ルオフィキシラル領の武官
広い領地に文官がたった一人。
それがルオフィキシラル領の現状だった。
──古い封建制国家では、国家運営にそれほど大勢の文官を必要としない。
国王は領主たちの代表のようなもので、各領主は各々の領地を独自に管理運営しているからだ。
が、だからと言って、文官一人でいいわけがない。至急、人員補充しなければ。
幸いなことに、オレにはルオフィキシラル教という秘密兵器があった。
「ケネフェト、ルオフィキシラル教会とは話をつけてある。今後は必要な人員を教会より派遣してもらうがよい」
「本当ですか! 助かります」
「……そうじゃな、紙と筆を貸してくれ」
まずルオフィキシラル教会に、国政への全面協力を依頼する。
それから、もうひとつ思いついたオレは、用件を羊皮紙に書きこんでいった。
書き終わったあと、部屋にいたエルフを一人呼びる。
「この2通を総大司教に直接渡すのじゃ。総大司教以外の誰にも見せてはならぬ」
「かしこまりました!」
──さて、うまくいくといいが。
文官の件は、とりあえずこれでいいとしよう。
「わらわに仕える武官は何人おるのじゃ?」
「5名です。うち貴族が1名、騎士が4名となっています。さらに彼らの下で働く平民兵が100名ほど」
「武官の役目は?」
「街や村の警備。街道、水路の安全確保。各地にあらわれる魔物の討伐、が主な役割でしょうか。もちろん戦争になれば戦場で戦います」
文官よりましとはいえ、こっちも少なすぎるな。
首都の人口が1万5千人。さらに周辺の町や村がある。
都市は食料を(ほとんど)生産しない。
ゆえに都市周辺には、街に食料を送り込む村などが必要だ。
中世レベルの農業はひどく効率が悪く、一人が作れる余剰作物がごく少ない。
そのため、都市人口の10倍から20倍ほどの農業従事者が必要になる。
ルオフィキシラリアの人口の、10倍としても15万人。
それだけの村々を守るのに、100人ぽっちの人員で足りるだろうか。
……まるで足りないだろうな。
村の巡回だけじゃなくて、街の警備や魔物の討伐まであるんだから。
おそらく、各村々の自衛でなんとかしてるんだろう。
「魔物の討伐について詳しく教えよ」
「貴族は、自分の領地にあらわれた魔物を退治する義務を負います。平民では対処不可能な魔物を倒すからこそ、貴族は支配者として認められているのです」
あー、これも農民一揆がおこらない原因の一つなんだな。
魔族を追い払ったら、村が魔物に襲われた時に困る。
となれば、かなりの事を我慢するだろう。
「ルオフィキシラル教会の者達は、戦いにむいておるかの?」
「戦えないこともないでしょうが……。基本的には教会と信徒を守るためにしか戦わないはずです」
兵士の補充は他のルートを探さないといけないか……。
「そういえば、そなたの立場はどうなっておるのじゃ。内務大臣か? 宰相か?」
「え~と、僕は法務府付き判事見習いです」
ほうむふ……?
法律関係の役所の、しかも下っ端じゃないか……。
「……なぜ、判事見習いがすべてを取り仕切っておるのじゃ」
「上の方々が次々と辞職されたので、いつの間にかこのような立場になっていました。ディニッサ様のお許しもなく、勝手なことをして申し訳なく思います」
全員辞めたってのも、またすごいよなあ。
逆にうまい汁を吸おうと寄ってくる輩がいそうなもんだけど。絞ってもなにも出ないほど出がらしなのかね、この国は……。
「いや、責めてはおらぬ。むしろ慣れない仕事をよくこなしたと褒めよう。しかし地位が変わっていないということは、給料も見習いの時のままか?」
「はい。月ごとに金貨10枚をいただいています」
「金貨の価値がわからん……。あっ、わらわはお姫様じゃろ、だから金の価値がわからぬ。これも詳しく教えるがよい」
「了解しました──」
要約すると上から──真金貨、真銀貨、真銅貨、白金貨、金貨、銀貨、黄銅貨、青銅貨の順番で、一つあがるごとに価値が10倍になっていく。
ふつうの買い物で使われるのは銀貨と銅貨。すこし裕福な者は金貨も使う。
それ以上の通貨は、一般人が目にする機会はほとんどないらしい。
単純に日本円と比較するのは無理があるが、話を聞いた印象では、銀貨1枚が千円くらいに相当するのでは、と感じた。つまりケネフェトの月給は10万円だ。
仕事量からすると、悲惨なくらい安いな……。
「ケネフェト、必要な人材がそろうまで、仮にそなたを内務府長官に任命するのじゃ。以後それにふさわしい給金を得るがよい」
「ぼ、僕にそんな大役が務まるでしょうか」
「今までやってきたじゃろ? やることは変わらん」
「そう、ですか。わかりました。ディニッサ様のために全力をつくします! でも給金は今までどおりで結構です。今までの分もほとんど使っていませんし」
月間700時間以上労働してたら、たしかにお金使う暇なんてないだろうね!
この子、なんでここまで頑張れたんだろうな。ドMなのかな。
ああ、それとも、昔ディニッサの姿を見たことがあったとか。
それで一目惚れ、と。うん、ありそうだな。見た目だけはカワイイし。
「一つ気になったのじゃが、違う種類の硬貨はないのかの? 交換レートの違う銀貨とか、この辺りでは流通しておらんのかの」
世界的にみても、通貨が統一されている例は珍しいはずだ。
各地の領主が勝手に貨幣を鋳造するはずだし、中には金や銀の含有量を減らした悪貨を作る者もいるだろう。
中世ヨーロッパの商人は、何種類もの硬貨の価値を覚えていないといけなかったらしい。そうしないと商売にならないのだ。
「それはありません。すべての硬貨は、大きさも金属の含有量も年間に作れる数量も、魔王会議で厳密に決められていますので」
「魔王会議ってなんじゃ?」
「……ご存知、ありませんか?」
ケネフェトに真顔で聞き返された。
いかん、地雷を踏んだ。常識問題だったらしい……。




