2度目の連絡
──周囲に広がる灰色の空間。
二度目なのですぐにわかった。ディニッサの作った魔法空間だ。
案の定、陽菜とディニッサが湧き出るように出現した。
「カイよ、元気そうじゃな」
「そっちもな。それより、なんで昨日はあらわれなかったんだ?」
挨拶もそこそこに、ディニッサに疑問をぶつけた。
「そなたの体がいかんのじゃ。魔力がほとんど回復せん。それに陽菜がわがまま言って魔力を無駄遣いさせるし……」
陽菜を見ると、あわてて首をふっていた。
「わ、わがままなんて言ってないよ。ディニッサも適当なこと言わないでって」
よくわからないが、二人の間でなにかあったようだ。
……まあ、たいしたことじゃないだろう。
重要なのは魔力のことだ。
オレが1日寝るだけで超回復したのとは逆に、ディニッサはほとんど魔力が戻らなかったらしい。
魔力の回復には、精神(魂?)より、肉体の方が重要なんだな。
ま、回復力が弱いと言っても、1日あけただけで通信魔法が使えたんだ。
あまり心配しなくていいだろう。日本は安全なんだから。
「ところで、そっちの生活は大丈夫か。なにか困ってないか?」
「大丈夫。ちゃんとやってるよ」「困ったことだらけじゃ」
二人は正反対の事を言った。
陽菜がディニッサをにらんだが、ディニッサはどこ吹く風だ。陽菜はオレに心配させまいとして、ああ言ったんだろう。実際はかなり苦労していると見た。
「お互い大変だろうが、なんとか頑張れ。ああそれから、オレのカードの暗証番号は、陽菜の誕生日を逆から読んだヤツだから。困ったら使ってくれ」
「カード?」
「銀行の──説明が面倒だ。後で陽菜に聞いてくれ。それより陽菜。ディニッサに無駄遣いさせちゃダメだぞ。いつ帰れるかわからないから、節約して使うように」
「わかった。私がしっかり管理するよ!」
「……むー。わらわは生まれてこの方、無駄遣いなどしたことがないのじゃ」
ディニッサがほっぺを膨らませた。
食費に10億、服飾費に20億。毎月これだけ使っていながらも、自覚はないらしい。
とはいえ、この件に関してディニッサに責任はない。
ディニッサにとっては、それが自然で普通のことなのだろうから、疑問に思うはずがない。だからこそ、日本での暮らしには目を光らせる必要があるのだ。
毎月親から陽菜の生活費が振り込まれている。
オレは給料もたいして使っていないから、贅沢をしなければ二人の生活は維持できる。
だがディニッサが、元の世界と同じ生活をしようとしたら、今ある金など一瞬で吹き飛ぶ。だから陽菜には、しっかりしてもらわないと。
* * * * *
「そっちは明日、月曜だよな。ディニッサが会社に──」
「無理だよ! ぜったい無理っ。ディニッサ行かせたりしたら、お兄ちゃん頭おかしくなったって思われるよ」
「だよなあ……」
口にしてはみたものの、替え玉が実現可能だとは思っていない。
ディニッサがオレの代理で会社に行ってくれれば、非常に助かるのだが、ディニッサにオレの演技と仕事はできないだろう。
「無礼な者共め。わらわは、やればできる子なのじゃぞ。本気を出せば出来ぬことなどないわ」
オレたちの言い様に、ディニッサが不機嫌な顔をした。
「じゃあ本気だすか?」
「……まだ時が来ていないのじゃ。本気を出すのはまだ早い」
「やっぱダメじゃねーか」
まあ、会社はあきらめるしかない。
最低でも二ヶ月は帰れない以上、間違いなくクビだろう。
ああ、また就活しないといけないのか。ちゃんと就職できるかな……。
「陽菜、会社に連絡できるか? 無断欠勤だとみんなにも迷惑かけるし、できれば病気で出社できないって伝えて欲しいんだけど」
「え……!? それは、ちょっと……」
陽菜が口ごもった。
やっぱ、引きこもりにはハードルが高いか。
「フッハッハ、なんじゃ陽菜も役にたたんではないか! こっちの世界に慣れているというのに情けないの」
「で、できるよ、連絡くらい!」
「そうか、なら頼むよ」
アイツ、意外と挑発に乗りやすいタイプだったんだな。
あまりみない陽菜の姿が、ちょっと面白い。
陽菜は学校に行かなくなってから、家族くらいとしか会話していない。
二人の出会いが、お互いに好影響を与えてくれることを願おう。
……どっちかって言うと、ダメ人間がくっついてよけいダメになりそうだが。
「オレはこっちで、ディニッサのかわりに領主をやることにしたから」
「ほう……。どういう意図でその選択をしたのじゃ?」
オレの宣言に、ディニッサは不思議そうな顔をした。
領地を捨てて逃げ出すと予想していたんだろう。……オレもそっちの方が、賢い選択だとは思う。
「ディニッサは、ルオフィキシラル教って知ってるか?」
「ん……。どこかで聞いた気がするのじゃ。ああ、父上を祀っている集団じゃな」
「親父さんだけじゃないぜ。おまえのことも信仰している。民のほとんどが、お前のことを信じているんだ」
「会ったこともないわらわを?」
「そうだ。顔を見せたら、泣いて喜んでたぞ」
「そうなのか……。ならばわらわは、あそこにいても良かったのかもしれんの」
ディニッサは喜んでいるんだか悲しんでいるんだか、微妙な表情をうかべた。
なぜだろう。その顔を見て、ディニッサが逃げ出した理由が、ただ面倒だったからだけではないようにも思えた。
「頼るものがおるのなら、それを助けるのもまたよかろう」
そう言ったディニッサは、すでにいつもの様子に戻っていた。
ディニッサは、信者を見捨てろとは言わなかった。こいつも外に出て人々と顔を会わせていたら、もうすこし良い領主になっていたのかもしれないな……。




