ユルテと宗教
大聖堂を出てからずっと、ユルテが不満気な顔をしていた。
だいたい理由がわかるので、あえて聞いたりはしない。
官府にむけて、黙々と足早に歩く。
だが人通りが少なくなったところで、ユルテが立ち止まった。
「もしかして、姫様のかわりに領地を治めるつもりですか? すぐに戦争になるかもしれないというのに」
「むこうの世界に戻る方法がないからには、仕方ないじゃろ」
逃げ出すという選択肢を、あえて無視して返事をしてみた。
ユルテは一つため息をついてから、オレの肩にふれた。
「領地を捨てて逃げましょう。ここはあなたとは、何の関係もない世界なんですから。すでに私の配下の者に話を通してあるので、何も心配はいりませんよ」
「配下の者?」
「これでも私は、小さいながらも領地をもつ貴族なんです。もっとも、何百年か代官に任せきりなので、どうなっているか不安ですけど」
そう言ってユルテは笑ったが、言うほど不安をもってはいないようだ。
なにか自信を感じる。家来と連絡も取れているようだし、確かなつながりがあるのだろう。
……ここに残る場合も、彼女の領地からの援助を期待できないだろうか。
そうしてもらえれば、ありがたいのだが。
「ほう。その領地はどのあたりにあるんじゃ?」
じゃっかんの下心をこめたオレの質問に、ユルテは天を指差した。
「空に浮かぶ島に。お望みなら、明日にでも天馬の馬車でお連れしますよ?」
浮遊都市!
ちょっと惹かれるものがあるな。いつか行ってみたい。
けれど、それは今じゃない。
「面白そうじゃが、いまは領地経営に専念するつもりじゃ」
「どうして無用の苦労を背負い込もうとするのですか? もしも王様ごっこがしたいのなら、私の領地を差し上げてもかまいませんよ。あの島なら安全ですから」
……王様ごっこか。
耳が痛いな。経験もない若造がよけいなことをしても、事態を悪化させるだけかもしれない。
それでもオレは、なにかせずにいられない。
あの人たちの、縋るような目を見てしまったからには。
「ユルテは教会でなにも感じなかったのか? オ、いや、わらわはあやつらを見捨てたくないのじゃ」
「ルオフィキシラル教徒ですか。私は逆です。あのような者たちは嫌いです」
強い口調で断言されて驚いた。
見た目が天使のユルテが、宗教を否定するというのも奇妙なものだ。
愛する姫様に、ちょっかいをかける存在として嫌っているのだろうか?
「私も故郷では神の一人として崇められていました。長く留守にしているので今はどうかわかりませんけど。ですが崇拝されたからといって、その者たちを愛してやらなければいけないのですか。勝手な想いを、都合の良い願いを寄せる者達を?」
「……。」
「だいたい、神にすがる暇があれば、自分でなんとかすればよいのです。自らあがいてそれでも駄目なら、ただ死ねばいい」
オレも無宗教者ではあるけれど、ここまでは言い切れないな。
正月のお参りでお願いもするし、辛い時に神頼みをすることもある。
ユルテの意見は、強者ならではのものだと感じた。
「ふふ、それに愛してくれた人すべてを愛さなければならないなら、私など身が持ちませんよ? なにせ美人ですから」
「ああ、ユルテはモテそうじゃからな」
ユルテは深刻な雰囲気を、冗談でまぎらわせようとした。
だがオレの気分は、あまり軽くならなかった。
「……残って戦争に備えるとしたら、ユルテは邪魔するのかの?」
「いえ、先に迷惑をかけたのは私の姫様ですから。できる限りは協力しますよ。ただし本当に姫様の命が危なくなったら、力ずくでさらっていきますから」
積極的な支援は望めそうもない。
ユルテの領地からの援助も難しいだろう。
彼女は、その領地にディニッサと引きこもりたいようだから。
まあ、ディニッサを溺愛しているユルテが、邪魔をしないだけでも十分だと喜ぶべきだろう。風呂場の惨劇を思えば、強制的に攫われていてもおかしくなかった。
フィアとファロンはどうだろう?
……無理っぽいな。
なかなか上手くいかないものだ。
この苛立は、まとめてケネフェトにぶつけてやろう。




