情報収集
「そういえば、反対しないんだな。オレが領主をやることに」
「え?」
陽菜は、意外そうにオレを見た。
領主になれば、戦争に巻き込まれる危険性が高い。それなのに、まったく心配してくれる気配がないのが、ちょっとさびしい……。
「反対なんてしないよ。だって、お兄ちゃんなら、立派な王様になるに決まってるもん!」
陽菜の笑顔には、オレに対する無条件の信頼があった。
さっきまで感じていた寂しさが、あっさり消えた。
けれど同時に、後ろめたい気持ちも湧いてくる。
綺麗な女の子に、抱っこされたり、お風呂入れてもらったり、ご飯食べさせてもらったり。オレがむこうでやったのって、そんなんだけなんです……。
「あー、陽菜。良い王様になるためには、おまえの協力が必要だ」
「えっ、私?」
「そう。主人公が異世界に行くような物語を、よく読んでたろ? そういう話から良いアイデアを抜粋して教えてくれ」
「私が読むのって、貴族のお嬢様になって恋愛したりするのが多いから……」
「それでも多少は違うジャンルも呼んでるだろ。そうだな、たとえば戦争に勝つのに、どんな手を使ってる?」
「転生するときに得た、ものすごい能力で無双?」
……応用できそうにない例だった。
ディニッサの魔力は、すごい力ではあるんだろうが、他にも魔法使いは大勢いるだろうし、一方的に蹂躙するのは無理だ。
「……ほかは?」
「え~とね……。そうだ鉄砲! 現代知識で鉄砲隊を作って大暴れ!」
「テッポウってなんじゃ?」
ディニッサが話に割り込んできた。
これでむこうの世界に銃器がないと判断──できないよな。単にディニッサが知らないだけかもしれない。ディニッサが無能なのが、本当に残念だ。
「えーと、鉄砲っていうのはね……。鉄の筒から弾を遠くに飛ばして、相手を倒す武器、かなあ?」
「あんまり役にたちそうな気がしないのじゃ」
「そんなことないよ。騎馬隊とか、すぐ倒しちゃうんだよ?」
「キバタイってなんじゃ?」
「知らないの、ディニッサ? 騎馬隊っていうのは──」
陽菜とディニッサは、噛み合わない会話を続けている。
鉄砲か。たしかに現代人が活躍するなら、そっち方面の知識を使うんだろうが。
……でも気になることがたくさんあるな。
「陽菜、火薬の材料ってわかるか? たしか、硫黄が必要だった記憶はあるんだけど。それに火薬の配合は正確に言えるか? 鉄砲の本体は? なんとなく形はわかるけど、仕組みとかオレにはわからないぜ」
オレの質問に陽菜は黙りこんだ。
現代知識を使う問題点はここだよな。人類全体の知識や技術はすごいが、オレの知識はほんのわずかしかない。
「なあ、物語の主人公たちは、どんなカンジでやってるんだ?」
「私、あんまりそういうの気にして読んでないけど……。たしか、本人がガンマニアだったり、現地の異世界人が天才でなんとなくできちゃったり、かな……?」
ガンマニアか。大学のときにいたな、そういうヤツ。
しかし困ったな。あまり参考にならない。いったいどうすれば──。
「そうだ。次までに調べておいてくれよ。ネットの知識でいいから。ただし作り方とか構造とか、細かく説明できるようにたのむぞ」
「わかった。調べてみるよ」
本来なら、せめて図書館には行ってもらいたい。
けど、引きこもりに負担をかけ過ぎるのは良くないだろう。困難から逃げ出すからこそ、引きこもりなんだ。自閉モードにおちいる可能性がある。
「……すごい能力と、鉄砲の他になんかあるか?」
「う~ん……。あとは主人公のすごい作戦で勝利とかかなあ」
作戦はなあ……。それぞれの状況でしか通用しないだろうし、応用は難しいな。
──ん、そうか。よく考えれば、物語にこだわる必要はないのか。
「陽菜、兵法書を読みまくって暗記してくれ」
「えー!?」
「そうだな、まずは『孫子』とクラウゼヴィッツの『戦争論』を頼む」
「クラウゼって誰? お兄ちゃんのほうがくわしそうじゃん」
「いや、オレは歴史が好きだろ? だから名前だけは知ってるけど、本は読んだことないんだ。よくわからんが、東西の兵法書の基礎みたいなものっぽい」
「へいほー?」
「戦争で勝つためのマニュアル、なのかなあ……?」
ふたたびディニッサが割り込む。答える陽菜は自信なさげだった。
「いや、戦争に勝つには、相手より大勢の兵を集めるしかないじゃろ?」
バカなことを、と言いたげにディニッサが正論を述べた。
たしかに歴史を見ても、人数が多いほうがたいがい勝っているのだ。
だけど、ディニッサには言われたくない。
君のせいで、うちの国、兵士100人しかいないんですけど!
「……あ。そういや、魔法の時間制限があるから、暗記じゃダメなんだ。本の要点をおさえてわかりやすく、簡略化して話せるように練習しておいてくれ」
「えー!? よけい大変だよっ。それって、ちゃんと内容を理解しないといけないってことでしょ」
「オレも頑張ってるから、陽菜も頑張れ。陽菜ならやれるって、お兄ちゃんは信じてるから」
陽菜は自信なさげだが、きっとやり遂げてくれるだろう。
ネットで本を注文して読解するだけだ。人と会うわけでもないし、大丈夫なはずだ。陽菜はもともと優等生だったんだし。大丈夫なはず、だ……。
「次は内政だな。なんかすごい技、知ってるか?」
「……千歯こきとか?」
「センバコキってなんじゃ?」
「穀物の脱穀をする道具だよ」
「コクモツをダッコク?」
「待てディニッサ。いいかげん、アホな質問で時間を潰すのはやめろ。疑問は明日陽菜に答えてもらってくれよ」
「……む~」
ディニッサがまた膨れている。
だがディニッサにかまっていたら、また時間切れになってしまう。
「千歯こきはいいな。まだ発明されてないなら役に立ちそうだ」
「……ねえお兄ちゃん、そっちの技術がどのくらいかわからないと、話し合っても意味なくない? ほら、なんか魔法の脱穀機とかあるかもしれないし」
「まあ、たしかにそうだな。早めに調査しておくよ。でもアイデアを出すこと自体は有効だろ。なにが足りないかわかるしさ」
「そう? じゃ、あとはアレ、ノーフォーク農法はどう」
「ノーフォーク農法って、四年周期の輪作だよな。なに植えるかわかるか?」
「ああ、なんだっけ。……それも調べておくよ」
* * * * *
その後もいくつかの事を話し合ったものの、はっきりこれだ、と言えるものは出てこなかった。なにしろ名前だけしか知らないものが多すぎる。その政策や技術のくわしいやり方や、意義などがサッパリわからないのだ。
「そろそろ時間じゃな」
「そうか。じゃあ陽菜、兵法書と歴史書と、経済、兵器、農業、税制、土木建築、医療──」
指をおって必要な知識を数え上げていると、陽菜が怖い目で睨んできた。
「お兄ちゃん、それ本気で言ってる?」
本気かと聞かれれば、わりと本気ではあるのだが。
どの情報も喉から手が出るほど欲しい。ただ、陽菜が一人でなんとかなる量じゃないのはさすがにわかっている。
「……すまん。さしあたって、火器を中心とした兵器、それと兵書、戦史、そのあたりを重点的に調べてくれ」
「おっけ。次──」
なにかを言いかけたまま陽菜たちが消えた。
それにしても、むこうから連絡が来るのは嬉しいな。
これで少なくとも、ひとりぼっちで悩まなくてすむ……。




