悪徳領主
信徒たちを見て、オレはルオフィキシラル領に残ることを決めた。
そうと決まれば、二ヶ月後の戦いに備えなければならない。
「ゲノレの領主について聞きたい。どんなヤツじゃ?」
「かの地の領主は、ケンタウロスを起源にもつ武人です。その猛々しい戦いぶりが認められて、ゲノレの街一帯を東の魔王に与えられました」
「そやつが、集めた税を何に使っておるかわかるか?」
「その多くを軍事費に費やしている、と聞いております」
なるほど、戦備優先タイプか。
贅沢三昧で、散財してくれるようなヤツだと楽だったんだけどな。
これは、ほぼ確実に攻めてくるぞ。
「民のほとんどがルオフィキシラル教徒だということは、各村々に教会が在るという理解であっておるか?」
「はい。基本的に村は、教会を中心として作られています」
ふつうに考えると、宗教と政治が癒着するのは弊害が多いのだろう。
──だが知るか。
オレは、ルオフィキシラル教会をひいきしまくってやる。
そうしないと、おそらくこの国は生き残れない。
何十年か経ったあと、教会が腐敗したとしても、その尻ぬぐいはディニッサにやってもらおう。アイツは、ちょっと苦労したほうがいい。
「先に言っておく。父上はともかく、わらわはそなたらを頼りにしておる。ともに歩み、繁栄していきたいと思っているのじゃ」
「ディニッサ様……! われらに出来ることあらば、なんなりと仰せ付けくださいませ!」
リヴァナラフが深々と頭をさげる。
テーブルに水滴が幾つか落ちるのが見えた。
こんな純真で、組織のトップが務まるのかな。
多少不安もあるが、欲深なクズよりはましだと考えよう。
「リヴァナラフ、各教会に情報を集めさせよ。商人や旅人の噂話なども残らず収集するのじゃ。どんな情報を重点的に集めるかは、おって連絡する」
「かしこまりました。ただちに」
とはいえ、国の運営に必要な情報ってなんだ?
各地の軍備、物価、民情、治安、橋や道路の整備状況──あとなんだろう。
ケネフェトと相談してみるか。
「さらにゲノレの民が重税で苦しんでいることも、みなに伝わるようにせよ」
戦いになったとき、こちらの味方になってもらうための措置だ。
信者が多数のため、もとから友好的ではあるだろうが、念のためだ。
……しかし、リヴァナラフは微妙な顔をしていた。
「どうしたのじゃ?」
「い、いえ、なんでもありません。すぐに仰せのとおりにいたします」
どういうことだ。むこうの悪評を広めるのに、なんの問題がある?
いや、もしかして違うのか、まさか──
「わらわの領地の民は、なにか不満をいだいておるのか」
「ま、まさか、ディニッサ様に不満など!」
「ふむ。では質問を変える。ゲノレの税率はどれほどじゃ」
「収穫の5割と聞きます」
これは相当に厳しい。
半分残ればなんとか、と思えるかもしれない。
だが実際は違う。来年に蒔く分の種籾が必要だからだ。
ここが中世ヨーロッパ程度の農業水準だと仮定すると、3分の1は次の年のためにとっておかなくてはならない。これで67%。ここから、さらに50%も取られてしまうわけだ。
残り17%弱。もうどうやって生活するんだってレベルだ。
……もちろん魔法の力で、効率的な農業が営まれている可能性もなくもない。
が、それは期待薄だ。
ここに来る途中、第一区画内には、光る魔法の宝石が設置されていた。
しかし一般市民が住む、この第二区画には一つもなかった。設置すれば、さまざまな役に立つだろうに。
つまり、民のために魔法が使われている可能性はごく低いということだ。
──さて、あんまり聞きたくなかったんだが、聞かないわけにはいかない。
「それで、わらわの領内ではどれほどの税をとっておるのじゃ」
「それは、その……。収穫の7割でございます」
赤字じゃねーか!
働いて収入が毎年マイナス3%ってどういうことだよっ。
「その税率は、父上の代より変わっておらぬのか?」
「……いえ、トゥーヌル様の時代は、4割でございました」
敵よりこっちの方が、よっぽど悪政をしいてたよ!
あの角つきの小僧、かわいい顔して無茶苦茶やってやがる。
ディニッサが指示したわけないからな。ケネフェトのしわざとしか考えられん。
「それはひどいな。それほど取られて、民はどうやって暮らしておるのじゃ」
「このあたりには豊かな森の恵みがありますので。森で狩りをしたり、木の実を拾ったり、十分に生活はなりたっております」
──オレに例えると、こうか。
会社で働いた給料は全額没収され、さらに3%取られます。
仕事の後にバイトをして、その稼ぎでなんとか生活します。
地獄だな!
どうやって、この国9年間も持ちこたえていたんだよ。
滅んでたほうが世のため人のためだぞ。宗教か? 宗教パワーなのか? すごいな宗教!
「ディニッサ様。そうやって森にいけるようになったのも、ディニッサ様が賦役を免除してくださっているおかげです。誰が文句を言うでしょうか」
いや文句言ってこ?
民の苦労も知らず、豪奢な服を着ているオレたちを罵ってもいいんだぜ。
……それに免除っていうか、何もやってないだけだからね!
きっと交通網とか、メッチャクチャになってんぞ。
ふと、斜め後ろに立っているユルテを振り返った。
彼女は今の話を聞いてどう思っただろう。
後悔しただろうか。憐憫の情を抱いただろうか。
……ユルテは、目をつぶって寝ていた。
あー、そうねー、退屈な話だったかもね。道理で静かなはずだ。
最初に椅子に座るときに、抱っこを拒否ったからスネたのかもな。
とはいえ、侍女の膝の上に座って会談なんてできないだろうに。
「税についてはなんとかしよう。民がこれ以上苦しまぬようにするつもりじゃ」
「ありがとうございます。ディニッサ様のお優しい心遣いを知れば、みな感涙にむせぶことでしょう!」
それからさらに、税を収めない北、西、南の街の代官の話などを聞いて、総大司教との会談を終えた。
* * * * *
大聖堂から出るさい、さっきの女の子と目があった。
女の子は嬉しそうに笑顔を浮かべる。
オレは、彼女の頭をなでてやりながら、言い放った。
「先ほどの問いに答える」
またあたりが静かになり、人々の注目が集まる。
「この国で勝手なことをさせるつもりはない。わらわの全身全霊でもって、そなたらの未来を守ろう」
──いつか、後悔する日がくるだろうか……?
ディニッサのかわりに戦う決意をしたことに。




