活
目をあけると、天使が微笑んでいた。
きらめくような水色の瞳で、オレを優しく見つめている。白い羽が綺麗だ。
でも光る輪が頭上にあったら、もっと完璧だったのにな……。
「ようやく、目が覚めましたね」
その声を聞いて、やっと意識がはっきりした。
オレは、この女に殺されたんだ!
……いや実際には生きているんだから、殺されかけたが正解だが、どちらにしてもろくでもない。
あわてて寝かされていたベッドから飛び起きようとする。
しかし、すぐ女に押さえつけられてしまった。
「大丈夫です。もう落ち着きましたから、あなたに危害は加えせん」
オレは疑いの眼差しを向けた。
ベアハッグで、圧殺されかかったのだ。簡単に信用などできるはずがない。
「自分の体を確認してください。ケガひとつないでしょう?」
……たしかに痛みはなかった。折れた肋骨も、潰れた内蔵も元に戻っている。
まるですべてが夢だったかのようだ。けれど、口に残る血の味が、あれが現実だったと証明していた。
とはいえ、いきなり敵対行動をとるのは賢くない選択だろう。
情報が少なすぎるし、なにより身体能力の差が圧倒的だ。今はおとなしく様子をうかがおう。
「私はユルテ・アンファ・フォネシラル。姫様──その体の本来の持ち主にお仕えしている侍女です」
「……オレの名前は白井海。たぶん、こことは違う世界の住人だ。どうしてこんなことになったのかは、よくわからない」
異世界人だと自己紹介したオレに、ユルテは驚きを見せなかった。
むしろそうであってしかるべき、と言いたげな態度だ。
「異世界からきた、なんて言葉を信じるのか?」
「ええ、もちろん。私は姫様を愛していますので」
こいつ、なにを言っているんだ?
疑問は感じたが、それは抑えて質問してみる。
「原因に心当たりはあるか? できれば元の世界に戻る方法も教えてもらえるとありがたいんだが」
「そうですね。確認のためにも、いっしょに宝物庫にいきましょうか」
ユルテはそういうと、オレの背中とひざ裏に腕を差し入れる。
あっという間に、またお姫様だっこ状態になっていた。
「ちょっと待て! オレはあんたのお姫様じゃないぞ」
「問題ありません。体は本物の姫様ですから」
「いやいや──」
「それに、私も『姫様』も普段通りの行動をしたほうがいいと思いますよ?」
さらに反論しかけたオレの言葉をユルテがさえぎった。
「他の者に知られると、姫様の身に危険がおよぶかもしれません」
心から納得がいった。
なにせ、さっき殺されかかったばかりですからね!
「『わらわは魔王トゥーヌルが娘、ディニッサ・ロニドゥ・ルオフィキシラルじゃ』」
「……?」
いきなりおかしな自己紹介をはじめたユルテに、一瞬戸惑う。
しかし、すぐにその意図を把握できた。
「それが、この子のしゃべり方か。わらわに、じゃ、ね」
「以後、そうした言葉づかいをお願いします」
「けど、ふたりきりの時まで演技する必要あるか?」
「どこで誰が聞いているかわかりません。また、普段から慣れておかないと、いざという時にボロが出る恐れがあります。なにより──」
ユルテがオレに冷たい視線をむけた。
「姫様の口から粗野な言葉が出るのは、不愉快です。……ころしてしまうかも」
「ハイっ、わかりました! いや、わかった、のじゃ!」
「ふふ、冗談ですよ姫様」
ユルテは、さっきの冷たい眼差しがウソのように、優しく微笑む。
絶対に口調を間違えないようにしよう、と固く心に誓った。
この人、興奮するとなにするかわからん。
「さっき、魔王トゥーヌルと言っていたが、お父様、父上、それとも母様か──」
「父上です」
「うむ、父上はどこにおられる、のじゃ?」
家族への対策は必須だろう。なにしろ魔王とか呼ばれているヤツだ。
ヘタすると、あっさりと殺されかねない。
「トゥーヌル様は9年前にお亡くなりになられました」
「え? どういうことだ、じゃ。父上が亡くなられているなら、わらわは魔王ディニッサ、と名乗るべきじゃろ?」
兄か姉が魔王を継いだ? いや、それなら魔王の妹、になるはずだしなあ。
「魔王の座は、世襲されないのですよ」
「ああ。実力制なのかの?」
「そうですね。魔王にふさわしい力を持ち、自らに従う民を持ち、周りが認めるほどの偉業を成しとげた魔族が、魔王と呼ばれるようになるんです」
ふむ。地位というより、一種の称号みたいなものかな?
オヤジさんはなかなかすごいヤツだったらしい。
「ちなみに、その従う民とやらはどうなった?」
「それは……。あとでお話しましょう。もう宝物庫につきますし」
ユルテは一瞬だけ眉をしかめていた。
……なにか問題がありそうだ。