付加価値
「お待たせしましたな、ディニッサ様。なんなりと言ってくだされ。このガーナンに出来ることなら、粉骨砕身の覚悟で挑みますぞ」
ガーナンとケネフェトの会談は終わった。
ここからはオレの出番だ。海千山千の商人と競い合うのは厳しいが、なるべく良い条件で話をまとめたい。
「この服を見てほしいのじゃ。そなたは、このような物の下取りもしておるか?」
「それは、今ディニッサ様が着ている服を、買い取れということですかな?」
それまで穏やかだったガーナンが、顔をしかめたような気がした。
しまった。着ている服をそのまま渡すつもりだと思われたか。
あくまでサンプルとして、これと似たような服を買い取って欲しいと言ったつもりだったんだが、不快に思われたかな。
「いや、そうではない。もちろん、ちゃんと洗って──」
「そんなもったいない……」
ん?
低く渋い声で、おかしな発言がなされた気がする。
……気のせいか?
「ちゃんと売る前には綺麗に洗っておく。もちろんその方がよいであろ?」
「なぜわざわざ価値を落とすような事をなさるのですじゃ! 極上の酒をどぶに捨てるかのごとき愚行ですぞ!!」
変態だー!
このヤロウ、頑固オヤジじゃなくて、変態オヤジだったのかよっ。
横を見ると、ユルテが我が意を得たりというように頷いていた。
二人の嗜好はかなり近いようだ。
こいつも女じゃなかったら、そばにいるのがキツいくらいの変態だったんだな、とあらためて思わされた。ケネフェトは顔を赤く染めてうつむいていた。初々しい反応で好感が持てる。変態ばかりの中で、一服の清涼剤だ。
(ユルテ、この服の買値はわかるかの?)
こっそりユルテに耳打ちした。
もう覚悟を決めよう。相手が変態でも、値段しだいでは売ってもいい。
(わかりますよ、服の買い付けは私がしていますから。金貨1000枚ですね)
「仮にいま、この上着を売ると言ったら、そなたはいかほどの値をつける?」
「そう、ですな……」
ガーナンが椅子から立ち上げって近づいてきた。さっきまではなんとも思ってなかったけど、いまはあんまり近くにきてほしくない。けれども商品の品定めは買い手の権利だ。我慢するしかない。
「金貨で900枚というとこですな」
「ちなみに、洗うとどうなるのじゃ」
「奮発して金貨100枚がいいところですじゃ」
「安くなりすぎじゃろ……」
「どこに持っていっても、これ以上の値はつかないと思いますぞ。たしかにその服はとても良い生地をつかっていますじゃ。細工も申し分ない。ただ──」
難しい顔でガーナンは続けた。
「あくまでそれはディニッサ様専用なのですな。小さいし、背中に羽を出すための穴もある。買い取ったところで、売りさばくのが困難なのですじゃ」
なるほど。
ただでさえ高いのに、特殊な形をしているとなれば、買い手は限られるだろう。
やはりディニッサの脱ぎたてという、付加価値をつけないと売れないのか。
……なんか、こんなのあったよなあ。
あー、あれだ。いにしえの変態商法ブルセラだ。
「ユルテの服ならどうじゃ?」
ディニッサの場合は買値の9割だった。
ユルテほどの美女なら、買値以上で売れるということもあるんじゃないか?
そうなったらすごいぞ。打ち出の小槌だ。
「金貨3枚ですな」
チラリとユルテを見ると、仏頂面で(買値100枚です)と言った。
「洗ったらどうなる?」
「綺麗に手入れしてもらえるなら、金貨4枚まで出しますぞ」
なんで増えてるんだよ。いや、本来そうあるべきなんだけど。
このドワーフただの変態じゃないぞ。とんでもないロリコンじじいじゃねえか。
「……城にはこのような服がたくさんあるのじゃが、そなたは最大でいくらまで金を費やせる?」
「すぐに動かせるのは金貨5万枚ほどですじゃ。けれどディニッサ様のお召し物のためなら、ガーナン商会を傾けてでも買い取ってみせますぞ!」
「……もしかして、下着とかならとんでもない値がつくのかの?」
ガーナンが机を叩いた。
茹でダコのように顔が赤くなっている。
「なにを言いますのじゃ! ワシは変態ではありませんぞっ。そのような物は買い取れません」
自覚ないのかよ……。
アンタ立派に変態だぞ。
まあ最初から売る気はなく聞いてみただけだが、下着を扱わないという言葉には安心した。ものすごい高値がついたら、金に困ったとき頼っちゃいそうだからな。
* * * * *
結局その日、下着以外を売りつけてから帰った。
ユルテが地団駄を踏みながら反対したが無視した。金が必要なんだからしょうがない。服と装飾品を合わせて、本日の売上金貨1万枚なり。
服とともに、大事なものも売ってしまった気がする……。
ガーナンに貰った着替え用のメイド服を着ながら、そんなことを思った。




