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シスコンリーマン、魔王の娘になる  作者: 石田ゆうき
第2章 お城の外へ。常識を知る
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言語と認識

 ファロンを先頭にして、討伐隊が出発した。

 彼らの戦いぶりを見られないのが残念だ。


 ……ただ、すこし気になることがあった。

 兵士たちの表情がやけに暗かったのだ。ピリピリと張り詰めていて、これから重大な試練にでも挑むかのようだった。


 そんなはずはないのだが。

 ファロンは「狐がヘルハウンドに襲われた」と言っていた。


 重要なのは、この点だ。

 こちらの言語は、自動翻訳されてオレの耳に入る。つまり、本当はヘルハウンドとは言っておらず、翻訳された結果「ヘルハウンド」と聞こえたわけだ。


 翻訳では、オレの知っている言葉の中で、もっとも近い単語が選択される。

 ということは「ヘルハウンド」は、オレの持つイメージに近い姿形と能力のはずなのだ。


 ヘルハウンド。黒い犬。火を吐く。ゲーム序盤のちょっと強い敵。

 オレの認識はこうだ。だから強敵であるはずがないのだが……。


「あなたが来たせいでノラン様に何かあったら、承知しませんわ」


 隣に立つ女に話しかけられ、思考が中断した。

 彼女、クナーは、ノランと同じ三つ目だ。家族か親戚か、いずれにしろノランと近い間柄なのだろう。


 クナーは、ノランと引き離されてひどく怒っていた。

 イライラしすぎじゃないか、と思う。どうせ魔物退治なんてすぐに終わるのだから、ちょっと待っていればいいだけなのに。


「心配しすぎではないかの。ヘルハウンドていど、たいしたことないじゃろ」


「なにを言っていますの! ヘルハウンドなんてただの家来じゃありませんの。あの魔狼フェンリルと戦うには、一人でも多くの魔族が必要ですのに」


 ヘルハウンドが標的じゃなかったのか!?

 クナーの言葉に、一瞬で余裕が消え失せる。


 失敗した……!

 狐が魔物に襲われたという言葉だけで、単純に討伐相手がヘルハウンドだと決めつけてしまっていた。


 敵がヘルハウンドだけとは限らないし、さらに言ってしまえば、ヘルハウンドが1匹だけとも限らなかったのに。完全に油断していた。


 ──そして恐ろしいことに、先ほどの推理が完全に裏返ることになる。

 ヘルハウンドは、オレが弱いと思っているから弱い。では、フェンリルは?


 最強クラスのモンスター。それがオレの、フェンリルに対する認識だ。

 つまり「フェンリル」と言っているように聞こえる、こちらの世界の魔物も、とんでもない怪物である可能性が高い。


 ……それでも、自分の予想が外れていることを祈って、念のため聞いてみた。


「フェンリルって……。もしかして強いのかの?」


 クナーは深い溜息をついた。オレの質問に心底呆れたらしい。


「いいですこと、お姫様。フェンリルは、本来なら10人は集めて戦いたいような相手ですのよ。おまけにヘルハウンドも何匹いるかわからない……!」


 ……事態はオレの想定よりはるかに深刻だったらしい。

 クナーの苛立ちも、もっともなことだった。


 フェンリル討伐に十分な魔族は10人。だがじっさいに向かったのは、武官3名とファロンのあわせて4人のみ。これでは勝利はおぼつかない。


 ただ、オレが間抜けだったのは確かだが、ノランの指揮にも問題がある。

 強敵を相手にするのに、貴重な魔族を監視に残すのは悪手だろう。いくらディニッサのことが嫌いだといっても、優先順位を間違えている。


「クナー、わらわたちもゆくぞ。討伐隊と合流するのじゃ」

「ダメですわ」


 オレとクナーが加われば、魔族は6人になる。たった二人だが、単純な戦力量で考えると1,5倍だ。これは大きい。そう思い提案したのだが、すぐさまクナーに却下された。


「……わらわが足手まといだというなら、そなたたちだけでも行くがよい」

「ダメですわ」


 オレが邪魔なのか、と再提案したが、またもや拒否された。

 クナーが行けば勝率が上がるし、監視がなくなればオレも自由に動けたのに。


 それにしても、どうしてクナーは賛同してくれないんだ?

 ノランを心配して、同行したがっていたはずじゃないか。


「なぜじゃ? 戦力が足りないのであろ」

「ノラン様が、貴女を守れと仰ったからですわ」


 え? それはオレを見張るためだろ?

 混乱しているオレに、クナーが指を突き付けて言った。


「約束なさい。もしもノラン様が敗れて、ここにフェンリルがきたとしたら、貴女はまっすぐ城へ逃げると。時間かせぎくらいは、私がやって差し上げますわ」


 オレを見つめるクナーの瞳には、偽りを感じない。

 心からそうしようと思っているようだ。


 ……くそ、また失敗した。

 ノランというのは、そういう男だったのか?


 嫌っている相手を助けるなんて、なかなかできることじゃない。

 まして今は、命に関わる状況のさなかだ。自分の生存率を下げてまで、無能な領主を守るなんて。


 オレを連れて行かなかったのも、本気で身を案じていたのか。

 そうとわかっていれば、説得のしようもあっただろうに……。


 オレだけでも追いかけるか?

 ……ダメだ。クナーが許すはずがない。


 ヘタすると戦闘になってしまう。誰よりもノランのもとに行きたいであろう彼女が、命令を守るために残っているのだから。


 ──こうしてオレは、不安と自責の念にさいなまれながら、長くその場で待たされることになったのだった。

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